唯一無二といわれる舌触りに、ハチミツやトロピカルフルーツのような香味。ジョニーウォーカーに不可欠な酒質と香味は、どのようにして生まれるのか。ビジター体験からクライヌリッシュの本質に迫る。

文:ガヴィン・スミス

 

現在のクライヌリッシュは、「ハイランドにおけるジョニーウォーカーの故郷」として売り出されている。つまりエディンバラ近郊のグレンキンチー蒸溜所 、スペイサイドのカーデュ、アイラで改修中のカリラと並んで、ジョニーウォーカーにとって重要な「スコットランドの四隅」の一角をなす存在なのである。

シニア・グローバル・ブランド・アンバサダーを務めるユアン・ガンが、このジョニーウォーカーの方針について説明してくれた。

「以前はもっとシンプルな蒸溜所ツアーとテイスティングを用意していたのですが、現在はジョニーウォーカーのブランドを念頭に置いて、ビジターの五感を触発するような体験が主役になります。お客様にはフレーバーの世界を探索して、ウイスキーの愉しみ方をもっと知っていただきたい。チョコレートとのペアリングや、さまざまなカクテルもその一環です」

知識が豊富なウイスキーファンだけでなく、まだウイスキーを体験したことがない人でも楽しめる内容になっているのだとユアンは言う。

「将来のツアーには、もっと多彩な風味のウイスキーをテイスティングできるようにして、知識欲が旺盛なお客様のためにも詳細な情報を提供できるようにする予定です」

現在の「クライヌリッシュのフレーバージャーニー」は約90分間のコースだ。ツアーは生産エリアから始まる。糖化をおこなうフルラウター式マッシュタンのそばに解説コーナーを設置し、発酵前のさまざまな工程と風味への影響を説明するのだ。栽培中の大麦、発芽したばかりの大麦、ミニチュアのキルン(精麦用の窯)、ミニチュアのミル(粉砕機)などの視覚的な資料もふんだんに使って糖化の説明を進めていく。

糖化が終わると、次は発酵だ。ビジターはオレゴンパイン材でできた8槽のウォッシュバック(発酵槽)の隣に移動する。この木製の発酵槽の他に、2016〜2017年には2槽のステンレス製ウォッシュバックも導入された。これは蒸溜所の生産能力を純アルコール換算で年間480万Lまで引き上げるための設備投資だった。

クライヌリッシュの発酵時間は長く、発酵室には6基あるポットスチルの熱が伝わってくる。蒸溜設備は、ウォッシュスチル(初溜釜)よりもスピリットスチル(再溜釜)が大きいという変則的な構成だ。スチルの形状はネックが短く幅広のタイプ。蒸溜速度はゆっくりで、2回蒸溜の合間に蒸溜液を休ませることによって銅の役割(硫黄臭の除去など)を再強化している。
 

唯一無二の口当たりを分析

 
クライヌリッシュは、ディアジオにとってかけがえのない存在だ。傘下の蒸溜所のなかで、ワックス(蝋)のような口当たりを持つスピリッツはクライヌリッシュのみ。シングルモルトでは、そこにハチミツやトロピカルフルーツの香味も加わってくるのだとユアンは説明する。

「クライヌリッシュの特性は、ディアジオの他の蒸溜所では表現できないもの。だからブレンダーにとって必要不可欠な存在なんです。特にジョニーウォーカー・ゴールドラベルでは重要な原酒となり、極めて滑らかな口当たりをもたらしてくれます」

海を眺めながらテイスティング。クライヌリッシュ14年や蒸溜所限定ボトルの他に、クライヌリッシュ由来の口当たりを活かしたジョニーウォーカー・ゴールドラベルも味わえる。

クライヌリッシュのスピリッツに備わっているワックスのような口当たりは、いったいどのようにして生み出されるのだろうか。ユアンは企業秘密だと言って明かしてくれない。そもそもウイスキーづくりの工程と味わいの関係は、1990年代初頭になるまで科学的に検証されたことがなかった。だが大英帝国勲章の受章者でもあるジム・ビバリッジ(ジョニーウォーカーのマスターブレンダー)は、以下のように洞察している。

「クライヌリッシュには数々の受賞で称賛されたワックスのような口当たりがありますが、この特性がどこから来ているのかは謎のままでした。一部では蒸溜に使用しているクライヌミルトン川の水質が原因ではないかと信じられていましたが、他にもさまざまな説があったのです」

