かつてはアイリッシュウイスキーの世界的躍進に貢献しながら、長く沈黙の時代が続いてきた北アイルランド。ベルファスト近郊を中心に、伝統復活の現状を伝える3回シリーズ。

文:ガヴィン・スミス

 

アイリッシュウイスキーの中心地といえば、アイルランド共和国の首都ダブリンを連想する人が多いだろう。だが英国領の北アイルランドも、数々の重要な蒸溜所が点在した歴史がある。実際に1901年まで遡ると、ベルファストのウイスキー生産量は670万ガロン(3,045万リットル)。これはアイリッシュウイスキー業界全体の75%に相当した。

ベルファストの幹線道路であるフォールズロード沿いには、ダンヴィル社傘下のロイヤルアイリッシュ蒸溜所があった。大規模な生産拠点として知られ、19世紀後半にはアイルランド全土で生産されるウイスキーの総量1,400万ガロン(6,360万リットル)のうち250万ガロン(946万リットル)を担っていた。

ブッシュミルズのマスターブレンダーとして、シングルモルトの高級路線を推進するアレックス・トーマス。メイン写真は、ブッシュミルズの生産力を倍増させた新しいコーズウェイ蒸溜所。

しかしダンヴィルズ社が1935年に撤退すると、北アイルランドのウイスキーメーカーは18世紀後半に創業したブッシュミルズ社のみという低迷の時代が長く続いた。

しかし近年になって、大きな変化の兆しも見えてきた。アイルランド共和国に新しい蒸溜所が設立されているのと同様に、北アイルランドでも蒸溜所設立の機運が高まっているのだ。アイリッシュウイスキーの現行法が国境を越えて全島に適用され、ウイスキーづくりにも新しい展開が始まった。

現在の北アイルランドで最大かつ最新の蒸溜所といえば、2023年4月にオープンしたブッシュミルズのコーズウェイ蒸溜所だ。既存のブッシュミルズ蒸溜所の隣に、3700万ポンド(約68億5400万円)をかけて玄武岩と石灰岩の蒸溜所が建設された。

コーズウェイは元祖ブッシュミルズの設備を忠実に再現した10基の蒸溜器を導入し、年間生産量を1,100万リットルにまで倍増させている。最新の熱伝導技術によって、エネルギー使用量を30%削減したことでも話題になった。

ブッシュミルズ地方での合法的なウイスキーづくりは、1608年まで遡ることができる。近年は主力のブレンデッドウイスキーやシングルモルトウイスキーだけでなく、特別な熟成樽でフィニッシュしたカスクストレングスのモルトウイスキー「コーズウェイ・コレクション」でも大きな成功を収めてきた。最近も25年熟成と30年熟成の商品がコアレンジに加わったばかりである。

ブッシュミルズは2015年からホセ・クエルボを擁するプロキシモ・スピリッツ社の傘下に入り、アイリッシュウイスキーの中で世界第3位の売り上げを誇るブランドになっている。2022年には販売数量が10%増加し、初めて100万ケースの大台を超えた。

ブッシュミルズのマスター・ディスティラーを務めるコラム・イーガンは、次のように語っている。

「原料、製法、樽、熟成などのあらゆる面で、卓越したウイスキーづくりにこだわっています。新しい2番目の蒸溜所は、未来の革新に向けた決意表明のようなもの。おなじみ3回蒸溜のシングルモルトを何世代にもわたって楽しんでいただくため、今後の大きな前進を約束します」
 

ブッシュミルズ一強時代の終焉

 
見事に歴史を生き延びてきたブッシュミルズに対し、北アイルランドではニューウェーブと呼ばれる新参の蒸溜所も誕生している。その中で最も早く設立されたのが、エクリンヴィル蒸溜所だ。シェーン・ブラニフが2013年に創設した家族経営の蒸溜所で、北アイルランドでは130年ぶりに英国の関税消費税庁から酒造免許を受けた新しい生産拠点となった。

エクリンヴィル蒸溜所の所在地は、ベルファストから南東に約20マイル(約32km)ほど。アーズ半島にあるキルカビン村の近郊だ。歴史あるエクリンヴィル・エステート内で、ここ10年間に何段階かの設備投資を重ねながら生産体制を強化してきた。

ベルファストを代表するブランドだったダンヴィルズは1935年に生産を中止。およそ80年の時を経て、エクリンヴィル蒸溜所によって復活した。その後もエクリンヴィルは次々と失われたアイリッシュウイスキーのブランドを再生している。

蒸溜所ではシングルポットスチルウイスキーとシングルモルトウイスキーを製造しており、専用のフロアモルティング施設、ボトリング施設、そして最近拡張されたばかりのビジターセンターとカフェも備えている。昨年10月には、500万ポンド(約9億2600万円)を投じてアイルランド最大級の製麦工場だった旧アーズ・モルティングズを修復。独自の製麦事業の拡大にも乗り出す計画を発表した。

エクリンヴィル蒸溜所のアン=マリー・クラークは、次のように語っている。

「ダンヴィルズのブランドを復活させ、世界最高のウイスキーの仲間入りを果たすことがエクリンヴィルを創業した目標でした。シェリー樽によるフィニッシュを取り入れたウイスキーは評判がよく、最初の目標は達成したと思っています」

またエクリンヴィルは、ダンヴィルズに続いて「マットダーシー」という古いウイスキーブランドも復活させた。元々はダウン州ニューリーの町で生産されていたウイスキーの名称だが、新しいマットダーシーはポート樽でフィニッシュした10年熟成のプレミアムブレンデッドウイスキーである。

エクリンヴィルによるブランド再生はまだ続く。伝統ブランド復活シリーズの第3弾は、「オールドコンバー」だ。かつてのオールドコンバー蒸溜所は、エクリンヴィルからわずか10マイル(約16km)の場所にあったものの1953年に閉鎖された。新しいオールドコンバーは、ポート樽とシェリー樽でフィニッシュしたポットスチルウイスキーである。

クラークによると、エクリンヴィル蒸溜所は近々「エクリンヴィル」ブランドのウイスキーも発売してポートフォリオをさらに拡大する予定だ。この新しいブランドは、蒸溜所内の農場で栽培、収穫、製麦された大麦を原料に使用し、現地で蒸溜、熟成、瓶詰めまでが完結される。
(つづく)