アルコールのはたらき
文:イアン・ウィズニウスキ
モルトウイスキーのアルコール含有量は、最低限のボトリング度数である40%(ウイスキー全体の40%がアルコールという意味)から強めの43%や46%まで商品によって異なる。カスクストレングスとなれば、さらにアルコールの含有量は多い。この数字だけで見てもアルコールの存在感は大きいし、心身に及ぼすさまざまな影響についても先刻ご承知の通りであろう。
だがこのアルコールが、モルトウイスキーの特性に与える影響についてはまだまだ研究の余地があるようだ。グレンモーレンジィでウイスキーの蒸溜、熟成、ブレンドを管轄するビル・ラムズデン博士は次のように語っている。
「アルコールは、すべての風味要素を一体化させる役割を果たしています。でもアルコール0%のウイスキーをテイスティングしたことがないので、明確にどのような働きをしているのかを説明するのは難しいですね」
シーバス・ブラザーズのマスターブレンダーを務めるサンディー・ヒスロップ氏からも、次のような見解を聞くことができた。
「熟成プロセスや樽材のタイプなどといった他の影響因子を無視して、アルコールの役割だけについて語るのは難しいと思います。ガスクロマトグラフ分析によって、モルトウイスキーに含まれる風味要素のいくつかは特定できますが、アルコールの役割を単独で説明したり、モルトウイスキーが舌の上でどのように感じ取られるのかを明示したりするのは困難ですね」
それではまずアルコールの資質に注目して、どのような変化をウイスキーに与えてくれるのかを考察してみよう。ウィリアム・グラント&サンズのマスターブレンダーを務めるブライアン・キンズマン氏がヒントを語る。
「アルコール自体が、フレーバーの構築に影響を与えるわけではありません。その点でいうと、アルコールは実際にニュートラルな存在です。舌の上でカッと熱い刺激を感じさせたり、ほんのわずかの甘みを加えたりもしますが、樽熟成などから得られる甘みと比べたら取るに足らないレベル。その一方で、アルコールはウイスキーに重みとボディを加えるので、テイスティング体験や飲み心地に甚大な影響を及ぼします」
だがアルコールには、別の「構造的」な貢献もあるという。ベンリアック・カンパニーのマスターブレンダーを務めるレイチェル・バリー氏が説明する。
「アルコールは、水と混ぜたときに粘度をもたらします。この粘り気は口当たりに影響するので、フレーバーとも密接に関係してきます」
このような直接的な影響のほかに、アルコールには間接的な影響を及ぼすはたらきもあるとブライアン・キンズマン氏が教えてくれた。
「化学的な研究からも、アルコールはフレーバーの運び手として、フレーバーを舌の味蕾まで届ける媒体となることが明らかになっています」
アルコールとフレーバー要素の関係には、さらに別の側面もあるようだ。レイチェル・バリー氏が続ける。
「アルコールが、フレーバー要素の感受性を高めているという点も見逃せません。例えばグレンドロナックのように力強い風味を持ったモルトウイスキーは、そのフレーバー要素の重みがアルコールに対峙して拮抗するため、驚くほど滑らかなモルトウイスキーのように知覚されます。これと同じメカニズムで、熟成年が長いウイスキーや古いウイスキーを味わったときは、フレーバー要素が蓄積されているせいで実際よりもアルコール度数が低めに感じられることもあるでしょう。このような原理を含めて、すべては個々のウイスキーが持つ特性のバランスが重要になってきます」
アルコールと水が樽の香味成分を引き出す
そして忘れてならないのは、熟成期間中にオーク樽からフレーバー成分を引き出す役割だ。ニューメイクスピリッツは加水することで63.5%くらいの度数に調整されてから樽詰めされることが多い。オーク樽のなかにあるフレーバー成分は、アルコールに溶けやすい成分と、水に溶けやすい成分に分類される(アルコールと水の両方に溶けやすい成分もある)。レイチェル・バリー氏が語る。
「まずはアルコールが、バニリンやスパイスなどのアルコールに溶けやすいフレーバー成分をオークから引き出します。熟成が進み、アルコール度数が下がっていくにしたがって、相対的に水の割合が増してきます。そうすると、スピリッツはやや異なった種類のフレーバー成分を引き出すようになります。アルコールよりも水に溶けやすいタンニンは、そのような成分の一例です。タンニンが引き出されると、色がついて口当たりがリッチになります。ただしこの効果の度合いも、オークの種類によって異なってきます。スパニッシュオークはアメリカンオークよりも高い割合でタンニンを含んでいます」
この熟成過程を細かく検証すると、さまざまなことが明らかになる。インバーハウス・ディスティラーズのマスターブレンダー、スチュアート・ハーヴェイ氏が説明する。
「樽からフレーバー成分が引き出されるのは最初の2年がピークで、その後は成分を吸収する割合がゆるやかになっていきます。アルコール度数は1年で約0.5%ずつ落ちていくので、12年熟成するとアルコール度数が6%ダウンする計算になり、その分、水に溶けやすいフレーバー成分が引き出されていくことになります。つまり樽から引き出されるフレーバーの種類は、熟成年の長さによっても異なってきます」
樽詰め時のアルコール度数も、ボトリング時のアルコール度数も重要な問題だ。だが実際に味わうときの度数もまた等しく重要である。ストレートで飲んだ味わいと加水して飲んだ味わいは異なるし、加える水の量によってもフレーバーは変化するのだとサンディー・ヒスロップ氏が指摘する。
「アルコール度数が高くなるにつれ、感じ取れるニュアンスの細やかさは減少します。アルコールの強烈な感触によって、繊細なニュアンスが覆い隠されてしまうからです。例えば『アベラワー アブーナ』はフルーツケーキ、レーズン、英国風クリスマスケーキのような押し出しの強い味わいですが、加水すると少しずつ味わいのスペクトラムに変化が起こります。水で薄めることで、ショウガやオレンジマーマレードのようなスパイス風味を豊かに感じ取れるようになるのです。アルコール度数が高いままだとオーク風味はドライな印象が主体ですが、アルコール度数を下げることによってオーク風味の背後に隠れたナッツの風味を楽しむこともできます」
長鎖アルコールの役割
モルトウイスキーに含まれるアルコールは主にエタノールの形で存在しているが、わずかに長鎖アルコールも含まれている。スチュアート・ハーヴェイ氏が説明する。
「長鎖アルコールとは、炭素鎖の炭素原子が6個以上のアルコールのことを指す言葉で、高級アルコールとも呼ばれます。長鎖アルコールはエタノールよりもフレーバーが強いので、フレーバー成分としても認識されています。長鎖アルコールにもさまざまな種類があり、含有率もウイスキーごとに異なります。また長鎖アルコールの含有率は熟成中に変化し、揮発によって失われてしまうものもあります。長鎖アルコールを適切な率で含有することで、モルトウイスキーにはさまざまな恩恵がもたらされます」
だがこの長鎖アルコールの役割を定量的に評価することは難しいとスチュアート・ハーヴェイ氏が続ける。
「長鎖アルコールを1種類抜き出して、個別に観察することは可能です。しかし長鎖アルコールが他のあらゆるフレーバー成分と複雑に作用しあうメカニズムのほうがもっと重要なのです。個々の長鎖アルコールがモルトウイスキーの総体的な特性にどのような影響を与えているのか、研究はいまだに道半ばといったところです」