WMJ的酒場放浪記・7 【京都編その1】
WMJ記者がウイスキーを求めて放浪するバー探訪記第7弾。今回は京都「Bar Rocking chair」へお邪魔した。
京都の繁華街から少し足を延ばした、どこか懐かしさの残る路地の一角。この落ち着いた佇まいの一軒家が知る人ぞ知る「Bar Rocking chair」だ。
中に入ってみると、開放感のある高い天井と木のぬくもりに包まれた、しっとりとした空気に驚かされる。京都のバー初体験の記者は、この格調高くも温かみのある雰囲気に圧倒されてしまった。
入口を入ってすぐの部屋には、暖炉とロッキングチェアがある。ここでグラスを傾けられたら最高と思わせる、心地よさそうなスペースだ。しかし重厚感のあるバックバーの魅力に抗えず、カウンターに席をとる。
築100年の古民家で、前の持ち主が改装を入れた部分を取り、古いところを残したというこの「Bar Rocking chair」は、2009年2月オープン。オーナーの坪倉 健児さんは、銀座「ガスライト」と京都「K6」という東西の名店で10年の修行を積んでから、独立してこのバーを開店した。現在もカクテルコンペティションで受賞を重ねる実力派である。
それではぜひ、とウイスキーカクテルをお願いする。
ベンリアック12年シェリーをベースとした、贅沢なボビー・バーンズだ。ウイスキーの奥からベルモットの香りがすっと現れて広がるこのバランスは流石。それでいて後に残らないので、また次の一口が新鮮に楽しめる。
グラスの底にガーネットのような色の濃いレッドチェリーが見え、これは市販品ではないなと思い「このチェリーは自家製ですか?」と尋ねると、「そのうちに分かります」と意味深な答え。
すると、チェリーだと思ったものはグラスの底のまるい膨らみに描かれた絵だったのだ。
意外な仕掛けに驚いていると「アンティークのグラスなんです。面白いでしょう?」と坪倉さん。まんまと引っかかってしまった! それにしてもなんとお洒落な遊び心のあるグラスだろう。カクテルもグラスもお互いに良さを引き出しあって、まさに唯一無二のオリジナリティを創り出している。
「ウイスキーは長い時間をかけてつくられるものですよね。そのウイスキーをもっと美味しく飲めるカクテル…バランスとインパクト、というのがカクテルの発想ですね」飲む人のイメージで遊びができるんですよ、と坪倉さんはにこやかに語る。これならば、カクテルの味はもちろん、バー全体の雰囲気とともに、魅了されてしまう人が後を絶たないのも頷ける話だ。
カクテルだけではなく、ウイスキーのセレクションも充実している。お勧めをお願いするとイアン・マクロードの“AS WE GET IT”シリーズが登場。9年熟成のシングルカスク・アイラモルトで58.3%、ハードボイルドなボトルだ。こちらは蒸溜所名を明かさないブランドで、その名の通り「手に入れたまま」、樽からそのままの状態でボトリングしている。パワフルで骨太、潮と煙が躍る、生き生きとしたウイスキーだ。
時が止まったかのような空間に、選び抜かれたウイスキー。そしてそのウイスキーを飲み手に合わせてさらに変化をつけてくれるバーテンダー。暖炉には灯が点り、「ゆっくりお酒を飲む、あたたかみと寛ぎのある場所を提供したかった」という坪倉さんの言葉を体現しながらも、どこかピンと冴えた空気に包まれている。風格、気品…これが京都のバーの醍醐味か、と唸らずにはいられない。
ふと目をやると、夕暮れから夜へと表情を変える坪庭。いつ訪れても四季折々の植物が目を楽しませてくれるという。もとは通り土間で、かまどがあったというバックバー。茶室を改築した暖炉の間。柱の1本1本まで染み込んだ歴史の香り…一口に100年というけれど、この建物はどんな時間を過ごしたのだろう。
人間は20歳前後で一人前とされ、スピリッツは3年でウイスキーと呼ぶことを許される。年月の重みはそれぞれに違うが、時を経たことでしか得られない良さは何にでもある。人間も自然も人がつくったものも、みな時に揺られながら良さを増していくのだ…そう、このロッキングチェアのように、ゆらゆらと行ったり来たりして。
次に来るときは、このロッキングチェアに体を預けて、零れ落ちる砂時計を少し止めてくれるようなウイスキーを愉しもう。ただただ坪倉さんのチョイスにゆだね、古都の懐の深さに沈み込む心地よさ、そんな贅沢な“AS WE GET…” 得られたままのひとときを堪能したい。
Bar Rocking chair
(バー ロッキングチェア)
京都市下京区御幸町通仏光寺下る橘町434-2
TEL:075-496-8679
営業時間:PM5:00~AM2:00
定休日:火曜