話題のウェルシュウイスキー「ペンダーリン」に注目
文:WMJ
英国のウイスキーといえば、もちろんスコッチウイスキーが有名だ。北アイルランドにはアイリッシュウイスキーの伝統もあり、近年はイングランドでも蒸溜所の設立が相次いでいる。
ウイスキーファンに残された英国最後の秘境が、イングランドの西に広がるウェールズだ。古くより独自の文化と言語を受け継ぎ、ダイナミックな大自然に囲まれた300万人の王国。この地でつくられる個性的な「ウェルシュウイスキー」に、世界のウイスキー関係者が注目している。
ウェールズのウイスキーづくりには、それなりに長い歴史がある。かつて19世紀後半には、代表的な銘柄がロイヤルワラント(王室御用達)に認定。往時は年間70万リットルを生産し、国内モルトウイスキー蒸溜所の20傑にも名を連ねた。ソフトで心地よい味わいが特徴だったが、禁酒運動の高まりやスコッチウイスキーとのコスト競争によって衰退を余儀なくされた。
ウェルシュウイスキーの祖であるフロンゴッホ蒸溜所が20世紀初頭に閉鎖されると、ウェールズのウイスキーづくりは終焉したようにも見えた。だがおよそ100年後に、ひょんなことから復活の機運が高まる。きっかけは、フロンゴッホ蒸溜所で使用されたスチル(蒸溜器)だった。同蒸溜所の仕様で設計されたスチルのオリジナル現品が売りに出され、地元のウイスキーファンたちが注目したのだ。
発明者であるデービッド・ファラデー博士(サリー大学)にちなみ、「ファラデースチル」と呼ばれる伝説の装置。ポットスチルとコラムスチルの特徴を併せ持ったウェールズ独自のデザインだ。このスチルを買い取って、再びウェールズに蒸溜所を設立できないだろうか。そう考えた若者たちの一人が、ペンダーリン蒸溜所を創設した現CEOのスティーブン・デイヴィスである。
ウェルシュウイスキーの復活を担うペンダーリン蒸溜所は、2000年にペンダーリン村で設立された。ウェールズ南部のバンナイ・ブラヘイニョグ国立公園内にあり、美しい湧き水で有名な場所。スティーブンの自宅からも近く、ここなら観光客も呼び寄せられるだろうと創業者たちは考えたのだ。
クリーンなスピリッツと豊かな樽香
ペンダーリンに使用される水は、バンナイ・ブラヘイニョグの湧き水だ。周囲の地形は、今から260万年ほど前に氷河が大地を削ってできた。地質学的にも極めて重要な自然遺産であり、ユネスコが特別なジオパークのひとつに指定している。
ウェルシュウイスキーの主原料は大麦モルトである。ノンピートのモルトから得られた麦汁は、3日間の発酵を経てウォッシュ(もろみ)となる。このウォッシュを蒸溜するのが、ウェールズ伝統のファラデースチルだ。
ファラデースチルは、6枚のプレートを実装したコラム付きの銅製ポットスチルと、18枚の銅製プレートを実装したセカンドコラムの2塔でウォッシュを蒸溜する。蒸気が内部の銅製プレートを通過することで還流が促進され、クリーンで透明感のあるニューメイクスピリッツが得られる仕組みだ。
一般的な連続式蒸溜器とは異なり、ペンダーリンの蒸溜はバッチごとにおこなう。ファラデースチルのスピリッツは、穏やかで上品なモルト香を備えている。かつてスコッチのグレーン蒸溜所でつくられた麦芽原料の「サイレントモルト」に通じる繊細さがあり、ウェルシュウイスキーの個性の一部にもなっている。
このファラデースチルの他に、ペンダーリン蒸留所ではスコットランドの蒸溜所と同様のポットスチル(初溜器と再溜器のペア)も使用する。こちらはしっかりとしたボディのニューメイクスピリッツで、タイプの異なる2種のスピリッツを組み合わせて理想の香味が生み出される。
この2種類のスピリッツは、まずバッファロー・トレース蒸溜所から調達した最高品質のバーボン樽で熟成される。そこから酒精強化ワイン樽で追熟を加えるのがペンダーリンの主な基本工程だ。南欧の生産者から直接調達したマデイラ樽、ポート樽、シェリー樽が香味を仕上げる。
ゆっくりと2種類の樽で熟成されるうちに、スピリッツの香味は複雑さを増していく。原酒は定期的にノージングされ、官能評価で熟成のピークが見極められる。スチルが異なる原酒をブレンダーが絶妙な比率でブレンドしたら、軽快ながらも豊かな味わいを持つウェルシュシングルモルトウイスキーの完成だ。
日本公式発売のラインナップ
ウェルシュウイスキー「ペンダーリン」には、フラッグシップクラスの「ゴールドレンジ」とエントリークラスの「ドラゴンレンジ」という2種類のレンジがある。官能評価を品質の基準とするため、ペンダーリンのウイスキーは熟成年数の記載がないノンエージステイトメントだ。目安としては、5~7年間の熟成(6~12か月の追熟期間も含む)が施されている。
ゴールドレンジの「ペンダーリン マデイラ」は、ペンダーリンが目指すハウススタイルが存分に楽しめるマデイラ樽フィニッシュ。トフィークリームやレーズンなどのリッチな味わいが口の中に広がる。「ペンダーリン シェリーウッド」は、オロロソシェリー樽の豊かなアロマや果実味が引き立った味わいだ。また「ペンダーリン ピーテッド」は、ピーテッド麦芽を使用するのではなく、アイラモルトの空樽で追熟したユニークな味わい。軽やかな口当たりで、くすぶるピート香が鼻孔から心地よく抜けていく。ゴールドレンジのウイスキーは、すべて度数46%でボトリングされている。
ドラゴンレンジのラベルには、ウェールズを象徴するドラゴンが描かれている。マデイラ樽で追熟した「ペンダーリン レジェンド」は、フルーティなアロマとフレッシュでクリーンな口当たりが楽しめるウイスキー。度数は40%と、ゴールドレンジよりも呑み口は軽やかだ。
以上2種類のシリーズに加え、今後はシングルカスクなどの特別なボトリングも発売を予定している。
ウェルシュウイスキー復活の立役者となったペンダーリンも、創業から20年以上が経つ。現在ウェールズにはウイスキー蒸溜所が8軒あり、そのうち3軒をペンダーリンが運営している。スティーブンが中心となって設立したウェルシュウイスキー機構は「シングルモルト・ウェルシュウイスキー」の地理表示(GI)も定義したばかりだ。
クリーンな透明感を湛えながら、深く豊かな味わいも兼ね揃えたシングルモルトウェルシュウイスキー。見識の高い英国のファンに高く評価され、今では世界45か国で楽しまれている。その極めてユニークなスチルと樽熟成から生まれる独特のスタイルをじっくりと味わってみたい。
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