芸術とウイスキー【後半/全2回】
文:ルーシー・ローズ
ウイスキー業界とクリエイティブ業界は、どちらも2020年に始まったコロナ禍による世界的な停滞期間を経験した。経済的な苦境から立ち上がるため、両者が手を組んだプロジェクトを振り返ってみたい。
スコットランド北部のダンディーにあるV&Aダンディーは、スコットランド初のデザインミュージアム。ヴィクトリア&アルバート美術館(ロンドン)の分館である。このV&Aダンディーとダルモアのパートナーシップが、数年前から話題を呼んでいる。
共同プロジェクトが始まったのは2022年のこと。スコットランドの文化、才能、ストーリーを称える4年間のコラボレーションが計画され、最初のウイスキー「ルミナリーNo.1 2022エディション」が発表された。パッケージをデザインしたのは、日本を代表する建築家の隈研吾である。
このウイスキーの「レア」バージョンは48年熟成で、わずか3本のみという極端な限定生産。ウイスキーを包み込む美しい彫刻は、隈研吾の設計によるものだ。日本のミズナラ材、スコットランドのオーク材、スチール材といった素材を組み合わせた見事な立体作品である。
マスターディスティラーのリチャード・パターソンと隈研吾は、それぞれの才能と経験を結集して興味深いコレクションの幕開けを飾った。ウイスキーづくりにインスパイアされた唯一無二のパッケージも素晴らしいが、ウイスキー自体も美しいデザインに比肩する芸術的な仕上がりである。
このパートナーシップを全面的に推進するため、ダルモアは香港のサザビーズで「ダルモア ディケイド No.6」のコレクションを販売し、売上の10万ポンド(約2000万円)をV&Aダンディーに寄付した。また2022年11月には「ルミナリーNo.1 レア」がサザビーズで競売にかけられ、収益の一部はV&Aダンディーに寄付されている。
そして2024年には、ザハ・ハディド・アーキテクツのディレクターを務めるメロディ・レオンが「ルミナリー 2024 エディション レア」を制作。気鋭の若手建築家とのコラボレーションは、さらに進化を遂げた。
レオンが制作したのは、ウイスキー製造工程の運動エネルギーから着想を得た琥珀色の彫刻。ダルモア蒸溜所で49年にわたって熟成されたウイスキーが、またしても美しい現代建築のような構造物で包み込まれた。これはダルモアとV&Aの間に築かれた関係をさらに発展させる一歩となり、5月にオークションにかけられた作品の収益は次世代の芸術家たちを支援するV&Aダンディーに寄付されている。
ファッションデザイナーやミュージシャンとも強力なタッグ
建築からファッションデザインまで、ウイスキー蒸溜所はさまざまな芸術分野にコラボレーションの手を広げている。高級ブレンデッドウイスキーのロイヤルサルートは、英国人ファッションデザイナーのリチャード・クインと数年前から手を組んでいる。
革新的な色彩と造形で知られるクインは、「花びらと棘」をモチーフにしたボトルデザインによってウイスキーの品質を表現した。オートクチュールの世界でよく知られた細部へのこだわりは、デカンタにあしらった手描きのペイントにも表れている。
このように丹精を込めたデザインへの献身は、マスターブレンダーのサンディ・ヒスロップがウイスキーに注ぐ情熱と鮮やかに呼応している。ロイヤルサルートは、フローラルな香りとオーク樽の熟成感が魅力のウイスキー。その味わいのイメージは、デカンタのデザインそのものなのだ。
この独創的なパートナーシップとコラボレーションは2023年まで続き、クインらしさを前面に出した明るい色彩を大胆に押しながら新しいデザインも発表された。
クインのデザインとロイヤルサルートのウイスキーづくりは、どちらも伝統と未来志向の融合からインスピレーションを得た芸術作品である。このようなパートナーシップは、時にイメージ先行の話題作りと受け止められることもあるだろう。
だがクインとヒスロップのつながりは本物である。時間をかけて2人でデザインとウイスキーの本質について語り合い、デザインとブレンドの方向性を一緒に検討しながら、一体感のあるコレクションを開発した。そして完成したのが、ウイスキーの囁きが聞こえそうなボトルなのである。ロイヤルサルートという傑出したブレンデッドウイスキーの個性を際立たせるデザインだ。
このようなウイスキーの囁きは、時にラウドな主張となって消費者に届くこともある。ウイスキーと有名ミュージシャンのコラボレーションは、これまでもたびたび実施されてきた。このような協働は知名度に頼ったマーケティングを超え、ウイスキーと音楽の調和をより深く掘り下げるチャンスでもある。
音楽との実験的なコラボをたびたび発表してきたのはバランタインだ。クイーンやAC/DCなどのアーティストからインスピレーションを得て、その音楽性に敬意を表した限定商品をこれまでも発売している。最近もウータン・クランのRZAと提携し、若い世代のウイスキーファンにアピールしたばかりだ。このコラボでは、シラチャソースを使ったフュージョン料理とのマリアージュも話題になった。
音楽界との強い連帯を示すため、バランタインは「トゥルー・ミュージック・ファンド」を設立している。音楽界におけるダイバーシティ&インクルージョンを推進し、新進アーティストを支援する10万ポンド(約2000万円)の基金である。
バランタインはアーティストシリーズを継続しながらウイスキーの魅力を伝え、音楽との一体感によって若い世代とつながっている。スター級のアーティストだけでなく、実力のある無名なミュージシャンを支援するのは誠実なアプローチだ。ウイスキーへの情熱と音楽への愛を結びつけるコラボレーションといえるだろう。
ウイスキーメーカーは芸術の世界に分け入り、ますます競争が激化する市場で独自性を見出そうとしている。パートナーシップの深さはさまざまだが、ウイスキーづくりのストーリーを大切にしながら製品の魅力を広く伝えて新しいファン層にアピールする狙いは変わらない。
芸術に無限の可能性があるように、最高の香味を目指すウイスキーづくりにも限界はない。風味の特徴を独創的に詳しく伝えるため、さまざまな芸術分野との創造的なコラボレーションは今後も続くだろう。
いつかは芸術作品を収集したいと考える人にとっても、ウイスキーは手頃な入門編にもなりえる。マクベスシリーズやフェイブルのコレクションは、うまく製品を選べば手頃な価格で限定品を手に入れられるチャンスだ。
ウイスキー収集は決して新しい現象ではない。ウイスキーのコレクションが確実な富の蓄積を約束してくれるわけでもない。ウイスキーへの収集は転売による利益を目的にするのではなく、素晴らしい美術品を眺めながらウイスキーを楽しむ瞬間のための投資であるべきだ。ウイスキーが芸術ならば、やはりその香りと味の体験を目的としてつくられた作品なのだから。