ミュージシャンとウイスキーの真剣コラボ【後半/全2回】
文:ニコ・マルティーニ
ポール・ホレッコ率いるFEWスピリッツは、ウイスキーを通じて自分が大好きなアーティストたちとの交流を続けていた。そうやって出会ったバンドのひとつが、2019年にコラボしたアリス・イン・チェインズだった。ヘビーなグランジ系のサウンドに、ダークでメロディアスな低音が響くバンドである。
このようなバンドの個性と響き合うためには、ウイスキーに激しさと美しさのバランスを反映させなければならない。さまざまな検討を重ねた結果、ホレッコはテキーラ樽で6か月間にわたって追熟を加えるというユニークなひねりを加えた。こうしてアルコール度数50.5%(101プルーフ度)の骨太なバーボンウイスキーが完成する。
「力強く、大胆で、荒々しさを備えたウイスキーです。それでもテキーラ樽でフィニッシュすることで、軽快でメロディアスな音色も加わっています」
テキーラ樽のフィニッシュは、ウイスキーに間違いなく特別な表情を加えている。ホレッコいわく、その感触がアリス・イン・チェインズのダークなメロディに呼応しているというのだ。
「テキーラ樽でフィニッシュした原酒には、思いがけない軽やかさも加わります。それはちょうど重厚なリフの上に美しいメロディを響かせたアリス・イン・チェインズの音楽を思い起こさせるものです」
アリス・イン・チェインズの複雑なサウンドを見事に表現した味わいは、バンドのファンたちの心をつかんだ。ウイスキーの評判が高まるほど、FEWスピリッツはロックバンドの精神を体現するウイスキーメーカーとして評価を固めていく。
「私自身がギタリストで生計を立てていた時期もあるし、アリス・イン・チェインズのファン歴も長かったので特別な感慨がありました。ジェリー・カンテレル(ボーカル兼ギター)のような憧れの人と仕事をするチャンスは、何としても成功させたいという思いがあったんです」
ハードなロックンロールを香味で体現
サンフランシスコの骨太トリオバンドとして知られるブラック・レベル・モーターサイクル・クラブも、FEWスピリッツのプロジェクトに参加した。ウイスキーのコンセプトは、シンプルながら理知的なものになったという。
ベースのロバート・レヴォン・ビーンは、ツアー中に必ずウイスキーを欠かさないというウイスキー愛飲家。そのビーンは、「いつか自分たちのウイスキーをつくって『モーターオイル』と名付けよう」と冗談めかしてを言っていたのだという。アメリカ南部をバイクで走り、バーベキューレストランに立ち寄るような感覚。そんなイメージを呼び起こすウイスキーがつくりたかったのだ。
そこでホレッコはバンドと話し合い、ラム樽とベルモット樽でフィニッシュした原酒を定番品の「FEWウイスキー」の原酒に加えた。そしてさらには、ロードサイドの埃っぽさを思い起こさせるため、小麦原料のウィート原酒もブレンドした。
「スモーキーで甘みもあり、ハーブのような感触も漂っています。バイクで走る道路の解放感が、ボトルに詰め込まれたような趣きです」
ホレッコはそう説明する。このコラボレーションはあいにくコロナ禍の時期と重なったので、バンドにサンプルを何度も送り届けなければならなかった。そのため予想よりも時間はかかったが、結果としてバンドの個性と深く結びついたウイスキーが誕生した。
そうやってバンドと一緒につくり上げたウイスキーは、当初の望み通り「モーターオイル」という名で発売されている。
同郷の伝説的ロックバンドと念願のコラボ
そしてFEWスピリッツが手掛ける最新のコラボレーション相手は、シカゴ出身の超人気バンドであるスマッシング・パンプキンズだ。
「同じシカゴの出身者として、特別な責任を感じていました。スマッシング・パンプキンズの生々しく原始的なエネルギーに匹敵するウイスキーをつくらなければなりません。再生ボタンを押すと、すぐに強烈なドラムの推進力が響きわたり、数秒後にはタイトなベースラインがグルーヴを生み出します。そしてあの歯切れの良いギターサウンド。交響曲のような豪華さとドライブを表現しました」
フレーバーのヒントを模索するうちに、このコラボレーションは前例のない展開を見せた。バンドのフロントマンであるビリー・コーガンは、シカゴでティーハウスを経営している。そこでコーガンが取り扱う紅茶も製造工程に取り入れることにした。
「ボトリング前の度数調整では、割り水の代わりにビリー・コーガンの紅茶を加えました」
アルコール度数は46.5%(93プルーフ)。基本はFEWスピリッツのシグネチャーである4年熟成のストレートバーボンウイスキーで、マダム・ズーズ・エンポリアムのブラックティー「ミッドナイト・ローズ」を割り水にしてボトルに詰めたという唯一無二の味わいだ。
コーガンの妻であるクロエが、FEWスピリッツのチームと緊密に協力してウイスキーを完成させてくれたたのだとホレッコは振り返る。
「ビリーも関わっていましたが、実際の作業に参加してくれたのはクロエが中心でした。最終的に、スマッシング・パンプキンズの個性とFEWスピリッツらしい個性が融合したウイスキーが完成しました。私たちの世界観が、完璧に調和した作品です」
このようなプロジェクトを通して、FEWスピリッツは有名なミュージシャンとのコラボレーションで注目されるようになった。だがそのウイスキーづくりに向き合う理念は変わっていないとホレッコは言う。
「バンド名をボトルに貼り付けたいだけのミュージシャンとはコラボしません。自分たちが納得できるウイスキーをつくり、同様にコラボ相手にも納得できる製品をつくれなければやる意味がありませんから」
金儲けのためにやっているわけではない。ホレッコとFEWスピリッツのチームにとって、これは芸術作品の制作に等しい行為なのだ。
「そもそもウイスキーをつくるために、このビジネスに携わっているんです。お金儲けが目的だったら、他の仕事をしていますよ」
このような本物へのこだわりこそが、FEWスピリッツのコラボレーションを特別なものにしている。アリス・イン・チェインズのどろどろとしたサウンドであれ、ザ・フレーミング・リップスのサイケデリックな甘美さであれ、それぞれのウイスキーはバンドを象徴する味わいを備えている。
「音楽もウイスキーも、そのバラエティこそが人生にスパイスを与えてくれるもの。そんな固有のストーリーを、別の方法で伝えようとしているだけなのです。ウイスキーでFEWスピリッツのストーリーを語りながら、ミュージシャンたちのストーリーも語るだけ。ウイスキーと音楽は、生来的に相性抜群なんです」
音楽コラボレーションの核は、やはりストーリーを語るということ。異なる2つの芸術がぶつかり合うことで創造的な表現が生まれ、ウイスキーファンと音楽ファンの心に深く響くような製品ができる。
今後もFEWスピリッツの音楽シリーズは続いていくが、次のコラボ相手は今年の夏以降に発表する予定だとホレッコは言う。だがその相手は、「気分を生き返らせてくれる(Bring Me to Life)ようなミュージシャンだというヒントもくれた。ウイスキーの完成を楽しみに待つとしよう。