アメリカンウイスキーに欠かせない木炭の話
文:クリス・ミドルトン
ケンタッキーバーボンの味わいに不可欠な原料といえばコーンだ。もちろんアメリカンホワイトオークの新樽も必要である。だがスムーズな飲み口と甘さを生み出す木炭も忘れてはいけない。
バーボン法に定められている通り、ホワイトオークの新樽は、樽板の内側を強烈な裸火で15秒〜1分間ほど焼き付けなければならない。この「チャー」と呼ばれる焼き付けの度合いによって、炭化のレベルや木炭層の深さが違ってくる。
オークの加硫反応によって樽の内面に炭素の膜ができ、バーボンの風味と色を深める。この「活性炭処理」は極めて重要なプロセスであることから、1936年7月に法制化されている。以来「内面を焼いたホワイトオーク製の容器」は、アメリカのストレートウイスキーに必須の材料となった。
木炭による風味の調整は、米国で禁酒法が施行される以前から北米のいたる場所でおこなわれていた。アメリカンウイスキーだけでなく、カナディアンウイスキーのメーカーも同様である。だが禁酒法が廃止された後に、伝統的な木炭濾過を再開したのはテネシー州にある蒸溜所ただ1軒のみ(後に他の蒸溜所も追随)。誰もがその名を知るアメリカンウイスキーの人気No.1ブランドだ。
蒸溜で出来上がったスピリッツは、サトウカエデの木炭を詰めた深い容器をゆっくりと通ってから、内面を焼き付けたバレルに樽詰めされてウイスキーになる。このプロセスは「リーチング」や「メロウイング」と呼ばれ、テネシーウイスキー特有の技法として1941年3月に米国財務省が定めた法令に明記された。最近では、2013年の州条例によって原産地名称保護制度の対象にもなっている。
長い伝統がある木炭濾過
汚れた水を木炭で濾過する歴史は、初期エジプト文明の時代にまで遡る。16世紀の英国では、粉状にした木炭をワートに加えて、モルトスピリッツやグレーンスピリッツ(つまりウイスキーの原型)のローワインを浄化する技術も実践されていた。
18世紀になってスピリッツ蒸溜が商業化されると、1回蒸溜などの製法でつくられた低品質のスピリッツを木炭で調整する必要が生じた。当時はまだ樽熟成がほとんどおこなわれておらず、もちろん樽の内面を焼いたりする技術もない。北欧、東欧、ロシアでは、ウォッカを飲みやすくするために木炭濾過が必要とされていた。
1776年に、サンクトペテルブルク大学のヨーゼフ・ロヴィッツは体系的な研究を指揮し、炭化させたさまざまなタイプの木材を比較して、吸収性や濾過性能の安定度などのメリットを個別に評価した。この成果はすぐにロシアのウォッカ蒸溜所で応用され、砂糖、ラム、アメリカンウイスキーなどの生産にも採用されるようになった。
アメリカの蒸溜酒メーカーは、何世紀にもわたって木炭を利用してきた。バージニア州やペンシルベニア州などで、18世紀半ばからつくられていた初期のアメリカンウイスキーもそのひとつ。ロヴィッツの研究は、木材の働きや応用法について世界で初めて数値を用いながら体系化した点に大きな功績がある。
小規模な蒸溜所でも、大規模なブレンド工場でも、19世紀にアメリカで生産されたウイスキーはほとんどが木炭のフィルターで濾過されている。大衆用のウイスキーの味を磨いて整えるためには、当時もっとも効率的でコスト効果の高い浄化法だったからだ。
現代では、多くのウイスキーがボトリング前に活性炭フィルターを通して濾過されるようになっている。こうすることで細かい小片や粒子を取り除き、ウイスキーを濁らせないようにできるからだ。ウイスキーが冷たい温度に晒されると、脂肪を含んだタンパク質が沈殿して濁ることがある。
木炭の特徴である多孔質と吸収性によって不純物が捕らえられ、特に不快な風味の原因となる硫黄化合物や、溶剤のような匂いがするフーゼル油などの成分も除去できる。木材由来の風味の60%以上を占める多糖類のキシロース、セルロース、ヘミセルロースなどは、炭化する際の高熱でカラメル化される。複雑な風味、まろやかさな口当たり、琥珀のような色も木材の炭化によって授けられるのだ。酸素との結合や熟成のプロセスも、木炭を媒介として最大の効果が発揮される。
リーチングと呼ばれる濾過用の容器には、さまざまな種別の木材で作った木炭(サトウカエデ、栗、カバノキ)が入れられる。深さ、流れの速度、粒度などを最適化することで、それぞれ繊細に異なったフレーバーが引き出される。
テネシーウイスキーは、バーボン同様の蒸溜液をサトウカエデの木炭で濾過することによって繊細な甘みを加えている。同時に不要な成分を取り除き、熟成を促してテネシーウイスキー特有のサワーマッシュウイスキーを完成させるのだ。またアラバマ州では、ジェファーソン郡のスタイルでつくられていたウイスキーがよみがえっている。これは20世紀の初頭に飲まれていた木炭濾過済みのライウイスキーを再現したものだ。
ホワイトスピリッツと競い合った黒歴史
炭のパワーを利用したスピリッツづくりは、アメリカンウイスキーとウォッカだけではない。ファクンド・バカルディ・マッソが発明したキューバ産のホワイトラムも、ココナツの殻を炭にして利用していた。余計な色を取り除き、低品質な軽めのキューバンラムからサトウキビのカスなどを除去するための措置である。
フランスの著名なエンジニアとして知られるシャルル・ ドゥロンは、ヨーゼフ・ロヴィッツの木炭に関する発見を取り入れ、1811年に自身の砂糖精製工場に応用した。この浄化機は1846年にキューバで第1号機が導入され、1852年には木炭による浄化が砂糖精製から浄水の分野にも応用された。これがサンティアゴ・デ・キューバで発生したコレラの流行を食い止め、バカルディが1850年代後半にホワイトラムをつくる実験に踏み出す足がかりとなった。
炭による濾過を採用していたウォッカとホワイトラムは、1960年代にアメリカンウイスキーの売上を脅かす商売敵と見なされていた。人気上昇中だったホワイトスピリッツの仲間入りをしようと、アメリカンホワイトウイスキーなる珍妙な商品が発売されたのは1970年代初頭のこと。法律が改正され、合法的に熟成されたバーボンやウイスキーから、木炭フィルターでフレーバーや色をほとんど剥ぎ取ってしまう製法も許されるようになった。
だが1970年代末までに、この味気のないホワイトウイスキーは荒唐無稽な商品として市場から消えていった。お酒好きの消費者たちは、黒い木炭でつくったホワイトラムを高く評価する。その一方で、ホワイトウイスキーを受け入れなかったのはメーカーにとって皮肉なことである。