不記載の添加物が責められるなら、樽内のシェリーが混入するスコッチに非はないのか。カナディアンウイスキーのルールは、業界にさまざまな疑問を投げかける。

文:ブレア・フィリップス、ダヴィン・デカーゴモー

 

ハイラムウォーカー蒸溜所のマスターブレンダーを務めるドン・リバモアも、自社が継承する添加物の伝統について支持の姿勢を崩さない。

「これは私たちの遺産であり、伝統なのです。追加される原料は消費者を欺くためのものではなく、極めて高価なものだったりもします。少なくともハイラムウォーカーでは『ユニオン52』という商品に52年熟成のスコッチウイスキーを添加したことがありました」

クラウンローヤルなどの他社の慣行については知らないと念を押しながら、ドン・リバモアはそのようなブレンドの意図について説明を続ける。

「このようなウイスキーのブレンドについて、批判する人は誰もいませんでした。添加したウイスキーは、画家がパレットに追加する色のようなものです。バーボンやシェリーを少し加えることで、ウイスキーの風味を強調したり抑えたりできます。これは商品やブランドを差別化する手法であり、ブレンドの美しさを強調するもの。風味を引き伸ばし、アコーディオンのように広げてくれる働きもあるのです」

オンタリオ州ロンドンのパラダイム・スピリッツは、情報の透明性を重視した上で香味向上のための添加物を支持している。メイン写真は、スピリッツを中心にした革新的な添加物で独自路線を追求するマーク・アンソニー・グループのアンドレス・ファウスティネッリ。

ドン・リバモアは、ウイスキー製造の透明性という視点からもカナディアンウイスキーの「9.09%ルール」を養護する。

「これは本質的にストーリーテリングの問題であり、『9.09%』という数字の問題ではありません。ブレンドの創造性を広げてくれる「9.09%」の自由を手に入れたら、どんなブレンダーでもその自由を死守するでしょう。この点が多くの人に誤解されています。添加物はウイスキーにおける最高の材料であり、これが許されていることは恩恵なのですから」

だがそれを恩恵と言い切るには、消費者が添加物の実態を知らなければならない。カナディアンウイスキー愛好家がルールに失望する理由は、情報の不透明性である。この批判に応えるように、カナディアンクラブが40〜45年熟成のウイスキーシリーズを発売したときには全体の9.09%に熟成年数の若いスピリッツも含まれていることを明記した。

長期熟成のカナディアンクラブは素晴らしく、ファンは今でもシリーズを高く評価している。またフォーティークリークは、毎年リリースする製品にウイスキー以外の成分が含まれていることを明記している。だがこのような情報開示の方針はメーカーによってまちまちなので、それほど透明性を重視していないメーカーがあるのも事実だ。

マーク・アンソニー・グループの革新的なブレンダーとして知られるアンドレス・ファウスティネッリは、この添加物ルールをポジティブに運用している。自身が手掛ける「ベアフェイス トリプルオーク」は100%ピュアウイスキーだが、限定発売の特別なウイスキーでは香味の境界を押し広げるために「9.09 ルール」を活用しているのだという。

「カナディアンウイスキーは、伝統的にシェリーやブランデーのような非ウイスキーの材料を添加物として使用してきました。でも私の解釈はまた違います。カナダの『9.09 ルール』は、ユニークなスピリッツの添加も容認してくれるもの。だからこそ『ベアフェイス ワンイレブン』(ワンイレブンは「11分の1」の意)には、2年間熟成させた希少なアガベエスパディンのスピリッツを添加しました。この規則は、ベアフェイスがウイスキーの定義や先入観を押し広げる契機にもなっています。『ワンイレブン』をリリースすることで、誰も触れたがらなかったテーマについて議論を喚起しようと考えたのです」
 

事実を踏まえた建設的な議論のために

 
オンタリオ州ロンドンのパラダイム・スピリッツを経営するアーマ・ジョーヴィアは、次のように述べている。

「この『9.09%ルール」には、3 つの立場から見た現実が錯綜していると思います。まずウイスキー愛好家にとっては、ただの技術的な問題が誤解されていると考えている立場や、メーカーが超えてはいけない一線を超えているという厳格な立場の衝突があります。また私のようなブレンダーにとっては、添加物が単なるフレーバー開発ツールであり、詳細情報の非公開にこそ課題があるという立場です。そして最後に財務部門の立場からは、経済合理性や輸出入および税制優遇措置の恩恵に預かるためのレバレッジとしても捉えられます」

