茅台酒などの白酒が消費されてきた中国のスピリッツ業界で、ウイスキーが徐々に存在感を高めている。気になる動きをまとめた3回シリーズ。

文:ジャンヌ・ペイシアン・チアオ

 

中国のスピリッツ市場は、長年にわたって白酒(パイチュウ)が97%を占めてきた。だが最近になって、面白い変化が起きている。世界のウイスキー市場で、中国のメーカーが新境地を切り開きつつあるのだ。

中国の輸入スピリッツでは、依然として第1位のブランデーが輸入総額の68%を占めている。それでもウイスキーが徐々に成長を続け、独自のニッチ市場を静かに切り開いてきたところだ。

コロナ禍の影響で2023年には一時的な減速が見られたものの、中国のウイスキー市場は世界第4位の規模にまで成長してきた。そして2023年から2026年にかけては、88%という驚異的な成長率も見込まれている。

この勢いは、紛れもなく新しい時代の到来を予告するものだ。霧の立ち込める四川省の山々から海に面した浙江省の町まで、中国全土に現在40軒以上の蒸溜所が点在している。

。叠川蒸溜所のマスターディスティラーを務める楊涛(ヤン・タオ)。スコットランドでウイスキー製造を学び、チャイニーズウイスキーでも最高レベルの品質を生み出している。メイン写真は叠川蒸溜所のマッシュタン。

ウイスキーが中国に伝わったのは、清代後期のことだ。外交界で洋酒がもてはやされるようになった1910年頃には、ジョニーウォーカーが存在感を示していた。その人気を見込んで、1914年には青島で現地生産が試みられたほどだ。

だがその後の中国市場におけるウイスキーは、2000年代までニッチな存在に留まっていた。台湾のカバランや福建省の大芹(ダイキン)が国際舞台で認められたのをきっかけに、再び外国との貿易や文化交流が活発化したことでウイスキーへの関心が復活したのである。

ウイスキー市場が大幅に成長した2021年は、「チャイニーズウイスキー元年」と呼ばれている。ウイスキーの輸入が急増し、2023年には英国産ウイスキーの販売額が2億3700万ポンドに達した。英国産ウイスキーにとって、中国は第5位の消費国である。中国のウイスキー市場でも、英国産ウイスキーがシェア85%以上を占めるまでになった。その一方で、日本産ウイスキーの輸入額は27.45%の下落となっている。これは貿易協定の変更や需要の減少による変化だ。

シーバスリーガル、ジョニーウォーカー、ジムビーム、ジャックダニエルといったグローバルブランドは、中国市場でもその存在を確固たるものとしている。そして特に高い評価を得ているのは、ザ・マッカランや響といったプレミアムブランドだ。

ウイスキーの多様性は、特にZ世代と呼ばれる若い消費者層の間で広く受け入れられている。若い世代の消費者は、Eコマースやクリエイティブな文化を通じてウイスキー人気の成長を牽引しているようだ。

中国の主要都市では、独創的なカクテルやプレミアムコレクションを揃えたウイスキーバーの数も増加した。この関心の高まりはウイスキーの輸入を後押しするだけでなく、国内産業が急成長するきっかけも造っている。

中国国内の酒類メーカー各社も、この好機を活かしてさまざまな動きを見せている。品質に敏感な消費者たちが増加していくのに従い、そのニーズに対応できる品質のウイスキーを提供しようと努力を続けているのだ。

中国は、伝統を重んじながらもグローバルな影響を積極的に受け入れる国だ。今が変化の只中にあることを踏まえて、ウイスキーの価値も再定義されようとしている。
 

四川の大地が育んだモルトウイスキー

 
広い中国でも特に野心的なウイスキープロジェクトの舞台が、四川省の成都から車で2時間の町にある。峨眉山を包み込む霧と穏やかな雨は、良質なモルトウイスキーを育てるのに格好の環境だ。

ペルノ・リカール社のCEOを務めるアレクサンドル・リカールは、この地でグループ初となるプレステージウイスキー蒸溜所を開業させた。蒸溜所の名は、叠川蒸溜所(英語名は「ザ・チュアン」)だ。

新型コロナウイルスの流行という苦難がありながら、蒸溜所建設のプロジェクトは2019年に着工した。蒸溜所の創設には1億1800万ポンド(約225億円)が投じられ、最初のピュアモルトウイスキーが2023年末に発売。叠川という名称は「複数の川」を意味し、テロワールの表現に不可欠な水、土壌、人間性の調和を象徴している。

叠川蒸溜所は峨眉山の麓にあるが、峨眉山といえば豊かな生物多様性でユネスコ世界遺産に登録された特別な場所だ。独特な微気候に恵まれており、湿度が高くていつも霧が立ち込めている。その反面、夏には太陽が照りつけるというユニークな環境だ。

四川省の峨眉山麓で、叠川蒸溜所の開業を伝えるペルノ・リカール社のアレクサンドル・リカールCEO。中国ウイスキー産業の成長は、世界的な飲料メーカーによっても支えられている。

このような気候に加えて、清らかな湧き水や豊かな微生物環境も「叠川」(ザ・チュアン)の独特な香味形成に貢献している。その繊細なフルーツ香とスパイス香は、まさに周囲の自然の美しさを反映するものだ。マスターディスティラーを務める楊涛(ヤン・タオ)が、匠の技によって四川省のテロワールを凝縮されている。

叠川蒸溜所でのウイスキーづくりは、一部中国産の大麦を使用したピュアモルトウイスキーの生産から始まった。製造工程の細部には、スコットランドの伝統も取り入れている。楊涛はスコットランドでウイスキー製造を学び、実地で訓練を受けてきた経験がある。

ウイスキーに複雑な香味を授けるため、発酵には通常よりも長めの最大100時間を費やす。蒸溜は2回で、まず容量2万リットルの初溜器でウォッシュを蒸溜し、次に容量1万4000リットルの再溜器でローワインを蒸溜する。

蒸溜のハートはやや早めのタイミングで取り出され、ピュアでエレガントな酒質のスピリッツを確保している。熟成には、異なる3大陸から調達した3種類のオーク樽を使用する。スペインのシェリー樽はクリーミーな舌触りと豊かな風味を加えるが、これは中国人の味覚にとてもあった個性だ。アメリカ産のバーボン樽は、バニラやフルーツを思わせるエレガントな香りを授けてくれる。

そして中国東北地方の長白山から得られる国産樽には、ミズナラに似たコナラの一種であるモンゴリナラ材が使用される。丹林樽と呼ばれるこの樽は、乾燥したミカンの皮、白檀、沈香などのエキゾチックな香りをウイスキーに授けるのだ。地元産のオーク樽を使用することで、ウイスキーには独特な中国伝統の個性が加わる。楊涛の言葉を借りると、中国の寺院を思わせる魅惑的な香味だ。

叠川蒸溜所から最初にリリースされたウイスキー「叠川」(アルコール度数40%)は、価格96.60ポンド(約18,000円)で売り出された。数量に限りがあったため、一部の上客や高級品取扱店専用の商品である。またペドロヒメネスのシェリー樽で熟成させた第2弾のウイスキー(アルコール度数46.8%)は130.40ポンド(約25,000円)で、豊かな風味が中国の美食にもマッチすると話題になった。

また「丹林カスクストレングス」(アルコール度数60.5%)は、熟成樽から直接手詰めしたボトルだ。価格は162ポンド(約31,000円)と高級だが、ウイスキー愛好家にとって特別な体験となることは間違いない
(つづく)