前回のバッファロートレースに続き、メーカーズマークとブラウン・フォーマンの取り組みを紹介。すぐには再生できない森林を未来に伝える方法とは。

文:ライザ・ワイスタック

 

メーカーズマークは、樹木の改善を目指した「ツリー・インプルーブメント」と呼ばれる研究をケンタッキー大学と共同で推進している。だがメーカーズマークによるサステナビリティへの取り組みは、この研究の以前からもう始まっていた。

瓶詰めと貯蔵庫の業務責任者を務めるブライアン・マッティングリーは、ホワイトオーク保護の取り組みも管轄している。彼の試算によると、メーカーズマークは過去8年に森林再生のプログラムの名で、少なくとも12,000本の木を所有地に植えたという。

このような環境保護の考え方は業界や消費者の行動に影響を与え、ビジネスにとっても重要なことだと見なされてきた。だがそれだけでなく、すぐに思いがけない見返りもあったのだという。つまり異なったタイプの木を樽熟成に使用することで、フレーバーへの影響も多様になったのだ。これが結果的に「メーカーズマーク 46」の発売につながった。

「メーカーズマーク 46」は、フレンチオークの新樽を樽板に取り入れた熟成行程から生まれている。これがメーカーズマークとして初めてフィニッシュ(後熟)を活用した新境地の製品で、同様の後熟シリーズの口火を切る製品となった。そしてホワイトオーク保護の取り組みにおける遺伝子マッピングの領域に、メーカーズマークがさらに深く関わるきっかけを作ったのである。ブライアン・マッティングリーが説明する。

「会社が所有する湧水湖で、突き出した半島の上に巨大なホワイトオークの木が1本あります。ケンタッキー大学の研究者たちがやってきて、その木から遺伝子組織を採取しました。ゲノムマッピングがおこなわれたホワイトオークの第1号になったんです」

このゲノムをベンチマークに使えば、会社で使える木々との比較ができる。つまりそれぞれの木の遺伝子構成が理解できるということだ。

「リグナンの生成に関わる塩基対の存在を把握し、この塩基対がバニラ香に影響を与えたり、生育が早まったり、また異なった遺伝子間隔でナッツ香を高めたりするメカニズムがわかってきました。知識の全容さえつかめていないので、とりあえず自分たちが知っている限りの遺伝子変異を集積させた世界唯一の植樹地帯を作りました。10州以上の地域から集めたホワイトオークですが、親木から実を採取してケンタッキー大学で苗木を育てています」

メーカーズマークは、自社内で始めたサステナビリティへの取り組みを発展させ、その規模も拡張している。400万平米以上もある広大な敷地の絶景に見合うように、蒸溜所ツアーも大きくスケールアップした。スターヒル農場を訪れたビジターは「ホワイトオーク・リポジトリー」を見学できるが、これはマッティングリーによると最終的に8万平米ほどの研究用森林になる予定だ。ここ ではホワイトオークの中でも多様な遺伝子を持った種が植えられている。

 

樽工房を持つブラウン・フォーマンの役割

 

自前の樽工房を運営するブラウン・フォーマンも、同様のホワイトオーク保護活動に取り組んでいる。植樹のための土地を提供し、優れた木を特定していくという内容だ。ブラウン・フォーマンの環境業績を管轄するシニアマネージャーのマイケル・カウハードが語る。

森林保護の活動は、樽材を大量に使うバーボン業界の責務となっている。写真はメーカーズマークのテイスティングルーム。

「私たちの自然環境をしっかりと未来のために保護していけるように、今できることをやろうと考えています。私たちが必要とする現存の広葉樹林を保全していくことが最終的な目標です」

これから150年後も、間違いなくホワイトオークを利用できる状態にしておきたいとカウハードは言う。組織した森林チームを土台にしながら、既存の活動に貢献できることは何なのか特定しようとしているところだ。

「他の組織とも提携しながら、目標の実現を目指しています。会社が森林地を保有しているわけではないので、本当の林業をやるのではありません。それでも伐採者や土地所有者と提携しながら、うまく森林を保全していくことはできます」

このようなプログラムや取り組みは、学術的な見地から論理的にみれば気が遠くなるのど大きな目標を目指しているようにも見える。各団体が別々におこなっている取り組みがひとつの大きなうねりに合流し、もっと広範な影響力を持てる効果的な形にできないものかと考えてしまうことだろう。

