原料、発酵、蒸溜、熟成のすべてに盛り込まれた独創的な工夫。北アイルランドの新鋭たちが、アイリッシュウイスキーの伝統を塗り替えてゆく。

文:ガヴィン・スミス

 

ラデモン・エステート蒸溜所は、ベルファストの南17マイル(約27km)という立地に恵まれている。デービッド・ボイド・アームストロングとフィオナ・ボイド・アームストロングが運営する古いエステートで、農場の建物を改築した多彩なビジター体験も呼び物だ。

ラデモン・エステート蒸溜所を運営するフィオナ・ボイド・アームストロングが、「ショートクロス」をテイスティングする。原料や製法で独自のアプローチを追求するアイリッシュのイノベーターだ。メイン写真はキルオーウェン蒸溜所を創設したブレンダン・カーティ。

ラデモン・エステート蒸溜所では、ジンとウイスキーが「ショートクロス」というブランド名で販売されている。ヘッドディスティラーを務めるデービッドが説明する。

「私たちのアイリッシュウイスキー『ショートクロス』は、2015年に生産を開始しています。当時アイルランド最小と認定された銅製ポットスチルでスピリッツを蒸溜しました」

その後、2021年には2回蒸溜のスピリッツを5年熟成したシングルモルトが発売されて高い評価を得た。ボルドー産の赤ワイン樽で熟成させ、チャーレベルの高いチンカピンオークの新樽でフィニッシュしたウイスキーである。この商品は樽換算で毎年200〜300本分の生産量を維持する見込みだ。

デービッドは、他にも計画中の独創的なアイデアについて教えてくれた。

「アイリッシュウイスキーの『ショートクロス』は、ユニークなマッシュビルを採用しています。さらに長めの発酵時間、珍しい種類の熟成樽などを駆使して、新たな風味の創造を追求しました」

これまでに発売したのは、シングルモルトウイスキー、ライとモルトをブレンドしたウイスキー、コニャック樽で熟成したピーテッドタイプのシングルモルトウイスキー、カスクストレングスのライウイスキーとモルトウイスキーだという。

「ベルファスト・ウイスキー・ウイーク用には、モルトウイスキーとポットスチルウイスキーをマリッジしたウイスキーも提供します。もうすぐ特別なモルトウイスキーをリリースする予定もありますよ」
 

ポットスチルウイスキーの革新

 
ラデモン・エステート蒸溜所と同様に、独自のウイスキーづくりを推進しているのがキルオーウェン蒸溜所だ。北アイルランドの蒸溜所のなかでも、スピリッツづくりへのアプローチが特に先鋭的である。

キルオーウェン蒸溜所の建物は、ニューリーの南東に広がるモーン山脈の納屋を改築したもの。建築家でもある創設者のブレンダン・カーティは、次のように語っている。

「伝統的な加熱方法によって、古き良きアイリッシュウイスキーをつくるのがキルオーウェンの目標です」

原料の大麦は一部が現地で製麦され、発酵工程は蓋のない容器で1週間以上も続く。アイルランドで稼働する唯一の蛇管式コンデンサーがあり、蒸溜されたスピリッツを伝統的な手法で液化している。

アイリッシュでは珍しい2回蒸溜や、変わり種のオーク樽によるフィニッシュなども採用するラデモン・エステート蒸溜所。施設全体がウイスキーの実験室のようだ。

キルオーウェンの「ラム&レーズン シングルモルト」は、自社製のラム樽と輸入したペドロヒメネスのシェリー樽を併用し、蒸溜所内でフィニッシュからヴァッティングまでをおこなう。カーティがつくるアイリッシュポットスチルウイスキーは、オーツ麦、ライ麦、小麦など大麦モルト以外のグレーン原料の比率が目に見えて高い。ウイスキーだけでなく、ジンやポティーンも製造している。

キルオーウェンが発売しているシングルカスクのシリーズ「バラントゥイル」(アイルランドのゲール語で「本物」の意味)は、一般的なシングルポットスチルウイスキーの定義に準拠していない。大麦モルト以外の穀物原料を5%未満にするというルールが、意図的に破られているのだとカーティは説明する。

「しっかりしたボディとクリーミーな味わいを出すため、一定量のオーツ麦を使用したポットスチルスタイルのアイリッシュウイスキーです。他の蒸溜所よりもはるかに手間をかけ、労働集約的な伝統製法で発酵と蒸溜にたっぷりと時間をかけます。これによって、効率的な生産工程では失われてしまう香味を取り逃さずに表現できるのです」

北アイルランドでは、他にも注目すべきウイスキーづくりの拠点がある。ロンドンデリー州マゲラ近郊のアンカーン蒸溜所や、アントリム州の東海岸にあるクシェンダルで創設されるグレンズ・オブ・アントリム蒸溜所も、それぞれ独自のウイスキーづくりを打ち出してくるはずだ。

北アイルランドを訪れる観光客が、アイリッシュウイスキーの歴史に触れながら地元産のウイスキーを手軽に持ち帰れる場所がある。ベルファストのヒルストリートにある「フレンド・アット・ハンド」だ。ウイスキーの品揃えが豊富な小売店で、アイリッシュウイスキーのコレクションは島内最大級。コレクター垂涎の希少なボトリングも取り扱っている。

フレンド・アット・ハンドを運営するコマーシャル・コート・インズ社は、200万ポンド(約3億7200万円)を投じてテイスティングルームを新設した。さらにはベルファストにおけるウイスキーづくりの歴史を紹介する小さな博物館もオープンしたばかり。ウイスキーのコレクションだけでなく、店内には魅力的なデキャンタ、鏡、ウイスキー関連グッズなどがずらりと並んでいる。

誇り高き北アイルランドのウイスキーづくりが、長い休眠の時代を乗り越えて再興されようとしている。素晴らしい伝統への回帰だけでなく、多様で革新的なアイリッシュウイスキーの誕生に注目しよう。