アードナホーとアイラの未来【前半/全2回】
文:パトリック・コネリ
ウイスキー蒸溜所を新たに設立して、ウイスキーづくりの事業を成功させるためにはいくつかの条件がある。まずもっとも重要なのは建設地の選択だろう。その次に僅差で続くのは、蒸溜所を動かす適切なチームの編成だ。
建設地についていえば、アードナホー蒸溜所はこれ以上ないほどの理想的な場所を選んだ。アイラ島の北岸から、ジュラ島を見晴らす最高の立地である。もうひとつの蒸溜所チームは、家族の絆と豊富なウイスキー業界での経験を兼ね添えた編成になった。アイラ島で9番目の蒸溜所(現在稼働中の蒸溜所のみ)を運営するのに、これほど強固な基盤もないだろう。すべては周到に考え抜かれたプロジェクトだったのだ。
チームを統括するのは、家族の長であるスチュワート・レイン。約60年にわたってウイスキー業界で働いてきた大ベテランだ。経験豊富な社長のもと、息子のスコット・レインとアンドリュー・レインがビジネスを次世代に向かって進化させる。
スコットとアンドリューは、すでに独立系ボトラーとしてウイスキー業界での成功を手にしている。まずは兄弟でエディション・スピリッツという名のウイスキー会社を起業し、やがて父のビジネスに合流して新会社のハンターレインを設立した。ハンターレインを設立する前に、スチュワートは祖父が創業したダグラスレインを退社している。現在のダグラスレインを運営するのは、スチュワートの兄フレッドと姪のカーラだ。
新会社ハンターレインの3人には、3世代にわたって蓄えた知識と経験と原酒のストックがある。この持てる力を駆使しながら、長年の夢である蒸溜所の新設に取り組んだ。 アードナホー蒸溜所が創設されたことで、ウイスキーを愛するレイン家の伝統はさらに遠い未来へと受け継がれることになるだろう。
事業の主体となるハンターレインは、2013年にグラスゴーで設立された。すでに「オールド・モルト・カスク」「オールド&レア」「ヘップバーンズ・チョイス」などのウイスキーブランドでさまざまな商品を展開している。
建設地は全員一致でアイラに決定
スチュワートによると、自前の蒸溜所を持つことは最終的な目標として意識していた。だが真っ先に取りかかれるほど簡単な目標でもない。そんな経緯について、スチュワートが説明する。
「6年前に前の会社を円満退社したとき、スコットとアンドリューもこの新会社に入りました。みんなずっと自前の蒸溜所を所有したかったのですが、納得できるような値段で手に入れられる既存の蒸溜所が見当たりませんでした。そのコストを見積もっても、手の届かないほど高騰していくばかり。だから、いっそ自分たちで蒸溜所を建設してしまったほうが得策じゃないかと結論したのです」
蒸溜所を新設する英断を下せたのは、もちろん長年ウイスキー業界で働いてきた知見の賜物だ。そして蒸溜所の建設地を決定するときにも、レイン家の歴史や人脈が大きな役割を果たしたのは疑いようもない。スチュワートが語る。
「みんなが集まって、どこに自社の蒸溜所を建設しようかと話し合いました。でも意見の対立なんてありませんでしたね。蒸溜所を建てるなら、絶対にアイラだってずっと言ってましたから。アイラ島とアイラモルトには、いつも特別な愛着と親近感を抱いていました。1960年代、私が蒸溜所での研修を始めた場所はアイラ島でした。当時、ブルックラディとブラッドノックのオーナーが父の親友だったこともあって、そんな縁ができたのです。アイラ島に来た1966年は、夏いっぱいウイスキーづくりを手伝いました。この地でウイスキーの蒸溜について学び、面白さに魅了されたのです」
その夏は、人生でもっとも幸せな時間だったとスチュワートは回想する。
またレイン家の3人は、ある先祖が1793年にアイラ島のラウンド教会で結婚式を挙げた史実も突き止めた。これもアイラ島とレイン家の運命を感じさせる一因になったとスチュワートは語る。
「アイラ島の中でも、有力な候補としてこの地域が挙がったとき、まずは目で確かめようとやってきました。実際に訪ねてみたら、蒸溜所建設にぴったりの場所だと納得したのです。運良く土地を購入できて、蒸溜所建設の計画にも認可が下りました」
2016年の暮れも差し迫った頃、アイラ・エステートから購入した4エーカー(約16,00平米)の土地で建設工事が始まった。アードナホーはアイラ島北東部の沿岸にある村で、ポートアスケイグにも近い。総工費1,200万英ポンド(約18億円)を投じて建設された蒸溜所は、主にシングルモルトウイスキーをつくるのが目標となる。
そして2019年4月には、アイラ島で稼働する9番目の蒸溜所として正式に操業を始めた。アイラ島では、2005年に創設されたキルホーマン以来の新しい蒸溜所である。実はそれまでアイラ島で9番目になると目されていたのは、ガートブレック蒸溜所だった。かなり以前から建設を予定していたが、計画が頓挫してしまったことからアードナホーが繰り上がったのである。
アードナホー蒸留所のことを、チームは「伝統精神にもとづいたモダンな蒸溜所」と位置づけている。アードナホーには2基の銅製ポットスチルがあり、生産能力は純アルコール換算で年間約90万L。2018年10月にスピリッツの生産を開始し、その数週間後から樽詰めが始まった。
(つづく)