カナディアンウイスキーと添加物【前半/全2回】

文:ブレア・フィリップス、ダヴィン・デカーゴモー
カナダのウイスキー業界が、ひとつのルールをめぐって揺れている。ソーシャルメディアでも、YouTube チャンネルでも、あるいはウイスキーの試飲会や社交の場でも、ひとたびその話題が持ち上がれば必ず議論が分かれて白熱する。その焦点にあるのが「9.09%ルール」だ。
この「9.09%ルール」とは、カナディアンウイスキーに特有のルールである。ウイスキーメーカーがウイスキーを販売する際、ボトルの中身はもちろんウイスキーでなければならない。しかしカナダの場合は、純粋なウイスキーの10%(体積換算)までワインや熟成スピリッツ(ジュースや人工香料は除く)などを添加してもいいことになっている。
つまりカナディアンウイスキーのボトルには、最大で11分の1まで非カナダ産のスピリッツやワインが香味付けのために添加されている可能性がある。しかもその添加物の種類や量には表示義務がない。たとえば10年熟成をうたった商品の11分の1に、10年未満の原酒が混入していても黙認されるのがカナダ独自のルールだ。

この「9.09%ルール」に対しては、以前から強い反対意見がある。その反対意見にもさまざまな視点があるものの、反対感情の核心は一点に集約されるだろう。つまりは「メーカーに欺かれたくない」という消費者心理だ。
だがこのルールについては、容認派の立場からも幅広い意見が表明されている。今年2025年2月にカルガリーで開催された「カナダウイスキーシンポジウム」で、コロラド州デンバーのトッド・レオポルド(レオポルドブラザーズ蒸溜所)が次のような興味深い見解を述べた。
「みなさんの前にある2つのグラスには、カナディアンウイスキーが入っています。クリエイティブに香味をブレンドするカナディアンウイスキーのカルチャーについて、私はずっと好ましく受け取っています。だからこそ9.09%ルールが好きだし、素晴らしいルールだとも思っています」
ここでトッドが紹介していた2つのウイスキーは、レオポルドブラザーズ蒸溜所のスピリッツを9.09%添加した「クラウン・ロイヤル・ノーザン・ハーベスト・ライ」(分類はピュアウイスキー)だ。
「2つあるウイスキーの一方には、2年熟成の3房式のスチルで蒸溜したピーチブランデーがブレンドされています。もう一方には、3房式のスチルで蒸溜したライウイスキーを添加しました」
どちらのウイスキーも香味豊かなブレンドが秀逸で、蒸溜所関係者や愛好家たちで埋め尽くされた会場からも好意的な反応が見られた。
さらにトッド・レオポルドは、ジョセフ・フライシュマンの著書『リキュールとワインのブレンド術』(The Art of Blending and Compounding Liquors and Wines)を取り上げた。この本は1885 年の出版で、アメリカのスピリッツ業界におけるブレンド技術に多大な影響を及ぼしたガイドブックだ。取り上げている17 種類のウイスキーのレシピには、すべてウイスキー以外の材料が含まれている。
「いま問題になっているカナディアンウイスキーの慣行は、もともとアメリカで根付いていたブレンド文化の名残りなのです。薬局や問屋から出荷されるウイスキーは、その大多数が添加物のブレンドによって独自の香味スタイルを打ち出していました。添加されていたのはプラムジュース、イチジクジュース、紅茶、グリセリンなどで、これがバーボンを含む初期のアメリカンウイスキーに用いられていたのです。わざわざ明かさなかっただけで、アメリカの蒸溜所では実際に添加物をブレンドするのが当たり前でした」
カナディアンへの批判は偽善なのか
アメリカにおけるウイスキー製造の黎明期には、そのような調合が標準的な技法だった。ならばカナダのウイスキー製造はどうだったのだろう。
