快挙達成の安積蒸溜所に訊く
本年度のワールド・ウイスキー・アワードで、初のワールドベストをはじめ3冠に輝いた福島県郡山市の安積蒸溜所(笹の川酒造)。山口哲蔵社長が、緊急インタビューに応じてくれた。
回答:山口哲蔵(笹の川酒造代表取締役社長)
聞き手:ステファン・ヴァン・エイケン
ワールド・ウイスキー・アワードでのトリプル受賞おめでとうございます。まずはベスト・ジャパニーズ・ニューメイクを受賞した「山桜 ニューポット 安積 ピーテッド」についてお尋ねします。安積蒸溜所で使用しているピーテッドモルトの特性や、全体のウイスキーに占めるスモーキーな原酒の割合について教えてください。
安積蒸溜所で使用しているピーテッドモルトは、甘くて豊かな味わいが特徴です。いわゆる「うわだち香」よりも、口に含んだ後に感じるピートの戻り香が口中に広がって、その心地よさが楽しめるタイプ。蒸溜所創設以来、生産量のおよそ1割をピーテッドモルトが占めています。
今回受賞した「山桜 ニューポット 安積 ピーテッド」は、2017年に発売した商品と同じ内容のもの。アワードの出品作は、2021年に瓶詰めしました。生産量の関係で、現在も発売本数は増やせません。将来に向けてウイスキーを育てている最中なので、ニューポットは大量に販売できない事情もあります。多くの皆様の手にお届けできなかったことは、申し訳なく感じています。
ワールドベスト・ブレンデッドモルトを受賞した「山桜ブレンデットモルトジャパニーズウイスキー安積シェリーウッドリザーブ」について、発売したいきさつや原酒の出自などを教えてください。
安積蒸溜所の原酒に加えて、当蒸溜所内で熟成した国内蒸溜の原酒をブレンドしてから追熟したものです。美味しいブレンデッドモルトウイスキーをつくりたいという一心で企画しました。
今回受賞したボトルには若干数の在庫があるものの、今後の販売については未定です。同様の限定発売にはなりますが、今期も複数のシングルモルトまたはシングルカスクの発売を予定しております。当社サイトなどでご案内しますので、どうぞご期待ください。
シングルモルトウイスキーのブランド「安積」の他に、「山桜」というブランド名を使用しているのはなぜですか?
「山桜」とい名称は、笹の川酒造株式会社の前身である山桜酒造合資会社の清酒ブランドでした。この会社では連続式蒸溜焼酎やアルコールなども製造しておりましたが、後からできた笹の川酒造株式会社と合併した経緯があります。その山桜酒造が昭和21年に製造免許を取得して売り出した「チェリーウイスキー」は、「山桜」から「桜」の名をもらいました。
多くの方々にご好評をいただいた歴史ある「山桜」ブランドを会社のウイスキーブランドとして残し、そのなかでも安積蒸溜所の原酒をキーモルトにした製品を「安積」という商品名でリリースしています。
日本のクラフトディスティラリー各社が、少量ながらスコットランドのようなストック・スワップ(原酒交換)を始めています。小規模メーカー同士による原酒の交換は、今後も増えていくと思われますか?
蒸溜所同士の原酒交換は、今後次第に増えていくでしょう。しかし現在は各蒸溜所ともまだ原酒の熟成が浅く、ブレンドしても各蒸溜所の持ち味が十分に生かし切れないのではないでしょうか。十分に熟成を経た原酒ならまだしも、国内ではまだまだ原酒も若いので、その段階に至っていないと感じています。
また「交換」という概念よりも、お互いに目指す味わいを実現するために必要な原酒を入手できる流通の仕組みを作るほうが望ましいかもしれません。そんな環境が成熟するには、もうしばらく時間がかかりそうです。
ワールド・ウイスキー・アワードのデザイン部門で、ジャパニーズウイスキーが選出されるのは初めてのことです。「山桜 安積 ザ・ファースト・ピーテッド」のラベルは、どのような意図でデザインされたのでしょうか?
創業1765年の笹の川酒造は、郡山市湖南地区を潤す猪苗代湖水系の水を使用しています。 そこで物語の始まりを象徴するため、猪苗代湖畔から眺める畔磐梯山の景色をラベル上部に配置しました。稜線で切り抜いた磐梯山のシルエットがウイスキーに不可欠な風土を表し、手前の猪苗代湖に映し出された鏡映とウイスキーづくりのイメージを重ねています。
秋口から春先にかけて吹く寒風「磐梯おろし」が、この地ならではの熟成をウイスキーにもたらします。そんな「物語」と「風土」を限られたスペースに盛り込み、さらに「ピーテッド」のニュアンスをクラフト紙の風合いで表現しました。
創業から250年後の2015年に誕生した安積蒸溜所で、笹の川酒造にはウイスキーという新たなストーリが加わっています。このラベルも、まだまだ続いていく「笹の川酒造物語」を表現したデザインです。[回答者:笹の川酒造のブランディングを担当している安達尚弘さん(ZUAN)]
7年前の創業以来、蒸溜所の設備、生産工程、樽熟成の方針などに変更はありましたか? 現在の年間生産量も教えてください。
発酵槽が1つ増えて5槽になり、すべて木桶にしました。以前は清酒製造用のスイッチャーを使用していましたが、これを機に地元の業者に新しく製造してもらいました。
また瓶詰めの能力が不足してきたので、改築した建屋に瓶詰めラインを移設し、空いた場所を改装して第2熟成庫にしました。閉め切りになっていた蒸溜所の窓はサッシに替え、熱気を逃がすようにしています。また大量に出る冷却水をタンクで貯蔵し、詰め場で再利用できるように配管をやり直しました。
現在の生産量は、おおむね年間50,000リットル程度。増産の計画はまだ固まっていませんが、検討は続けています。まとまった量で生産するよりも、さまざまな市場に合わせたシングルモルトやシングルカスクを少量限定でリリースしていきたいと思っています。
被災地で生まれた小規模な蒸溜所が、開業7年で世界最高賞。今回の快挙は、日本中のウイスキー関係者に勇気を与えてくれました。今後の予定などがありましたら教えてください。
今回は思いがけなく大変に名誉ある賞をいただき、まことにありがとうございました。これもひとえに製造に携わってくれた社員と、弊社のウイスキーを応援していただいた皆様のおかげです。
弊社は年間生産数量も少なく、熟成中の原酒量にも限りがあり、まだまだ潤沢に出荷できるような状況ではありません。今はひたすら原酒製造の継続に専念させてください。
折に触れてシングルモルト商品の発売を計画いたしておりますので、最新情報はホームページなどでお知らせいたします。これからもニューポットの熟成を待つように、皆様方に安積蒸溜所を育てていただきたいと願っております。