ウイスキー人気を広めたインフルエンサーたち【第1回/全3回】
文:クリス・ミドルトン
人類がつくる蒸溜酒には、さまざまな種類がある。そのなかで、ウイスキーはいかにして世界最高の人気を博すに至ったのだろう。私はある仮説を立てている。それはインフルエンサーを真似ようとする人間の模倣癖によって、ウイスキー消費の習慣が普及していったのではないかという考えだ。
あらゆる動物は、生まれながらにして模倣の能力を持っている。周囲の仲間の行動を模倣しながら成長し、世代を超えて生存環境の変化にも適応していく。これは動物界における進化の法則を説明する重要な理論でもある。
群れの有力メンバーを模倣することは、地位の低いメンバーが社会的地位を獲得する手段として有効だ。上位者の真似をすることで有益な情報が入手しやすくなり、群れの仲間たちにも認められるようになる。うまくいけば、その結果として理想的な自己実現を果たせるのだ。
社会的な模倣から生まれる信頼関係は、人類が文明を発展させる前提条件でもあった。他者の真似をすることによって、人類は文化的な富を蓄積しながら勢力を広げてきたといってもいいだろう。
大麦モルトを蒸溜したスピリッツ(モルトウイスキーの原型)が、イングランドで人々の社交用飲料として飲まれるようになったのはエリザベス朝時代(1558年 – 1603年)である。最初にウイスキーの人気を高めたトレンドセッターは、当時の社会に絶大な影響力を持つ王族や貴族たちだった。
さらにチューダー朝時代が終わると、王族を頂点とするインフルエンサーのピラミッドは裾野を広げていく。威信や権力や富を象徴する社会的地位の高い人々が、注目の的になって影響力を誇示するようになった。
印刷媒体によるマスコミュニケーションが普及すると、さらに多様な人々が影響力を持つようになる。有名な冒険家や軍人など、賞賛に値するさまざまな人々が注目を浴びた。
そして20世紀に入ると、メディアで活躍する有名人、娯楽産業の仕掛け人、エンターテイナー、スポーツ選手などがその基盤を細分化していく。さらに21世紀からは、インターネットが現代のインフルエンサーたちを生み出した。ソーシャルメディアの人気者が、52億人ものSNSユーザーたちを画面に釘付けにするようになったのである。
ゲール語圏から英語圏へ
もともと初期のウイスキーがつくられていたのは、スコットランドやアイルランドなどゲール語を話す地域である。ウイスキーがイングランドで人気を博す前、ロンドンあたりでブームを巻き起こしていたスピリッツといえばジンだ。
このジン人気は、オランダのオラニエ公がイングランドの王位を継いで1689年にオレンジ公ウィリアム3世として即位したことがきっかけとなった。
イングランドで「ホランズ(オランダの意)」と呼ばれたジェネヴァ(ジンのルーツ)は、国王とオランダ国民のお気に入りの蒸溜酒であった。ウィリアム3世がジンブームの先鞭をつけることで、その後英国で200年も続く蒸溜酒の大量生産時代が始まったのである。
イングランドの貴族たちは、国王の習慣を真似てホランド(ジェネヴァ)を愛飲するようになった。この蒸溜酒は、さまざまな階層の人々に普及していく。その需要に応えるため、オランダの蒸溜業者たちがジェームズ2世 (イングランド王)に続いてイングランドに渡った。
それ以前の16世紀から、フランドル人の亡命者たちはイングランドに渡っていた。彼らは80年戦争で焼け出されたり、1601年からの112年間にわたるスペインの蒸溜酒禁止令を嫌って、南ネーデルラントから逃れてきた人々である。
そのためイングランドでは、1680年の時点で大麦麦芽を原料にしたアクアヴィテが50万ガロンも蒸溜されていた。そのほとんどがアニス風味を加えたタイプである。それから数十年後の1726年には、ジュニパー風味のジェネヴァが「ジン」と英語化されて年間総生産量は820万ガロンに達した。
そのようなジンの台頭があった時代にも、ウイスキーはスコットランドとアイルランドの地方酒として根強く親しまれていた。だが19世紀初頭のスコッチウイスキーは、まだイングランドへの輸出が制限されていたり、あるいは禁止されていたり、場合によってはライセンス制によって規制される対象だった。
そのような法律上の障壁が取り払われて、イングランドへのスコッチ輸出が解禁されることで状況が変わる。有名な規制改革は、1848年のウェアハウス法、1858年の均一税法(英国全土で物品税を統一)、1860年の物品税法(保税倉庫でのブレンドを許可することで飲みやすく安価なブレンデッドウイスキーの製造を促進)の制定である。そして1861年にシングルボトル法が制定されると、家庭で消費しやすい小さなボトル単位の購入が可能になった。
こうやって、ウイスキーは着々と非ゲール語圏にも勢力を広げる準備ができたのである。
(つづく)