動き始めたチャイニーズウイスキー【第3回/全3回】
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文:ジャンヌ・ペイシアン・チアオ
フランスのコニャックで名高いカミュ家は、安徽省亳州市の古井貢酒と提携して「卓越したチャイニーズウイスキー」の製造を目指している。カミュ家の6代目にあたるライアン・カミュは、欧州における白酒マーケティングの専門家だ。中国市場で成功するには、白酒文化に深い敬意を払うことが極めて重要であると理解している。
中国における蒸溜酒の生産と消費は、白酒の伝統に深く根ざしている。そのため白酒は、市場トレンドの進化にも直接的な影響を与えてきた。中国蒸溜酒の新たな国家規格が2022年に採択され、白酒は「添加物を加えずに穀物から醸造された蒸溜酒」でなければならないと規定されている。
この新しい規制は、本物の白酒しか認めないという品質へのこだわりを示すものである。ライアン・カミュが、ウイスキー生産で目指している価値観にも呼応した内容だ。高級スピリッツは、原料である穀物をベースとした規制によって品質を管理されるべきである。
古井貢酒は1800年以上の歴史を持つ白酒蒸溜所である。ブランデー製造の専門知識を受け継いできたカミュ家の提携先としてもぴったりだ。白酒とコニャックの技術を組み合わせることで、新しいウイスキーは独特で複雑な香味を追求している。ウイスキーが発売されるのは、2027年から2028年頃になる予定だ。
中国らしいウイスキーとは
中国のウイスキー製造業者は、何世紀も続く西洋の伝統から自由である。そこには独自の文化と経済圏を持つ中国ならではのチャンスもあり、解決すべき課題もある。中国のメーカーが外国の専門家を雇うことによって、スコットランドのウイスキーと似通ってしまう事例はすでに発生している。ウイスキー製造における中国独自の個性をどう定義するかは、時間をかけて考えるべき重要な課題である。
中国の地域は極めて多様で、そこにはさまざまな原材料と革新的な樽の選択肢がある。雲南省の香格裏拉や青海省の天佑徳のような蒸溜所は地元産の大麦を使用しているが、福建省の久溪酒業のような蒸溜所は原材料を輸入している。
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山東省蓬莱市の北酒造物や山東省煙台市の吉斯波爾のように、中国酒、茶、果実酒など地元の特産品で風味付けした樽を使用する革新的な熟成技術を採用している蒸溜所もある。また浙江省杭州の淳安蒸溜所が実践する洞窟熟成のように、自然環境を利用して独特の風味を生み出そうとするプロジェクトも進行中である。
中国のウイスキー生産には、職人たちの献身と新しい産業への野望が反映されている。湖南省の岳陽市には、東衛の職人が手造りしたミニ蒸溜器がある。これは細部にまでこだわった小規模な職人技の典型だ。逆に内モンゴルにある蒙泰グループのモジュール式蒸溜所は、スコットランドの著名なフォーサイスに倣った設備で産業的な野望を示している。
スコッチウイスキーのようなアプローチを採用する蒸溜所の国際的な躍進を遂げている。湖南省瀏陽市の高朗蒸溜所は、「高朗ブレンデッドチャイニーズウイスキー」と「高朗 5年 バーボン樽 シングルモルト」の輸出に成功し、英国のオンラインサイト「ウイスキー・エクスチェンジ」でも入手可能になった。
これは世界市場への参入における大きな前進である。だが中国では同等以下の価格帯で売られているスコッチウイスキーの有名銘柄が好まれる傾向もあり、高朗のやや高額な価格設定は課題を残している。
中国でのウイスキーの日常への浸透は、食との組み合わせが重要な白酒文化の影響を受けている。2022年に上海にオープンした「崃州バー」では、6つの特別な樽からウイスキーを選んでグルメなメニューと共に味わえる。このバーの支店は、広州や成都などの都市へも進出していく予定だ。
また叠川蒸溜所もフードペアリングに力を入れており、レストラン「叠宴」では地元産の食材を使った革新的な料理をミシュラン星付きのシェフたちが提供している。また南京市でバー「The Bottle Bar」を営むマネージャーの王昊は、次のように語っている。
「ウイスキーバーやレストランは、新たな消費者層を引き付けなければなりません。ウイスキーのトレンドは若い世代に広がっているので、手頃な価格で高品質な商品を提供することが不可欠になります」
中国酒業協会と地域のリーダーたちは、峨眉山と千島湖でのウイスキー生産地域について議論している。チャイニーズウイスキーのテロワールについて定義するのは時期尚早だが、政府のイニシアティブに支えられた素案は支持を集めつつある。
例えば白酒メーカーの洋河が、「チベットの第3極プロジェクト」に参加したことも生産地域の広がりを連想させる。上海近郊の千島湖では、2024年に第1回中国国際ウイスキー開発会議が開催された。台湾のテリーズ・ブラザーズ花瑞やスコットランドのアンガスダンディが国際的な関心を示し、雲南省昆明市の満山紅酒廠がブランド「白猿」(エンテラス)のために新設した蒸溜所なども注目を集めている。
チャイニーズウイスキーは、変革と野望の物語を描いている最中だ。ウイスキーを消費する国から、ウイスキーを生産する大国へと台頭した中国は、世界のスピリッツ業界を再編成するポテンシャルに満ちている。グローバル企業と地元の蒸溜所が緊密に協力し、ウイスキーの歴史に新たな1ページを刻もうとしている状況からは目が離せない。
中国のウイスキー業界は、その多くがまだ謎に満ちた存在である。それでも業界の成長と独特な商品展開は、徐々に明らかになってきた。はっきりと言えるのは、チャイニーズウイスキーの新たな価値が本物であること。世界がその魅力に気づくのは、もはや時間の問題だ。