カナダではアメリカよりも 1 世紀遅く開拓が始まったため、まったく異なるウイスキー製造文化が生まれていた。アメリカでは蒸溜器1基でスピリッツを自家製造する農民たちが生産者の中心だったが、歴史あるカナダのウイスキーブランドはすべて大規模な製粉所や飼料工場から始まった。
つまりアメリカのウイスキーメーカーにとってアルコールの製造は事業の主目的であったのに対し、カナダのウイスキーメーカーは製粉業の廃棄物を再利用するためにスピリッツを蒸溜し始めたという経緯がある。
カナダの製粉業者は、製粉所の廃棄物を動物飼料に変え、それでも残ってしまう穀物の粉からアルコールを蒸溜して、バーや食料品店や食料品卸売業者に販売していた。だから他の材料をブレンドして香味を整えるような発想は、そもそも思い浮かぶことすらなかったのだ。
しかしその唯一の例外といえるのが、オンタリオ州ウォーカービル(ウィンザー)にあるハイラムウォーカーの蒸溜所だ。創業者のハイラム・ウォーカー自身は、製粉業の一環としてではなく、当初からウイスキー製造を目的として蒸溜所を建設した人物だ。
カナダに移り住む以前のハイラム・ウォーカーは、ミシガン州デトロイトで数十年にわたってウイスキー製造に携わっており、添加物を駆使した香味の調整によって成功を収めていた。しかしアメリカ国内で禁酒運動が高まったことから、カナダに移住して事業の継続を図ったのだ。
そんなハイラムにとって、アメリカは依然として主要なウイスキー販売の市場であり続けていた。そのためカナダに移転後もデトロイトから持ち込んだアメリカンウイスキーの製造技術が引き継がれる。
たとえばハイラムウォーカーが1891年に発売した「オールドライ」のレシピを見ると、85.6プルーフ(アルコール度数42.85%)のウイスキー10,000ガロンに、紅茶抽出液5ガロン、ラム酒5ガロン、シロップ10ガロン、着色料12.5ガロンをブレンドしている。
この時点で、他のカナダのウイスキー蒸溜所が添加物をブレンドしていた証拠はない(引き続き調査中)。ただしグッダラム&ウォーツでは、すでに一部のウイスキーを着色していたと見られている。
つまり添加物のブレンドは、アメリカのウイスキー製造において一般的な慣行であった。トッド・レオポルドによると、アメリカではストレートウイスキーとバーボンを除くウイスキーに今でも2.5%までの添加物が許容されている。この添加物は、消費者に告知する義務もない。
さすがにウイスキーの祖国であるスコットランドでは、そんな添加物を許していないはずだと考える人も多いだろう。しかし1990 年までは、スペイン産の甘い酒精強化ワインであるパハレテが、シェリー樽熟成のスコッチウイスキーによく添加されていたことも忘れてはならない。
今年のワールド・ウイスキー・アワードの最終審査で、ある独立系ボトラーが「カナダの『9.09% ルール』(別名11分の1ルール)は決して許されるべきではない」とコメントしている。
だがこれに対して、あるスペインのシェリー樽ブローカーがあまり知られていない事実を暴露した。スコッチウイスキーのメーカーは「9.09% ルール」を理由にカナディアンウイスキーを軽蔑しているが、それは大いなる偽善だというのである。
この樽ブローカーいわく、カナディアンウイスキーは、他国のウイスキー業界の大半がこっそり実践している慣行を明示的に許可しているだけだ。むしろそうすることで、他国のウイスキーにはない透明性を生み出しているのだという主張である。
なぜならスコッチウイスキーのメーカーが買い取るシェリー樽には、出荷時に樽1本あたり数リットルの強化ワインが含まれている。つまり多くのスコッチウイスキーは、カナダが許可しているような酒精強化ワインのブレンドを密かに実行していることになる。カナダのアノーカ蒸溜所を創業したグルプリート・ラヌーは、この暴露話に耳を傾けながら我が意を得たりといった表情を浮かべていた。
(つづく)