生まれ変わったカリラ蒸溜所【後半/全2回】
文:ガヴィン・スミス
カリラ蒸溜所が設立されたのは1846年のこと。創設者のヘクター・ヘンダーソンは、グラスゴーにあるカムラチー蒸溜所のオーナーでもあった。しかし創設からわずか6年後、運営会社のヘンダーソン・ラモント&カンパニーは財政難に陥る。カリラはノーマン・ブキャナンに売却されたが、新しいオーナーも長くは持ちこたえられず設備を売却。カリラ蒸溜所を1863年に買収したのは、グラスゴーでブレンデッドウイスキーを販売するブロック・レイド&カンパニーだった。現在も残る大きな桟橋を建設した同社は、1879年に蒸溜所全体を建て直して生産設備を増強した。
やがて世界は戦争の時代となり、スコットランドでも多くの蒸溜所が閉鎖の道をたどる。スコッチウイスキー業界も激動の時代を迎え、ブロック・レイド&カンパニーは1920年に事業を清算。同社が保有していた資産はJPオブライエンに売却され、カリラ蒸溜所も傘下に入った。
その7年後、ディスティラーズ・カンパニー・リミテッド(DCL)がカリラの経営権を取得。同社にブレンディング用のモルトウイスキーを供給するようになると、アイラ島のカリラ蒸溜所には、他の生産施設にはない個性がある。独自の香味を強みに、DCLのポートフォリオでも存在感を増していった。
カリラ蒸溜所の建築は、海路での輸送に最適化されている。写真でもおなじみの桟橋はDCLが建設したもので、1920年代から毎週運行するDCLのピブロック船「パファー号」がアイラ島を行き来した。この船は1957年に同名で2代目に置き換わり、カリラの風物詩として親しまれた。このピブロック船は、新しいカリラのビジターセンターでも印象的な写真に多数登場している。原料の大麦や空き樽を蒸溜所に運び、ブレンディング用に熟成が完了した樽入りのモルトウイスキーを積んで本土に出港したものだ。
パファー号は1970年代まで使用されたが、車両も積載できるロールオン・ロールオフ型フェリーの出現によって役割を終えた。ちょうど同じ70年代に、カリラ蒸溜所自体も余剰資産と見なされるようになってしまう。
石造りの倉庫を除くすべての建物が、1972年に取り壊された。代わりに建てられたのは、やや荒涼としたモダニズム建築の新蒸溜所である。この建築様式は、DCLが60〜70年代の再建計画で好んだ特徴的なスタイルだ。古い石炭直火焚きのポットスチル2基は、蒸気加熱式のポットスチル6基に置き換えられた。蒸溜所の改修には2年間がかかり、総費用約100万英ポンド(約1億6千万円)が投じられた。
その後、カリラはDCLの後継企業であるディアジオの傘下となって再び生産設備が拡張された。ディアジオは2011年11月に350万英ポンド(約5億8千万円)の改修計画を発表。この計画を発表する以前から、カリラ蒸溜所はすでにアイラ島で最大の生産量を誇る蒸溜所となっていた。そして2012年に完了した工事により、生産力は以前の年間570万リットルから640万リットルに増加。既存の木製発酵槽8槽に加え、フルラウター式のマッシュタン1槽とステンレス製発酵槽2槽が導入された。
華やかなスピリッツから生まれる洗練のシングルモルト
ビジターセンターでカリラ蒸溜所とウイスキーの伝統について学んだら、見学者は現在稼働している蒸溜所の全貌を見学できる。製造棟に向かう途中の道では、ジュラ川のほとりにジョニー・ウォーカーの銅像が立っている。通り過ぎる人々に帽子を傾け、挨拶してくれるのだ。
蒸溜所長のサム・ヘイルが、カリラのスピリッツを特徴づける製造方法について説明してくれる。
「大麦モルトはピートでスモークされ、フェノール値は38ppmになります。フルーティな柑橘系の香りを出すため、発酵には60時間以上かけています」