異なる立場からの視点を踏まえたうえで、アーマ・ジョーヴィアはカナダ独自のルールがウイスキーの品質に寄与している面も指摘する。

「興味深いのは、平均的な消費者のほとんどが『9.09%ルール』の存在すら知らないこと。その一方で、添加物を含んだウイスキーがブラインドテイスティングの審査を勝ち抜いて最高賞を受賞していることです。つまり本当に重要なのは、方法やプロセスよりもグラスに注がれるウイスキーの品質ではないでしょうか。ただし私は透明性を重視する立場です。添加物の使用を隠すのではなく、それを明かして称賛することで、消費者はボトルごとに込められた職人技を正当に評価できるようになるのですから」

ブラックベルベットのブレンダーだった故ヴィッキー・ミラーは、「9.09%ルール」に尋ねられたときに「自分たちがつくる混ぜもののないウイスキーだけが本物で、そのことのを誇りに思っています」と吐き捨ているように答えたことがある。

ブラックベルベットのジョナサン・ゴールドバーグ(マスターディスティラー兼マスターブレンダー)。アメリカ向けの商品に限って、伝統的に添加物を使用しているカナディアンウイスキーのブランドだ。

だがそんな彼女でも、アメリカに輸出するウイスキーには「商業上の必要性」を認識して「9.09%ルール」を適用した添加物を加えていた。そのうえで、カナダ国内用のオリジナル製品と添加物入りのアメリカ用製品を同じような香味に仕上げるべくレシピを調整していたのだという。

ブラックベルベットの現マスターディスティラー兼マスターブレンダーであるジョナサン・ゴールドバーグも、この慣習は今でも維持されているのだと明かす。

「私たちのウイスキーには、軽やかな口当たりが必要なのです。ブレンドするワインを厳選することで、ニュートラルな添加の効果が得られます」

カナディアンウイスキーに深い情熱を注ぎつつも、実際の製造には関わっていない人々からはさまざまな「問題解決策」が提案されている。その解決策に見られる「9.09%ルール」への反対意見を集約すると、共通した問題意識は各メーカーや業界全体の秘密主義に向けられているといえるだろう。

レギュラー品はともかく、少なくともプレミアムボトルにワインなどがブレンドされている場合や、年齢表示のあるウイスキーにその実数よりも若い原酒を加えている場合に、消費者はその詳細を明示してほしいと考える。

だが問題を解決する前に、まずは「9.09%ルール」の起源を理解し、それが本当に問題なのかを明確にする必要もあるだろう。調べてみると、ルールの起原はアメリカ由来の慣習であったことも判明した。アメリカの税法に1954年から導入された税額控除「US 5010」は、ワインや他のスピリッツを添加物を含んだウイスキーの税額を一部控除するものだった。

たとえばウイスキーにかけられる連邦税はシェリーよりもはるかに高かったが、「US 5010」は風味用の添加物を別税率で課税することによって大幅な税制優遇を実現したのである。これによって、ピュアなウイスキーよりも添加物入のウイスキーが価格競争力を伸ばした。このような添加物を使用する唯一の条件は、その添加物の原産国がウイスキーの添加物として原料の使用を認めていることだった。

このようなアメリカの事情が、カナダ当局に「9.09%ルール」を導入させたというのが歴史的な真相のようだ。ただし起源に関する正確な記録は、政府の膨大なファイルのどこかに埋もれてまだ確認できていない。

それでも1950年代にモントリオールのシーグラムで若きブレンダーとして働いていたアート・ドウェのような生き証人がいる。アートは当時の新しい減税措置を利用するため、大量生産ブランドのレシピを調整したことを憶えている。アメリカ以外で販売されるシーグラムブランドのオリジナルレシピはそのまま維持しながら、アメリカ国内用のボトルには添加物を入れつつオリジナルと同じ味になるように調整したのだ。