グラスの中にゆらめく多様な世界。異なる国の原酒同士をブレンドして、新しい味わいをつくる「ブレンデッドワールドウイスキー」が注目を集めている。メーカー各社の挑戦をグレッグ・ディロンが紹介。

文:グレッグ・ディロン

 

記録的な上昇を続けるウイスキーの需要は、少なくとも今後10〜20年ほど衰えることがないだろうと予想されている。未経験の巨大な需要に応えるため、ウイスキーメーカー各社は今までにない新しいアプローチを模索している。そんな真新しい試みのひとつが、「ブレンデッドワールドウイスキー」だ。

ブレンデッドワールドウイスキーとは、世界の別々の地域でつくられたウイスキー同士をブレンドしたウイスキーのこと。このような新ジャンルの開拓に熱心なのは、既存のブレンデッドウイスキーやモルトウイスキーが巨大な需要増に直面しているメーカーだ。貴重な原酒を守りながら、とてもユニークな新しい商品を市場に提案できるからである。

ブレンデッドワールドウイスキーには、多様性に満ちた新しいフレーバー構成を創り上げる潜在力がある。何千キロも離れた国同士の文化、フレーバー、スタイルを組み合わせるのは楽しい。ウイスキーはつくり手ごとに味わいが異なる。スピリッツの違いはもちろん、気候の影響でモルトウイスキーやグレーンウイスキーの熟成も多様化するからだ。熟成はとても繊細な行程であるため、気温や湿度による味わいの変化について多くのウイスキーメーカーが研究を重ねてきた。

たとえばスコットランドでは、インドよりもずっとゆっくりウイスキーが熟成される。気温が低いという気候上の違いが、ウイスキーの熟成スピードに1:3もの違いをもたらす場合もあるのだ。いわゆる「天使の分け前」も異なってくる。スコットランドは年間平均2%程度の蒸発で済むが、インドでは年間14〜15%に及ぶ。つまり3年も経てば、樽内のスピリッツの半分くらいが蒸発してしまうということだ。

世界のさまざまなウイスキーをひとつにまとめる作業には、ウイスキーブレンダーの巧みな技術と大胆な決断が必要となる。競い合うように存在するフレーバー間で絶妙なバランスをとりながら、同時にハーモニーも響かせなければならない。

 

カテゴリーの主役は日本のメーカー

 

サントリー山崎蒸溜所のブレンダー室には、同蒸溜所の原酒だけでなく国内外のさまざまなサンプルが集まってくる。

ブレンデッドワールドウイスキーはまだ新しいジャンルだが、日本からは複数の銘柄がすでに登場している。

需要増によって原酒の確保に苦心していたサントリーは、今年「碧Ao」という名のウイスキーを発売して注目を集めたばかりだ。「碧」という名称は海の色を意味し、ブレンドに使用されるウイスキーが海を越えて日本へやってくるイメージを表現したものである。日本、アイルランド、アメリカ、スコットランド、カナダという世界の5大ウイスキーの産地から原酒を調達し、日本的な職人技でブレンドしたウイスキーを五角形のボトルに詰めた。

日本の山崎蒸溜所でブレンドされた「碧Ao」は、初回30,000ケース(36万本)の数量限定で発売されている。使用された原酒の出自は、日本から山崎蒸溜所と白州蒸溜所、スコットランドからアードモア蒸溜所とグレンギリー蒸溜所、アイルランドからクーリー蒸溜所、カナダからアルバータ蒸溜所、そしてアメリカからジムビーム蒸溜所という構成である。

同様にスコットランド、アイルランド、カナダ、アメリカ、日本の原酒をブレンドした別のウイスキーも日本から発売されている。秩父蒸溜所のモルト原酒をキーモルトにした「イチローズ モルト&グレーン」だ。蒸溜所を運営するベンチャーウイスキーの肥土伊知郎氏が、イチローズモルトブランドを育てながら生み出した商品である。肥土伊知郎氏は日本のウイスキー業界ではすでに有名だが、モルトウイスキーは世界の市場でまだまだ伸びしろを持っている。「イチローズ モルト&グレーン」は豊かなフレーバーと甘みが特徴で、キャラメルやバニラの味わいが濃厚だ。

