安積蒸溜所の一日【後半/全2回】

August 14, 2017

稼働1年目の安積蒸溜所で、朝からウイスキーづくりに密着中。正午を回っても、気の抜けない作業はまだまだ続く。一日の終わりに熟成中の原酒をテイスティングして、この新しい蒸溜所の未来を占う。

文:ステファン・ヴァン・エイケン

 

12:01

 

短い休憩を挟んで、坂倉みなみさんはマッシュタン(糖化槽)に「2回目の加水」をおこなう作業に取り掛かる。今度は75°Cのお湯を800Lほど投入して、マッシュからさらに糖分が引き出せるようにするのだ。午前中におこなった1回目の加水と同様のプロセスが繰り返される。熊手でかき混ぜながら30分ほど寝かせ、次の30分は循環させる。午後1時を少し回った頃、2回めの加水によってできたワートが排出され、冷やされてウォッシュバック(発酵槽)に送られる。多くの蒸溜所ではさらに糖分を引き出すため、温度を上げたお湯で3回目の加水をおこななう(それが次回バッチの1回目の水にもなる)。だが安積蒸溜所の場合、マッシング(糖化)は2回の加水で終了となる。

 

13:40

 

36°Cのぬるま湯にドライタイプのウイスキー酵母を溶かす。原酒の味わいに変化を与えるため、数種類の酵母を試している。

マッシングが完了して、ウォッシュバックが2,000Lのワートで満たされる。ここからは発酵工程の準備だ。安積蒸溜所では、デンマーク産のウイスキー酵母(ドライタイプ)が使用されている。バッチひとつに必要な酵母の量は2kg。ウイスキー酵母は500gごとの袋入りで、ドライタイプなのでまず水に溶解させなければならない。「最近けっこう暑くなってきたので、酵母の袋は休憩室の冷蔵庫に保管しているんです」と田浦大輔さんは語る。

このイーストの準備も、ちょっと面倒な作業だ。まずは2つのバケツをそれぞれ10Lのお湯で満たし、温度を36°Cにまで下げたところでバケツ1つあたり1kgの酵母を投入する。バケツの中身はよくかき混ぜて、5分間そのまま寝かせた後で、ようやくウォッシュバックに注ぎ入れられる。ここからが重労働だ。ウォッシュバックに酵母が投入されたら、ウォッシュ(もろみ)を100回かき混ぜなければならない。特に夏場はけっこうなトレーニングになる。

発酵時間は90時間に設定している。つまりこのバッチを蒸溜する準備が整うのは、金曜日の朝8時ということになる。「すべてが順調にいけば、ウォッシュの度数は7.5%くらいになります。それ以上にするのは難しいですね」と田浦さん。あるバッチには別のタイプの酵母(マウリ社製)を試してみたところ、心地よいバナナ風味が得られたという。「ウォッシュもニューメイクもフルーティさが少し足りなかったので、イーストの種類を変えたらうまくいくんじゃないかと思ったんです」

 

14:00

 

スチルもマッシュタンも内部に入って毎日掃除。暑い時期には重労働だが、この几帳面さが品質に結びつく。

ひとたびウォッシュバックに酵母が投入されると、今度はまた蒸溜エリアが慌ただしくなる。14時に再溜が終了し、スピリットスチルが空けられる。その15分後、初溜も終わってウォッシュスチルも空けられる。そこに安積蒸溜所のウイスキーづくりを監督する富塚忠男さんがやってきて、カットを準備するためにサンプルをチェックする。

このあたりで、すべての楽しい作業はひとまず一段落だ。粉砕も終わり。マッシングも終わり。蒸溜も終わり。発酵は静かに進行中。ここから先は、さほど楽しくない作業が待っている。すなわち掃除の時間だ。

ポットスチルがホースで洗浄されて冷やされる。マッシュタンが空けられて残り滓が取り除かれる。1時間後、坂倉さんはマッシュタンのなかに、田浦さんはウォッシュスチルのなかにいた。ウイスキーづくりはお楽しみばかりではない。汗をかきながらの重労働も不可欠で、とりわけ暑い季節は試練のときである。

ありがたいことに、富塚さんがちょっと涼しい場所を覗いてみないかと誘ってくれた。そう、貯蔵庫である。

 

14:48

 

蒸溜されたスピリッツの「ハート」は、まず容量約1,500Lのスピリットレシーバーに注がれる。レシーバーが満杯になると、蒸溜所に隣接したエリアにある容量5,000Lの大型タンクに移される。そこでスピリッツは加水されて度数63.5%になり、樽入れの準備が整う。

現在までに、90本のバーボンバレルと12本のシェリーバットがニューメイクスピリッツで満たされた。バーボン樽の多くはヘブンヒルで使用されたものだが、珍しいワイルドターキーの樽が運よく紛れ込んでいることもあるという。

富塚さんの説明によると、この夏には10本1組のテイスティングセットを発売する予定だ。10種類の樽で熟成した、10種類のシングルカスク。安積蒸溜所で生まれたばかりのエクスプレッションだ。バーボン樽原酒が4本(ジムビーム3本とヘブンヒル1本)、シェリー樽原酒が2本、アメリカンホワイトオーク新樽原酒が2本、ミズナラ新樽原酒が2本という構成である。

樽から取り出したサンプルをテイスティングしてみる。頃合いよく、笹の川酒造の山口哲蔵社長が合流した。原酒を味わいながら語り合う。わずか数ヶ月間だけ樽で寝かせただけなのに、どのサンプルも驚くほど豊かな風味を獲得している。全員がそんな感想に同意する。まだニューメイクらしい味わいを留めているのは、シェリー樽熟成のサンプル。他のサンプルは、すでに飲みやすく仕上がっている。

アメリカンホワイトオーク新樽熟成のサンプルは「日本産のバーボンっていう感じだね」と冗談を飛ばしあったが、実際に素晴らしい品質のバーボンを思わせる味わい。ミズナラ樽熟成のサンプルは、日本国産オーク樽のエレガントな特性を表現している。バーボン樽熟成のサンプルでは、ヘブンヒルの樽で熟成したものが個人的なお気に入りだ。数年後、ここ安積蒸溜所から、間違いなく素晴らしい品質のウイスキーが生み出されることになる。そんな期待を裏付けるテイスティングの内容だった。

すでに100本以上の樽で熟成されている安積蒸溜所の原酒。バーボン樽、シェリー樽、アメリカンオーク新樽、ミズナラ樽でバラエティ豊かに構成されている。

あっという間に一日が終わり、帰りの新幹線の時間が近づいている。この蒸溜所で何度も感じたのは、行き届いた綿密さと、細部への驚くべきこだわりだ。ウイスキーづくりの工程に関してはもちろんのこと、掃除などのあらゆる生産環境にも細心の注意が注がれている。ほんの冗談と興味本位から、安積蒸溜所のスタッフに血液型を訊ねてみた。結果は予想した通り。田浦さんも、笹倉さんも、富塚さんも、みんなA型だった。

この記事が配信される頃、安積蒸溜所はすでに25バッチのヘビリーピーテッドモルトを蒸溜し終え、スタッフの方々も待望の夏休みに入っていることだろう。あたたかく取材を受け入れてくださった安積蒸溜所のみなさんに、ウイスキー・マガジン・ジャパンを代表してお礼を述べたい。次のシーズンも素晴らしいウイスキーが仕込めることを祈念している。

 

 

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