世界のウイスキー観光【第1回/全3回】
文:マリー=イヴ・ヴェンヌ
ウイスキー観光は、今や世界的な現象だ。単にお気に入りのウイスキーを味わう体験だけでなく、生産地の文化や歴史を学び、その香味の背後にある匠の技を探る楽しさがある。スコットランド、アメリカ、タスマニアなど、ウイスキーを軸にした旅行はファンにとって格別。ウイスキーへの愛によって栄えた地域ごとの物語を実感できるからだ。
米国テネシー州のチャタヌーガは、人口18万人の小都市だ。アパラチア工業地帯の衰退と観光業の勃興を経験し、2011年に設立されたチャタヌーガウイスキーがお酒好きの旅行者を呼び込むようになった。革新的な蒸溜所が、地元のウイスキー産業と文化の隆盛に貢献している例である。
チャタヌーガウイスキーの大きな功績は、市政に働きかけて古い法律を改正したことだ。実は2013年になるまで、チャタヌーガのあるハミルトン郡ではスピリッツの蒸溜が違法だった。チャタヌーガウイスキーの創業者たちは、地元市民たちの支持を集めて議員を説得するため、法律の改正を求めるキャンペーン「Vote Whiskey」を開始した。
このキャンペーンは成功し、チャタヌーガウイスキーは禁酒法以来この地で初めて合法的に設立される蒸溜所となった。法改正によって他の蒸溜所にも道が開かれ、多様で活気あるウイスキーシーンが誕生したのである。チャタヌーガウイスキーの物語は、ウイスキーが社会変革や市民参加の触媒になれる一例だ。
チャタヌーガウイスキー蒸溜所では、ツアーやテイスティングだけでなく、カクテル教室や樽選びなどの知識欲を満たすインタラクティブなイベントも開催している。共同設立者兼CEOのティム・ピアサントは、ウイスキー観光が街の発展とアイデンティティにとって不可欠だと述べた。
「ウイスキー観光は雇用を創出し、地元企業を支援し、世界中から観光客を惹きつけてくれます。
観光業との連携は、チャタヌーガウイスキーの歴史と精神に根ざしたストーリーと価値を共有する手段。私たち自身もこの町の一員であることを誇りに思い、ウイスキーを通じて絆、創造性、多様性を称えたいと思っています」
聖地アイラのウイスキー観光に学ぶ
ウイスキー観光で栄える地域といえば、必ず思い起こされるのがアイラ島だ。スコットランド西海岸に浮かぶ小さな島だが、ピートの効いたスモーキーなウイスキーで世界に知られるようになった。アイラ島には現在9軒の蒸溜所があり、それぞれ独特な個性とスタイルを追求している。毎年6万人以上の観光客がアイラ島を訪れ、蒸溜所巡りやアイラフェスティバル(Fèis Ìle)などのイベントに魅了される。
アイラ島のブルックラディ蒸溜所でブランド教育、アカデミー、ホスピタリティを管轄するロバート・マクイーチャーンは、次のように語っている。
「ウイスキー観光が盛んになったおかげで、アイラ島の経済は年中好調です。歴史ある蒸溜所も、新興の蒸溜所も、ウイスキー観光の人気から恩恵を受けています。蒸溜所のビジターセンターは盛況で、ゲストに特別な体験を提供しています。アイラフェスティバルのような取り組みを通じて、地域社会との関係を育むことが持続可能な成長のためにも重要です」
アイラフェスティバルは、協調を重んじるアイラ島住民の精神を浮き彫りにする。蒸溜所だけでなく、タクシー運転手やツアーオペレーターといった地元の人々が重要な役割を果たすのだ。この集団的な努力は、親切と気遣いを特徴とするアイラ島のあたたかなおもてなしを支えている。そして訪問者には忘れられない体験がもたらされるのだ。
アードベッグとグレンモーレンジィのナショナルブランドアンバサダーを務めるブライアン・シンプソンも、マクイーチャーンと同様にアイラ島とウイスキー観光の深い結びつきに感謝している。ウイスキーを一口飲むごとに、参加者が歴史や文化に触れられる没入感。そんな体験がアイラの魅力なのだ。
ラフロイグやラガヴーリンといった有名な蒸溜所に立ち寄る海岸沿いのドライブから、ジュラ島やコロンセイ島などの人里離れた島々をボートで巡るツアーまで、あらゆるツアーが冒険心に満ちた人々をアイラ島の絶景に誘う。そしてもれなく評判のウイスキーを堪能させてくれるのである。
丘、湿原、湖、海岸など、観光客は変化に富んだアイラ島の風景に魅せられる。アイラモルトの豊かな味覚を堪能するだけでなく、文化遺産の核心に触れられるのが旅行者には嬉しい。ハイキングツアーで、キルダルトンクロスなどの見どころを巡る。アイラウイスキートレイルのサイクリングツアーで、製麦から熟成までのウイスキーづくりを間近で見学する。入念にデザインされた個々の体験は、ウイスキーの風味と共にアイラ島の精神をしっかりと体感させてくれる。
(つづく)