社会的に持続可能なウイスキーづくり【前半/全2回】
文:クリスティアン・シェリー
さまざまな蒸溜所を取材した経験から、サステナビリティを意識しているウイスキーメーカーの増加は実感している。サステナブルなウイスキーづくりについて尋ねると、みな目を輝かせて最近の事例をアピールしてくれるのだ。熱管理から原料の輸送距離の削減まで、環境に配慮したウイスキーづくりはそれなりに実績を上げてきたと言えるだろう。
もちろんウイスキーは、製造工程で大量のエネルギーと水を消費する。読者のみなさんが大好きなモルトウイスキー、グレーンウイスキー、ブレンデッドウイスキーの製造は、環境にかなりの負荷をかけてしまう。この現実はほとんど避けられないが、このような環境への負荷を減らそうという取り組みには勢いがある。メーカー同士でも、日常的にアイデアが共有されているところだ。
水素を利用したり、泥炭地を守りながらピートを採掘したり、ウイスキー業界は科学的な観点からも大きな変革を成し遂げつつある。だが本気でサステナビリティを追求するとき、そこには自然環境だけに留まらない問題も持ち上がってくる。
すなわち社会的な持続可能性も、サステナブルな未来にとって不可欠な条件だ。環境保護に比べて、ウイスキー業界によるソーシャル・サステナビリティへの取り組みにはまだ足りない部分がたくさんある。
サステナビリティの課題は、三つの頭を持つ怪獣にも例えられる。有名な「持続可能な開発に関する世界首脳会議」では、2002年に「地球(planet)」「利益(profit)」「人間(people)」という3つの柱が打ち出された。
最初の2つは比較的容易に理解できるだろう。だが3番目の「人間」にまつわる社会的な持続可能性はどうもわかりにくい。人々を中心に据えたビジネス慣行は、実践するのが難しい。さまざまな問題が絡み合うため、飼いならすのに難しい生き物のようにも思えてくる。
社会的持続可能性とは、「事業が人々に与える影響を、肯定的なものも否定的なものも含めて特定しながら管理すること」だ(国連グローバル・コンパクトによる定義)。ここで言う「人々」とは、従業員はもちろん、バリューチェーンの関係者(サプライヤーや請負業者)、地域社会、顧客にまで及ぶ。これは人々の広大なネットワークであり、環境の持続可能性と同様に複雑かつ重要な分野であることは間違いない。
社会的持続可能性の分野で、最も注目されるのは多様性、平等、包摂(DE&I)だ。ウイスキー業界の場合は、ジェンダー平等にまつわる最近の進歩ならたくさんの事例がある。だが社会的な持続可能性には、もっと幅広いテーマも含まれている。
スコットランドの島嶼で実践される取り組み
自らの地域社会が抱える固有の課題を理解することで、ウイスキー蒸溜所は雇用政策を超えた有意義な存在感を示せる。そう語るのは、NPO団体「アクション・サステナビリティ」のシニアコンサルタントを務めるエマ=ジェーン・アレン。現代の奴隷制、人権、社会的価値などの専門家だ。
「孤立や就職率の低さに悩む人々がいる地域の蒸溜所なら、どうすれば人々がもっと働きやすくなるか考えてみてください。最も必要としている人々に、適切な支援を届ける知恵も必要です。履歴書の書き方の助言や、職業体験の提供もその一部。万能のアプローチはありませんが、お金をばら撒いたり寄付金で片付けたりせず、可能な限り意義のある行動を考えてほしい。地元の公園で草むしりをするボランティアみたいな発想は要りません」
エマ=ジェーン・アレンのクライアントでもある鉄道会社は、学習障害を抱える成人が電車で旅行できるように手助けをした。ボランティアのスタッフが当事者と駅で落ち合い、一緒に切符を買って1週間かけて一緒に旅をする。その効果は絶大だった。
「参加した人たちは、みな一人旅に自信を持ちました。その結果、本人や家族の健康とウェルビーイングも向上させたのです。これは具体的な成果と言えるでしょう」
社会的な持続可能性の分野で、ウイスキー界をリードしているのがハリス蒸溜所だ。所在地のハリス島は、アウター・ヘブリディーズ諸島の最北端にある。ハリス蒸溜所を創業したアンダーソン・ベイクウェルは、文字通り地域の生きる糧を創出するためにウイスキーとジンの製造工場を建設した。
ハリス島は雇用や起業の機会も少なく、若者が次々と島を去っている。人口はここ50年間でほぼ半分にまで減少しており、学校や娯楽施設の多くが閉鎖されつつあった。島にはもう何も残っていないのだから、人間もここに残って住む理由などないだろうという自虐的なループに陥っていたのだ。
ハリス蒸溜所で英国市場担当部長を務めるブレア・ステリックは、雇用を創出に力を入れている当事者だ。蒸溜所は地元の人々に実習やインターンシップを提供し、滞在を希望する人々に長期的なキャリアも用意している。
「農業や漁業に携わりたい人を別にすれば、島には熟練した労働力を確保できるような産業が何もありませんでした。蒸溜所では島内の出身者も働いていますが、最初はカフェの店員から始めて、製造、マーケティング、財務などの仕事に進んだ人もいます。こういう社内でのスキルアップにも力を入れ、似たような考え方の近隣メーカーとも相互に協力しています」
近隣の同業者とは、アイデアを共有し、インターンの受け入れで協力し、より幅広い仕事を経験してもらうことで従業員の定着を進めてきた。現在のハリス蒸溜所には50人のスタッフが常駐している。人口わずか2,000人強の島にとって、これは驚くべき成果だ。
このような強い目的意識を持っていても、より広い社会とのつながりには課題が残っている。観光業が盛んなハリス島では、オフシーズンになると人の行き来も途絶える。チームが望むほど多くのスタッフを通年雇用できなくなるのだ。
冬季に島で他の仕事を見つけられる人々や、大学生などには大した問題でもない。それでも夏にしか就労の機会を与えることができない状況をステリックは不満に思っている。
(つづく)