ウイスキーの聖地アイラ島のなかでも、特に人里離れた場所にあるブナハーブン蒸溜所。その穏やかな個性の秘密をガヴィン・スミスが紹介する3回シリーズ。

文:ガヴィン・スミス

 

数あるスコットランドの蒸溜所のなかで、英国人にとっても屈指の難読ブランドといえば「ブナハーブン」(Bunnahabhain)である。ゲール語で「川の口」すなわち河口を意味する言葉だ。蒸溜所が創設されたのは1881年のことで、同じアイラ島のブルックラディ蒸溜所もこの年に創設されている。だが、実際にウイスキーの生産が始まったのは1883年のことだった。

アイラ島でも特に辺鄙な場所にあるブナハーブン蒸溜所。19世紀後半に創設された当時は、アイラ島産モルトウイスキーに対する需要が拡大していた。

アイラ島にあるボウモア以外の蒸溜所は、ほとんどが辺鄙な場所にある。中でもブナハーブンはその辺鄙さが別次元だ。名もない6km以上の道が続いた突き当りにあり、アイラ島北部のフェリーターミナルであるポートアスケイグを出てすぐの場所だ。

この素晴らしい蒸溜所の立地を決めたのは、創設者のウィリアム・グリーンリーズ、ジェームズ・グリーンリーズ、そしてウィリアム・ロバートソンだった。決め手は真水が引けて、高品質のピートが近所から採れること。それに隔絶された海岸沿いの場所であることも重要だった。当時のアイラ島の蒸溜所は、海から船で物資が供給されていたためである。

辺鄙な場所であったため、蒸溜所で働く人々の住居も建設する必要があった。長い専用の道路も引いて、蒸溜所に物資を供給する船のために波止場も造った。そのような設備を含めた建設費は総額で3万ポンド。現在の貨幣価値で260万ポンド(約3億4千万円)に相当する大事業だった。

名著『英国のウイスキー 蒸溜所』(1887年刊)で知られる元祖ウイスキーライターのアルフレッド・バーナードも、1886年にブナハーブン蒸溜所を訪ねていた。訪問後に書いたこんな文章が残っている。

「10年前、アイラ島には蒸溜所がほんの数軒しかなかった。だがブレンデッドウイスキーの原酒として使用するため、アイラ島産の個性的なウイスキーが価値あるものとして需要が高まっていた。既存の蒸溜所では生産量増加が促され、新しい蒸溜所を建設する機運も高まっていた。そんな新規ベンチャー事業のなかで、もっとも成功を収めている蒸溜所のひとつを訪ねてみようと思う」

アルフレッド・バーナードは、ブナハーブン蒸溜所の年間生産量が10万リッターであると記述し、さらにこの素晴らしい立地についても触れている。

「蒸溜所の仕事場は湾に向かって開けており、隣のジュラ島の海岸線が美しく見渡せる。その背後にあるのは、乳房のような形で有名なパップス・オブ・ジュラだ」
 

紆余曲折を経て、シングルモルトのブランドとして成長

 

アルフレッド・バーナードが蒸溜所を訪ねた翌年、ブナハーブンは新しく組織されたハイランド・ディスティラリー・カンパニー社の所有になった。その後、エドリントン・グループがハイランド・ディスティラリーを買収するまでこの経営体制が維持された。

湾に面したブナハーブン蒸溜所からは、隣のジュラ島が見渡せる。背後の稜線は有名なパップス・オブ・ジュラ。

1960年代にブレンデッドスコッチウイスキーの人気が高まってくると(特に米国)、1963年には2基だったスチルを4基に倍増させた。この同じ年に、旧来のフロアモルティングを廃止している。

だが蒸溜所の快進撃も1980年代初頭に停滞を余儀なくされる。この時期は、生産過剰が仇になって多くのスコッチウイスキーの蒸溜所が閉鎖に追い込まれた。ブナハーブンも1982〜1984年に操業を休止し、その後も何年かはごく限られた量のスピリッツしか生産しなかった。

1980年代後半になると、ブナハーブンはシングルモルトウイスキーのブランドとして有名になってくる。だが当時もまだ蒸溜所でつくった原酒の大半はブレンデッドウイスキーに使用されていた。具体的には、エドリントンの主要銘柄であるフェイマスグラウスやカティサークである。エドリントンが1995年にブラックボトルを傘下に収め、アイラらしい風味を打ち出そうと考えたことから、ブラックボトルの原酒としても重用されるようになった。

最終的に、エドリントンはマッカランやハイランドパークのような少数の高級シングルモルトブランドに注力する戦略へと転換する。この決断に伴って、2003年にグレンゴイン蒸溜所とブナハーブン蒸溜所を売却した。ブナハーブンとブラックボトルはバーン・スチュワート・ディスティラーズが1千万英ポンドで購入。すでに所有していたパースシャーのディーンストン蒸溜所やマル島のトバモリー蒸溜所と姉妹関係になった。

そして2013年にはさらなるオーナー変更が待っていた。バーン・スチュワートのオーナーであるCLワールド・ブランズとアンゴスチュラが、スコットランドでのビジネスを南アフリカのディステルに1億6千万英ポンドで売却したのだ。ディステルはまずトバモリー蒸溜所に大掛かりな投資をおこない、今やブナハーブンに巨額の設備投資を用意している。
(つづく)