それでも分析家たちの努力によって、謎の一部が解けてきた。ワックスのようなクライヌリッシュの口当たりは、主に設備の違いからもたらされている可能性があるという。蒸溜で生成される蒸溜液はヘッド(前溜)、ハート(製品に使用する蒸溜液)、テール(後溜)に分けられるが、大半の蒸溜所ではすべての蒸溜液を単一の容器に取り出している。だがクライヌリッシュでは、ローワイン(初溜液)のハートを受け取る容器だけが独立しているのだという。つまり前溜液と後溜液を取り出す容器が別にある。

ウォッシュスチル(初溜釜)から流れ出るローワインは、専用のレシーバーにポンプで送られ、さらにチャージャーを介してスピリットスチルへと送られる。一方、スピリットスチル(再溜釜)から流れ出るヘッドとテールは、いったんレシーバーで受け取ってからすぐにスピリットスチル用のチャージャーへ送られてローワインに加えられる。

スピリットスチルに投入するローワインと合流する前に、ローワイン用のタンクやヘッドおよびテール用のタンクに貯めて置かれる時間が長いほど、そこからワックスのような特性が生まれてくるという説がある。クライヌリッシュがウォッシュスチルでおこなう初溜は、フルーティーな酒質を得るための一般的な蒸溜方法に似ている。だが初溜と再溜の間にタンクを使用することによって、再溜後にワックスのような特性が備わる可能性が高くなるというのである。
 

秘められた個性をテイスティングで堪能

 
生産エリアを移動してきたツアー参加者は、秘密の部屋に案内される。この部屋は、ただの本棚に見せかけた壁の背後にある。ここからは本格的にインタラクティブな蒸溜所ツアーの始まりだ。蒸溜所や周辺地域の歴史と物語が、斬新な没入感たっぷりの手法で伝えられる。経験豊富なガイドが、テクノロジーを駆使した劇場感あふれる手法によって、ジョニーウォーカーの 香味を構成する「スコットランドの四隅」を紹介するのだ。

蒸溜所の前方に乗り出した2階の増築部分には、新しいバーとテイスティングのエリアが造られている。ここではビジターが素晴らしい海の眺めを楽しみながら、ツアーのセットとして組み込まれている3杯のウイスキーをテイスティングする。提供されるのはクライヌリッシュ14年(アメリカンオーク樽熟成原酒とヨーロピアンオーク樽熟成原酒を半々でブレンド)、バーボン樽熟成の蒸溜所限定ボトル(年数表示なし)、そしてクライヌリッシュ由来の口当たりが実感できるジョニーウォーカー・ゴールドラベルだ。

シングルモルトとしての評価も高まっているクライヌリッシュ。蒸溜所限定ボトルはビジターたちの人気の的である。

クライヌリッシュのモルトウイスキーが、ジョニーウォーカーの原酒として初めて在庫管理台帳に記載されたのは1904年のことだった。このツアーでは、世界第1位の売り上げを誇るブレンデッドウイスキーブランドとクライヌリッシュとの関わりが一貫して強調されている。これはグレンキンチーやカーデュなど、姉妹蒸溜所のビジターツアーでも同様である。

テイスティング用に供される3杯のウイスキーを味わったら、ビジターは引き続き海を眺めながら他の希少なウイスキーを購入したり、バーテンダーにウイスキーカクテルを注文したり、美味しいスナックを所望したりできる。

再び1階に戻ると、そこは蒸溜所ショップだ。明るくて広々とした空間がビジターを出迎え、さまざまなブランド関連グッズやギフトが並んでいる。ジョニーウォーカー各商品の他、グレンキンチー16年、カーデュ16年といった「スコットランドの四隅」からのシングルモルト商品も購入できる。これらのシングルモルトは、蒸溜所ショップやオンラインショップ(www.malts.com)の限定販売である。

そしてもちろん「スコットランドの四隅」のひとつであるクライヌリッシュの素晴らしい蒸溜所限定ボトルも見逃せない。購入の際には、テイスティングセッションやマイボトルへの瓶詰めサービスもオプションで用意されている。

その他のクライヌリッシュ商品といえば、オロロソシェリー樽で一定期間の後熟を施した「ディスティラーズ・エディション」、「クライヌリッシュ・リザーブ・ハウス・タイレル・ゲーム・オブ・スローンズ限定エディション」、ディアジオのハイエンドコレクション「プリマ&ウルティマ」に含まれる「クライヌリッシュ 1993」もある。

「プリマ&ウルティマ」に含まれる極めて希少な26年熟成の「クライヌリッシュ 1993」は、アメリカンオークのリフィル樽で熟成されたもの。クライヌリッシュの魅力が絶頂に達した風味とされ、相応の高値が付けられている。このビンテージ品に手が届くかどうかは別としても、クライヌリッシュが極めて高品質なシングルモルトとして注目に値することは間違いない。ディアジオ最北の蒸溜所は、ウイスキー観光の目的地としても訪れてみる価値がある。