 

さまざまな組み合わせから生まれる個性

 

他に複数の国のウイスキー原酒をブレンドさせたウイスキーとしては、「ザ・グラバー」と「ザ・ハクスリー」も注目に値するだろう。どちらもそれぞれ過去の偉人を称えて発売された商品だ。

日本のクラフトディスティラリーを代表する秩父蒸溜所でブレンドされた「イチローズ モルト&グレーン」もブレンデッドワールドウイスキーに分類される商品だ。

「ザ・グラバー」という商品名は、1800年代に幕末の日本と交易を始めた商人、トーマス・ブレーク・グラバーにちなんで名付けられた。数あるスコットランドのモルト原酒のなかでもグラバーの故郷であるアバディーン州の原酒を重用し、人生の大半を過ごした日本のモルト原酒とブレンドして商品化している。ブレンドはアデルフィ蒸溜所でおこなわれており、甘いシェリーの香りとジャパニーズウイスキーらしい秘めやかな花のアロマを感じさせる逸品だ。

また「ザ・ハクスリー」は、19世紀の解剖学者T. H. ハクスリーに捧げられたウイスキー。カナダ、アメリカ、スコットランドのウイスキーをブレンドして仕上げられている。既成概念を打ち破って、新しいウイスキーづくりに挑戦しようというディアジオの試みから生まれた商品だ。このプロジェクトは「ウイスキー・ユニオン」と呼ばれ、ディアジオの革新的なポートフォリオを拡大してスコッチウイスキーの売り上げを増大させるのが目的である。「ザ・ハクスリー」の味わいは、ウィーンやベルリンを中心とするヨーロッパ各都市の著名バーで楽しめる。

アメリカにも目を向けて見よう。「ケンタッキードラム」「ハイウエストキャンプファイヤー」は、ともにアメリカンウイスキーとスコッチウイスキーをアメリカでブレンドした商品である。

「ケンタッキードラム」は、ケンタッキーバーボンとピートの効いたハイランド産のウイスキーを組み合わせたジムビームの数量限定商品。バーボンの甘みとピートの焼け付くような感触が組み合わさった、素晴らしい出来栄えのウイスキーだ。バーボンがピート香にたっぷりと深みを加え、スモーキーな風味をさらに増大させている。

同様の発想から生まれた「ハイウエストキャンプファイヤー」は、スコッチウイスキー(出処はブルックラディ蒸溜所)にバーボンとライウイスキーを組み合わせている。こちらもフレーバーはユニークで他のどんなウイスキーにも似ていない。それぞれのウイスキーの風味成分が互いを引き立てあっているのだ。存在感のあるピート香が、ライウイスキーのスパイスに寄り添われることで洗練され、バーボンの風味要素と一緒にキャラメル風味を引き出している。ハイウエスト蒸溜所は実験精神が旺盛で、以前にもバーボンとライウイスキーをブレンドした「バーライ」などの商品を発売したこともある。

ブレンデッドワールドウイスキーは、今後どのような方向に向かうのだろうか。ウイスキー市場では、現在さまざまな新しい試みがなされている最中だ。たくさんのブランドが、思い思いの組み合わせを試している。IPAなどのクラフトビールを熟成した樽を使用するウイスキーもその一例である。

今現在、ブレンデッドワールドウイスキーにあてはまる商品はさほど多くないが、新しいもの好きのウイスキーファンからの需要に応えて革新的なウイスキーの種類は増していくだろう。既存のフレーバーの枠組みを超えた味わいが生まれ、ユニークな商品をつくりたいというメーカー側の意欲も高まるはずだ。ウイスキーの世界を広げる豊かな発想に今後も注目していきたい。