ジェームズ・ボンドや気鋭の建築家から、型破りな独創性とステイタスを分けてもらった。マッカランの仕掛人は、ブランディングの哲学でウイスキーの未来を切り開く。

文:ガヴィン・スミス

 

ケン・グリアーは、世の中をあっと言わせるようなコラボレーションでマッカランのブランドイメージを高めてきた。その秘訣について、グリアーは次のように説明する。

「大きな成功を手にできたのは、適切なクリエイティブパートナーと長期的な関係をしっかり築いてきたから。これは一緒にマッカランをつくるファミリー(蒸溜から販売まで)であろうと、社外でマッカランに関わってくれる協力者であろうと同じことが言えます」

素晴らしい外部の協力者を得られた一例として、グリアーはジェームズ・ボンドとのコラボレーションを挙げる。映画『007 スカイフォール』は、007シリーズを制作するイーオン・プロダクションズのマイケル・ウィルソンが、グリアーと同じ写真とウイスキーの大ファンだったことが縁になったのだという。

「一緒にウイスキーを飲みながら、私は熱っぽく007の話をしていました。するとマイケルが映画にドラマチックな方法でマッカランのウイスキーを取り入れたいと願うようになってくれたんです」

この映画で最も印象的なシーンのひとつを、記憶されている読者のみなさんもいることだろう。登場するウイスキーは、50年熟成のマッカラン(1962年ヴィンテージ)だ。ハビエル・バルデム演じる悪の天才ラウル・シルヴァが、日本の軍艦島にジェームズ・ボンドを監禁する。そこで1962年もののマッカランが入ったボトルを取り出して「君のお気に入りのウイスキーらしいな」と挑発する。

シルヴァはボンドにその貴重なウイスキーが入ったショットグラスを手渡す。同じ部屋には、不運にも縛られたボンドガールのセヴリン(ベレニス・マーロウ)もいる。 シルヴァはセヴリンの頭の上にも同じグラスを置いて、ボンドに彼女の頭上のウィスキーを撃つよう命じる。

ボンドがわざと撃ち損じた瞬間に、シルヴァが飛び出してセヴリンの胸を撃つ。グラスが地面に落ちて割れる。

「いいスコッチがもったいない」

ボンドがそう言うと、空が救助ヘリで埋め尽くされる。高価な銃撃戦の始まりだ。

この「007シリーズ」と同質の華麗さは、総工費1億4000万ポンド(約270億円)の新しい蒸溜所とビジターセンターの設計にも活かされた。コンセプトを考案したケン・グリアーは、その実現を見届けるまで細部を監督することになった。

新しい蒸溜所は2018年半ばにオープンし、1億5000万ポンド(約290億円)以上のPR効果とソーシャルメディアでのインプレッションを生み出している。およそ5億人以上が蒸溜所の様子を目にした計算だ。この建築プロジェクトについて、グリアーは嬉しそうに振り返る。

「すべてが一つにまとまった最高の事例でした」

当時の蒸溜部門を管轄していたディレクターとの会話で生まれたアイデアから、一流の建築家による世界初の蒸溜所建築が構想された。ロジャース・スターク・ハーバー・アンド・パートナーズ(RSHP)の素晴らしい建築家たちが、ユニークでモダンな蒸溜所建築を実現してくれたのだ。

大胆なビジョンと独創性が、すべてまとまった建築デザインだ。このアイデアもさることながら、プロセスから学んだ教訓もまた大きかったとグリアーは言う。大胆な構想を説明して全員のやる気を引き出し、さらには関わる人々のユニークなスキルを見抜いてチームを編成し、最後まで全員に役割をまっとうさせる胆力の賜物だからだ。
 

愛すべきブランドを守るために

 
ディスティル・クリエイティブのメンターとして、ケン・グリアーは次世代の育成にも力を入れている。

「私たちの業界では、働く人々がそれぞれに持つ才能を見出し、それを育成して、各自がそれぞれのやり方で最大限の力を発揮できるよう手助けすることが不可欠です。好奇心、勇気、独創性を奨励し、アルコール飲料全般、特にスコッチに対する情熱を育むことも大切です」

このような創造性は、将来を見据えたビジョンと不可分のものだとグリアーは語る。

「利益を生むブランド構築を目指し、長期的なアプローチを実行していかなければなりません。しかし消費者のニーズが絶えず変化していく中で、将来的には時代の流れにあわせて方向転換する勇気も必要になるでしょう」

マッカランでの経験を活かし、ラグジュアリー路線のスピリッツをブランディングするケン・グリアー。メイン写真は、グリアーが構想に関わった新しいマッカラン蒸溜所の蒸溜棟内部。

ディスティル・クリエイティブを創設したケン・グリアーは、いまやアウトサイダーとしてクライアント企業にさまざまな知見をもたらす立場だ。

「現在の立場には、さまざまな利点もあります。以前のように、企業の中枢で白熱した戦いを続けることはありません。一緒に働く人達の上司でも同僚でもなくなったので、外部のメンターのような存在として働けます」

スピリッツ業界全体の現状については、その先行きを危ぶむ声もある。多くの高級ウイスキーが価値を下落させ、ここ数十年間の好調ぶりに陰りも見える。明るい見通しが立たない状況について、グリアーは次のように語った。

「晴れの日もあれば、曇の日もあります。大事なのは、常に一貫して長期的なビジョンを持ち続けること。私には25年以上の経験がありますが、キャリアの中でも現在のような状況は過去に2回経験しました」

一緒に仕事をしているチームの人々は、その多くがグリアーよりも経験が少ない。だからこそ不安も大きくなるのだろうとグリアーは言う。

「冷静さを保ち、自分の信念を貫くことが大切。ブランドのポジティブなイメージに影響を与えるようなことは、なるべくしないように注意すべきでしょう。例えば値下げのような行動には、特に慎重になるべきです」

現在の自分の役割について、グリアーは次のように述べている。

「クライアントの成功を見るたびに心から満足できます。関わったブランドや人々の成長を見るのが大好きなんです。私がアイデアを提供し、彼らが成長する。ブランドが成長し、繁栄していくのを見守る。このプロセスのなかで、最も価値があるのは人的な資本です」

そしてグリアーが提供するアイデアは、いつも優れたストーリーの構築につながってくる。

「私が各ブランドに助言しているのは、どんなときでも魅力的なストーリーが必要だということ。足を止めて見入るほどの魅力や、わかりやすい価値を表現しなければなりません。購入した人が感じる特別感も大切で、手に入れることが素晴らしい体験となるようなブランド戦略を目指すべきです」

マッカランの仕掛け人として、誰よりもウイスキーのブランド戦略に詳しいケン・グリアー。類まれな経験と実績は、これからどのように活かしてくれるのだろうか。

「これまでも素晴らしいウイスキーを味わい、素晴らしい人々と仕事をしてきました。 受け継いだ遺産は、さらに良い状態にして次の世代に渡すべきです。人生は豊かで、ダイナミックに変化します。自分が得た幸運は、必ず他の人々と分かち合うべきだと信じています」