芸術とウイスキー【前半/全2回】
文:ルーシー・ローズ
ウイスキーづくりは、本質的に芸術のようなものだ。もちろん科学に裏付けされた製造工程が重要な役割を果たしている。だがその過程では、しばしば予測を超えた創造的な努力も求められる。優れたウイスキーをつくるには、この芸術的なエネルギーの価値を理解し、うまく活用できる熟練したディスティラーやブレンダーが必要である。
ウイスキーと芸術には、本質的な類似点がある。優れた画家にも、なぜか絵の具を使いこなせない不調な日があれば、神が降臨したように創造力が爆発する日もある。ウイスキーづくりにも、そのような不確実性は常につきまとっている。このような難しさこそが、蒸溜所ごとのさまざまな魅力も生み出しているのだ。
ますます新しいメーカーが参入しているウイスキー業界で、各社は競争を勝ち抜くためにみずからの特徴を示さなければならない。熟考されたマーケティング戦略のため、しばしば用いられるストーリーが芸術との親和性だ。
ブランドを差別化して際立たせるため、アーティストたちと協働するメーカーは多い。自社のウイスキーについて独自性の高いストーリーを語るため、どんな芸術分野との協働が実践されているのだろうか。
ウイスキーと芸術の親和性を証明した最近の実例に、特別限定商品「マクベスコレクション」がある。ウィリアム・シェイクスピアの傑作戯曲『マクベス』(1606年発表)をウイスキーの香味で表現した驚きのシリーズだ。
この壮大なアイデアを思い付いたのは、レキシーことアレクシス・リビングストン・バージェス。デザイナーとして数々の優れたボトルデザインを手掛け、自身でも独立系ボトラー事業を営む熱烈なウイスキーファンである。
コレクションが発売されると、多くのウイスキーライターやファンが熱烈な共感を表明した。リビングストンはスコットランドを舞台にした物語を深堀りし、登場人物をウイスキーで表現することに成功している。このアイデア自体が前代未聞の偉業だった。
原酒の選定に関わったのは、ウイスキー評論家のデイヴ・ブルーム。曲者揃いの登場人物について洞察しながら、テイスティングノートの執筆を通してウイスキーとの強固なつながりを証明した。忠誠と裏切りが渦巻くマクベスの物語をヒントに、ウイスキーの擬人化というチャレンジを成功させたのだ。
このプロジェクトは、さらに想像を超えた芸術家の起用でファンたちを驚かせている。人類史を代表するような戯曲がテーマだから、そのボトルデザインも中途半端は許されない。そこで英国を象徴する92歳のイラストレーター、クエンティン・ブレイクにラベルの作画を依頼したのだ。
巨匠は各キャラクターを鳥に見立てて描き、唯一無二の世界観を完成させた。芸術的なストーリーテリングと考え抜かれたコラボレーションによって、このコレクションは希少な限定発売のウイスキーを見事に差別化してみせたのである。
スコットランドの伝説をテーマにした限定コレクション
同様のスタイルで、芸術とウイスキーの世界観を融合させているのが独立系ボトラーのフェイブルだ。そもそもフェイブルとは寓話の意味であり、ブランド名にも明確なメッセージ性がある。スコットランドの伝説を蘇らせるというコンセプトで、シングルモルトの魅力を押し出しているブランドだ。
発売されたシリーズの第1弾は、ビジュアルアーティストのヒューゴ・クエラーによるイラストレーション。テーマにしたのは、スコットランドの伝説「クランヤード湾の幽霊バグパイパー」だ。この物語が11本のボトルに展開され、各ボトルに章のタイトルとそれぞれの寓話に含まれる重要な場面が描かれている。
ウイスキーの中味は、スコットランド各地の蒸溜所から調達した原酒である。著名な蒸溜所もあれば、あまり知られていない蒸溜所のウイスキーも紹介されている。全体として、見識あるウイスキーファンにとって魅力あふれるコレクションとなった。
ボトルデザインに映えるヒューゴ・クエラーのイラストは、極めてユニークなスタイルを通して中身のウイスキーを体現している。たとえば「チャプター 11 “ゴースト”」の中味は、グレンスペイ蒸溜所のウイスキー。比較的小規模なことから「幽霊のような存在」と例えられる蒸溜所だ。コレクションのコンセプトにもぴったりである。
フェイブルがリリースするウイスキーは、現実離れしたストーリーを語りつつも、比較的購入しやすい価格帯に収まっている。想像力に満ちたラインナップは、ウイスキーにおける独創的なストーリーテリングの可能性を最大限に表現した。
新しいコレクションも2024年12月に発表されたが、ここではフランナン諸島で忽然と姿を消した灯台守たちの実話をテーマにしている。フェイブルの冒険はまだまだ続きそうだ。
(つづく)