結局のところ、「メーカーズマーク 46」のように特別なプロジェクトを除けば、樽工房は民間で管理されている森林から大量の木材を購入して樽を製造する。そのような民間管理の森林は、本当にたくさんあるのだ。だから1本の樽だけを見ても、そこにどれだけの異なった木を製材した樽材が使用されているのかわかるはずがない。たくさんの州にまたがった無数の民間林から調達する木材について、サステナビリティにまつわる規制をかけるのは難しいことでもある。

 

メーカーズマークとの共同研究

 

ミズーリ州にあるインデペンデント・スターブ・カンパニー(ISC)は世界最大の樽製造会社だ。このISCもまた、無数の民間林から伐採するホワイトオークの保全について頭を悩ませてきた企業のひとつである。会社は何千社もの伐採業者と取引しており、その伐採業者はそれぞれが複数の土地所有者と取引している。その結果として、ISCの木材は毎年何千もの土地所有者から供給されることになる。

しかしISCの事業開発部バイスプレジデントを務めるジェイソン・スタウトによると、サプライチェーン全体でサステナビリティの問題は近年どんどんホットなトピックになっているのだという。

「ここ何年もの間、さまざまな大学や森林関係団体と一緒に、それぞれ異なった取り組みを続けてきました。サステナビリティのムーブメントは、教育への影響力も増しながら研究の幅を広げています。蒸留所や樽製造会社による取り組みもありました。でもこの業界で今ほどたくさんの活動が盛り上がりを見せていた時期はなかったでしょう。サステナビリティに対して、人々がたくさんのリソースを投じ始めた状況を歓迎しています」

従来の林業の枠組みで、実際に森を管理するのは無数の伐採業者だ。ウイスキーメーカーは、その伐採業者たちが環境への理解を深められるインセンティブ設計も重視している。

複数のアカデミックな取り組みにも参加しているISCだが、森林を舞台にした実地の活動も展開している。そのなかでも特に未来志向のプログラムが、ヘブン・ヒルと共同で進めている事業だ。両社は2020年にタッグを組んで、伐採業者たちがサステナビリティ認証を取得できるように資金を提供した。これまで120社がサステナビリティ認証を受けているのだとジェイソン・スタウトは語る。

「伐採業者は、土地所有者に対して伐採の対象や方法を指導できる立場にあります。そもそも実際に森で働いているのは、伐採業者なのですから。彼らはもっと正しい知識が欲しいと望んでおり、もっと運動に関わりたいと願っています」

土地所有者たちと一緒に、第一線で関わっているのは他でもない伐採業者だ。だからこそ、ホワイトオークの未来を育てるため、今伐採すべき木を決めるのは我々なのだという思いがあるのだとスタウトは説明する。土地所有者も以前より長期的な視点で物事を考えるようになりました。そして若い世代は上の世代と異なった姿勢でサステナビリティの問題を真剣に考えています」

サステナビリティ認証は、伐採業者に強制力のある義務ではない。だがこの問題について深く知ろうとするほど、新しい疑問が湧いてくる。特に知りたいのは、なぜ気候変動がたくさんの天然資源に悪影響を与えているのかということだ。ヘブン・ヒルで環境サステナビリティ部長を務める&レイチェル・ナリーは語る。

「サステナビリティ認証は義務化されていません。ならば認証を受けるインセンティブを作るべきです。そこで私たちは伐採業者たちが聴講するクラスの費用を払い、クラスのためのホテル滞在費も払って伐採業者たちが学びを得るインセンティブを生み出しています」

ヘブン・ヒルの支援によって、伐採業者たちは森林の保全を第一に考えた安全な業務慣行や最善の管理慣行を学んでいる。近接する小川への土地侵食を防ぎながら森の再生を促す伐採の方法や、伐採しながら湿地帯を見分けて保全する方法なども学べるのだとナリーは言う。

「ウイスキー業界は、いつも木の一生の最終段階にあたる樽の扱いにフォーカスしています。でもさらに考えを深めて、木の一生の始まりにも気を配るべきです。木の成長を管理する取り組みに伐採業者が着手しているなら、彼らにもっと教育の機会をもたらして森林を保護していくのも私たちの役割です」
(つづく)