大きなスチルの愛称は「ジェントル・ジャイアント(やさしき巨人)」。蒸溜時には大量の還流が起きる設計なのだという。
「フェノールの香りが強くなりすぎないよう、カットポイントをかなり早めに切り上げています。ニューメイクのスピリッツを味わっていただくと、ちょっとびっくりされるのではないかと思います。みなさんの多くはピートの効いた力強い香味を期待されていますが、だいぶイメージが異なります。本質は繊細なスモークと果実味のハーモニー。とても穏やかでやさしいニューメイクなのです」
蒸溜所内の見学が終わると、貯蔵庫の建物に戻る。そこにあるのは、アイラ島の海を一望できるテイスティング用のブースだ。じっくり腰を据えて、まずはエントリーレベルの「カリラ 12年」を試飲。その後、バーボン樽で熟成後にカリフォルニアの赤ワイン樽で後熟した「ディスティラリー・エクスクルーシブ」(蒸溜所限定品)を味わう。
テイスティングが終わると、ファーストフィルのバーボン樽で熟成したウイスキーを自分のボトルに詰めるオプション体験が待っている。その後で出される4杯目のドリンクは、何と「ジョニーウォーカー ダブルブラック」のレモネード割りだ。これはシングルモルトのカリラとブレンデッドのジョニーウォーカーを結びつける試み。「ウイスキーは好きなように飲めばいい」という鉄則に従ったカジュアルな提案でもある。
今回のツアーで試飲したボトル以外にも、カリラの主要製品は幅広いラインナップを誇っている。ノンエイジステートメントの「カリラ モッホ」(ゲール語で「夜明け」の意)、「カリラ 12年」、「カリラ 18年」、「カリラ 25年」、ノンエイジステートメントの「カリラ カスクストレングス」と、モスカテル樽で後熟した「カリラ ディスティラーズエディション」がある。
またディアジオに幅広い原酒を提供するという目的から、1999年以降はノンピート麦芽で仕込んだウイスキーも8〜18年熟成でリリースされている。
ジョニーウォーカーが指定する「スコットランドの4つのコーナー」のひとつになったことに伴い、カリラ蒸溜所はwww.malts.comとのタイアップで14年熟成のカスクストレングス製品をリリースした。このウイスキーは、リフィルのホグスヘッド原酒と、リチャーを施したホグスヘッド原酒で熟成されている。同じテーマでも特筆すべきボトルは、2020年に「プリマ&ウルティマ」シリーズでリリースされた「カリラ 35年」であろう。シングルリフィルのヨーロピアンオーク樽(バット)で熟成された究極の表現だ。
蒸溜所でビジター向けに開催される「フレーバー・ジャーニー・ツアー」には、最終的に「スリーピング・スティルズ・エクスペリエンス」と「スピリット・オブ・スモーク」も加わる予定だ。前者は蒸溜所が稼働していない期間に開催される1時間のツアー。ストーリールームと熟成庫を見学した後、3種類のウイスキーを試飲して自分だけのカクテル(カリラベース)を作ることができる。「スピリット・オブ・スモーク」では、蒸溜所の貯蔵庫でカスクストレングスのカリラを5種類試飲できる。
ディアジオで、スコッチウイスキーの各ブランドを管轄するバーバラ・スミスは次のように述べている。
「ジョニーウォーカーのブランディングを再構築してきましたが、キーモルトの故郷として最後に公開されたのがカリラということになります。アイラ島はウイスキーの聖地として世界的に有名であり、カリラは本当に特別な存在です。ビジターのみなさんがカリラというブランドの物語だけでなく、島の歴史にウイスキーが果たす大きな役割も表現しました。新しい建物は、訪問者だけでなく地元の人々にとっても魅力的な場所。島内の社交の場として、または単に素晴らしい景色を楽しむためにふらりと訪れるように、斬新でユニークな魅力を提供していきます」