ベンリアック、グレングラッサ、グレンドロナックを飲み比べ
文:WMJ
「3つの蒸溜所は互いに60km以内。距離は近いのですが、それぞれまったく異なった地形に位置しています」
ブラウン・フォーマン社のグローバルブランドアンバサダーを務めるスチュアート・ブキャナン氏が、スコットランド北部の地図を眺めながら語り始める。ベンリアック、グレングラッサ、グレンドロナックの3ブランドが解説付きで味わえる試飲会は始まったばかりだ。ブキャナン氏の横では、ウイスキー評論家の土屋守氏がホスト役を務める。
まずブキャナン氏が手にしたグラスは「ベンリアック10年」。スペイサイドらしいクラシックなノンピートの定番品だ。
「ベンリアックは、フルーティなバランスが身上の蒸溜所。すべての生産工程がフルーティな味わいを生み出すために設計されています。ベンリアックのスピリッツはアメリカンオーク樽との相性が抜群で、バタースコッチのようなバニラ香と溶け合った豊かなフルーツ香が特徵です。リンゴ、洋ナシ、アンズなど、果樹園にいるような香りを感じてみてください」
グラスに顔を近づけると、軽やかなフルーツ香が漂ってくる。口に含めばキリリとフレッシュな飲み心地。ブキャナン氏が原酒のレシピを明かしてくれる。
「夏の午後に友達と飲みたいウイスキーですね。マスターブレンダーのレイチェル・バリーは、ホワイトオークの新樽も使用することでスパイシーなショウガを思わせる風味も加えています。シェリー樽原酒も少しだけ使用して、リッチなバランスを整えました。後熟を多用せず、あくまで緻密なブレンドでバランスを整えるのがレイチェル・バリーの流儀です」
次のグラスは「ベンリアック12年シェリーウッド」(日本未発売)だ。人気の過熱による休売期間を経て、この夏に英国でようやく再発された。日本のファンも心待ちにしているボトルである。
「オロロソシェリーとペドロヒメネスのシェリー樽に加え、バーボン樽原酒をシェリー樽でフィニッシュした原酒も使用しています。ペドロヒメネスからはモモなどの核果のような芳醇な甘味。オロロソからは皮革、黒コショウ、土やタバコのような大地を感じさせる風味。スペイサイドらしいフィニッシュは、バーボン樽熟成の原酒由来の特徵です」
ウイスキーを味わいながら、土屋氏もその複雑な香味に感嘆する。
「レイチェル・バリーさんといえば、現代でもっとも注目されている女性ブレンダーです。ハウススタイルのベンリアックらしさは崩さず、ペドロヒメネスの甘味とオロロソの酸味を融合させる構成力はお見事。アメイジングな風味に驚きました」
テロワールを表現した豊かな味わい
次に味わうのはグレングラッサ蒸溜所のシングルモルトだ。「グレングラッサ トルファ」は、ピートと甘味が絶妙に融合したウイスキーである。
「グレングラッサは、極めてユニークな蒸溜所です。スペイサイドとハイランドの境界線上にあり、北海に面しているので潮風を感じさせる風味もあります。仕込み水もミネラルが豊富で、スコットランドでもっともミネラル含有率の高い硬水を使用しているウイスキーではないかと言われています」
ミネラル成分の多い麦汁をゆっくり発酵させることで、エステルが豊富なスピリッツになるとブキャナン氏は説明する。土屋氏によると、ミネラルが酵母の栄養になって発酵が活発になるためフルーツ香が増すのだという。ブキャナン氏と一緒に、その香りや味わいを確かめてみる。
「グレングラッサは、熟成前のニューメイクの段階からシロップのように甘く、味わいのバランスにも優れています。この『トルファ』に使用したピーテッドモルトのフェノール値は30ppm。有名なアイラモルトに比べてもマイルドなスモーク香で、グラスのなかでバーベキューを味わうような感覚です。スモーキーなウイスキーの入門品としてぴったりですね」
じっくりと味わいながら土屋氏も解説を加える。
「ポートゴードン製麦所から仕入れている内陸のピートなので、アイラのようなヨード香とは異質の柔らかい煙を感じますね。熟成もバーボン樽が主体で、大麦の糖分やハチミツのような甘味を感じます。まさにハニエリシダが茂るテロワールを想起させる味で、度数が50%だとは思えないほどスムーズです」
樽を制する者がウイスキーを制する
最後のグレンドロナックは1826年の創業で、3つの蒸溜所のなかで最古の歴史を誇る。2005年までは、伝統の石炭直火焚き蒸溜を守っていた。「グレンドロナック12年」のグラスを手に取りながらブキャナン氏が語りかける。
「グラスを傾けると、レッグと呼ばれる内壁への付着が目立ちますね。このように粘性の高いパワフルなスピリッツを蒸溜するのは、シェリー樽に負けない濃厚な味わいをつくりたいから。他のウイスキーがアメリカンコーヒーなら、グレンドロナックはダブルエスプレッソといったところです」
ペドロヒメネスのシェリー樽を由来とするチョコレートやバニラの香り。口に含んでも、ドライフルーツのようなフルーツ風味が深い。この「グレンドロナック12年」はグレンドロナックのエントリーモデルで、バランスを重視したウイスキーなのだという。マスターブレンダーのレイチェル・バリーがこだわる重層的な風味は、飲むほどに複雑さを増してくるようだ。
そして最後のグラスは「グレンドロナック15年」(日本未発売)。長らく休売状態だったが、英国で数ヶ月前に再発され、日本市場での復活も待たれている。土屋氏もあらためてその味わいに感嘆する。
「このボトルがなければ、モルトマニアの酒棚は完成しない。そう言われるほどのマストアイテムでした。グレンドロナックは2005年まで直火焚きだったので、15年以上熟成したウイスキーには今でもクラシックなスピリッツが使用されています。ニューメイクの力強さはもちろん、ハウススタイルを提示しながら個性的なブレンドに仕上げるレイチェル・バリーさんの力量は流石ですね」
グレンドロナックは、シェリー爆弾の異名をとるオロロソシェリー樽100%の「グレンドロナック18年」や、圧倒的なフィニッシュが特長の「グレンドロナック21年」も日本市場で発売中である。
スチュアート・ブキャナン氏は、ベンリアック、グレングラッサ、グレンドロナックの個性をそれぞれに愛おしんでいる。新しい親会社のもとで、理想のウイスキーづくりはさらに進化しているようだ。
「ブラウン・フォーマンは、伝統をしっかり継承しながら革新的なマーケティングも可能にしてくれます。生産体制は以前と変わっていませんが、レイチェル・バリーをマスターブレンダーに招聘し、高品質なアメリカンオーク樽も安定供給できるようになりました」
そんなブキャナン氏の言葉に、土屋氏も大きくうなずいた。
「良質なアメリカンオーク樽を確保できれば、シェリー樽への投資もしやすくなるはず。樽を制する者こそが、ウイスキーを制する。この3つのブランドには、明るい未来が約束されています」
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