最古参ボトラーの非常識マーケティング
ケイデンヘッドは、1842年にアバディーンで創業したスコットランド最古のインディペンデント・ボトラー。1972年にスプリングバンク蒸溜所を所有するJ.&A.ミッチェル社の傘下に入り、現在はキャンベルタウンを本拠地としている。イベントに合わせて来日したマーク・ワット氏に、そのユニークな市場戦略の内情を聞いた。
文:WMJ
マーク・ワット氏は、3年前にダンカンテイラーからケイデンヘッドへと移籍した生粋のボトラーである。ウイスキーをボトリングする仕事の内容は同じだが、その人生はかなりゆったりとしたものに変わったようだ。
「キャンベルタウンという町自体がのんびりしているんです。スペイン人の『マニャーナ』(明日やるよ)みたいに、キャンベルタウンにも『なんとかなるさ』という気風がありますね」
驚くべきことに、ケイデンヘッドにはセールスターゲットが存在しないとマークは明かす。極端にいうと、売り先を考えなくてもいい。そんな商売が現代で成り立つのだろうか。
「固定された顧客を想定しないから、ウイスキーの品質だけに注力できる。これがケイデンヘッドで働く楽しさです。お客様はウイスキーのギークで、特定ブランドに忠実な層ではありません。すぐに目移りするので、新しい提案をし続ける必要はあります」
シングルカスクとカスクストレングスだけに絞った「オーセンティック・コレクション」は、直営店での販売が中心だ。その他に国際市場向けに小規模のボトリングをおこなう。どちらも年に4回、各15~20品目をつくるので、年間約150銘柄がリリースされることになる。
「人気のスモールバッチは、通常2つのカスクをヴァッティングしたもの。カスクが4つになると、個人的にはビッグバッチと呼んでいます(笑)。ケイデンヘッドの輸出先は約30ヵ国。シングルカスクで300本しかボトリングできないと、各国への供給がわずか10本ずつになってウイスキーファンに申し訳ないので、カスクを組み合わせて少しでも入手しやすい量にするのです。もうひとつの理由は、もちろん複数のカスクを組み合わせてよりよいフレーバーをつくることです」
少量生産は原酒の品質が命だ。ケイデンヘッドはチルフィルターやカラーリングを一切おこなわない。日本は主要マーケットのひとつであり、海外向けの全銘柄が投入される。マーク自身もここ12年で35回も来日したという日本通だ。
「日本は見識豊かな洗練された市場で、顧客はバーが主体。ブランド名ではなくテイストに注目してもらえます。『この蒸溜所は特にファンでもないけれど、ケイデンヘッドだから試してみようか』などと言ってもらえるのはボトラー冥利に尽きますね。日本では徒歩圏内にたくさんの優れた個性的なウイスキーバーがあります。英国はもっと分散しているので、バー巡りも日本に来る楽しみのひとつなんです」
ユニークなストックを可能なかぎり低価格で
発売したボトルには、Facebook経由で世界中から反響が届く。最高のセールスマンは、ウイスキーファンの個人サイトだ。whiskyfun.comなどのブログで高く評価されると、翌日からボトルが飛ぶように売れる。個人の情報網で市場を広げるあたりが、実に独立系のビジネスらしい。
「同じコンセプトの商品が続くと飽きられてしまうので、1年から2年のインターバルを開けてリリースします。幸運なことにケイデンヘッドは106箇所の蒸溜所の原酒を現在ストックしているので、マンネリに陥る心配はありません」
この秋のリリースも話題のボトルが目白押しだ。「グレンリベット1973年」は争奪戦が必至。「プティ・シャンパーニュ・コニャック30年」は、通常XOやVSOPなどで等級表示するコニャックを年数表示しているのが面白い。ローランドの「リトルミル1990年」にもマニアの注目が集まる。
「1994年にリトルミル蒸溜所が閉鎖されたときは誰も気に留めなかったのに、今ではカルト的な人気です。今回も2つのカスクから素晴らしい味わいをお届けできました」
今は注目されていなくても、機が熟すのをじっくり待てるのが老舗の強みでもある。1842年創業のケイデンヘッドは、ボトリングが換金までに時間のかかる商売だと先刻承知しているのだ。近年の原酒不足でウイスキーの価格が高騰しているが、ケイデンヘッドはおなじみの質素なブランディングに徹している。
「なるべく多くの人に飲んでいただけるよう、パッケージも簡素化して低価格を維持しています。20年を超える熟成のウイスキーは高額になりがちですが、手の出る範囲内に抑えていますよ」
新しい原酒の調達は、付き合いの長いブローカーが協力してくれる。ボトラー用に売りだされるのは主に4~7年のウイスキーだ。先日購入したニューメイクは、自社調達のカスクで10年、15年、20年と熟成する予定。原酒を別のカスクに移し替える際には最低3年は熟成するので、フィニッシュではなくセカンドマチュレーションと呼ばれるものになる。
「このような熟成ができる独立系ボトラーは数えるほどです。実をいうと2020年には日本向けにとっておきのカスクも用意しています。長期計画もボトラーの楽しみでですね」
拡大するウイスキー市場のスピード感をよそに、スコットランド最古のインディペンデント・ボトラーはこれからも鷹揚な独自のスタンスで話題作を繰り出していくのだろう。
「キャンベルタウンはスプリングバンク蒸溜所とグレンガイル蒸溜所が有名ですが、お越しの際にはケイデンヘッドにもぜひお立ち寄りください。カスクから直出しのボトルも購入できますよ」