ウイスキーブランドのコラボが成功する法則【後半/全2回】
文:クリスティアン・シェリー
互いの価値が共鳴するコラボとして成功するか、ちょっと無理矢理な印象を与えて失敗するか。勝負の分かれ目は、コラボの背景にある物語の信頼性だ。この信頼性を高めるのに役立つ要素のひとつが時間である。一回限りのコラボレーションに、本質的な意味がないと言いたい訳ではない。だがブランド同士が何年にもわたって連携すると、すべての関係者にとって相互利益を実現できる可能性が徐々に増してくる。それはウイスキー愛好家とウイスキーブランドの関係にも通じる法則だ。
ウイスキーのパートナーシップで、いちばんワクワクするのはどんな例だろう。そんな質問に対して、ボウモアとアストンマーティンによるタイアップや、マッカランとベントレーによるパートナーシップと答えるウイスキー愛好家も多いはず。バルヴェニーが2015年に打ち出したモーガン(クラシックカーメーカー)とのキャンペーンもそうだった。いずれも由緒ある企業同士のタイアップである。
だがモーターだけでなく、グレンモーレンジィがアーティストで写真家のマイルズ・オルドリッジと組んだ鮮やかな広告キャンペーンも話題を呼んだ。
あるウイスキー愛飲家が、このキャンペーンを「ひたすら新鮮な印象」と語っていたのを思い出す。キャンペーンが開始されたのは2020年のこと。大手広告会社DDBのパリ支社で、チーフ・クリエイティブ・オフィサーを務めるアレクサンダー・カルチェフが当時を振り返って言う。
「ウイスキーの世界を切り開くメタファーとして、色彩を全面的に使おうと決めました。そして色彩の達人であるマイルズ・オルドリッジには、間違いなく私たちのビジョンを実現してくれる才能があったのです」
あれから2年以上が経った今でも、このキャンペーンがほぼ全世界で祝福されてきたと間違いなく言える。打ち出し方が賢明で、暗号化されたメッセージがイースターエッグのごとく随所に散りばめられていた。特別なクラブへの招待状のようにも感じられるクリエイティブなコラボの成功例。オルドリッジ自身も、「多くの消費者が現在の流行に自然な関心を持てるような仕掛けがありました」とグレンモーレンジィの意図を説明している。
広告のイメージだから、ことさらに新しい感じがするという見方もあるだろう。あるいは、広告なのにここまでの人気を博したことに驚く人がいるのかもしれない。私たち消費者は、あからさまな売り込みが苦手だ。だからこそ、クリエイティブなパートナーシップの繊細さや本質的な賢さが、ブランドを際立たせてくれる。
マッカランには、自動車メーカー以外にも長期的なパートナーがいる。それは兄弟3人でバルセロナ郊外にミシュラン3つ星のレストラン「エル・セラー・デ・カン・ロカ」を営むロカ兄弟だ。2014年以来、特別なウイスキーのリリース、慈善事業とのパートナーシップ、蒸留所でのメニュー開発など、フレーバーの追求を中心にした提携を続けている。
マッカランのグローバル・クリエイティブ・ディレクターを務めるジャウマ・フェラスは次のように述べている。
「エル・セラー・デ・カン・ロカの哲学は、創造性、革新性、クラフトマンシップというザ・マッカランのコアバリューを反映しており、強力なパートナーシップの基盤となっています。このパートナーシップは、ウイスキーづくりと料理のクラフツマンシップにおいて新しいビジョンを生み出すもの。ウイスキーと料理の世界の境界を押し広げることが、提携の目的です」
このようなパートナーシップの意義を問うと、フェラスは「共通の目標に向かって努力すること」だと答える。
「クリエイティブなクオリティを保つために交渉するとき、共通の目的意識が前面に出てくるものです。パートナーとの共通の価値観の共有に重点を置き、お互いが相手を尊敬していることを再認識することで、互恵的な結果を求めていく。そのために信頼、透明性、独創性によってお互いを補完する方法がわかってきます。このプロセスが最も大切なのです」
利他的なパートナーシップは可能なのか
一般的なキャンペーンや広告による「売り込み」の対極として、グレンフィディックの「アーティスト・イン・レジデンス」のようなプログラムがある。このような取り組みの成果は、売上やウイスキーの人気によって測れるものではない。2002年に始まったこのプログラムでは、毎年夏に6〜8人のアーティストがスペイサイドのシングルモルト蒸溜所で3ヶ月間ほど滞在する。アーティストには1人15,000ポンドの資金が提供され、自由に創作活動ができるようになっている。公募で選ばれる場合もあれば、台湾の団体をはじめとする長期的なパートナーを通じて選ばれる場合もある。英国では美術大学を卒業したばかりのアーティストが対象となる。
グレンフィディック・アーティスト・イン・レジデンス・プログラムのキュレーターを務めるアンディ・フェアグリーヴは、プログラムの成否を決める基準について次のように説明している。
「まずはアーティストが実際にここまで来てくれたのか。彼らがここでポジティブな経験をしたのか。他では作れないような作品を生み出せたのか。提供されたチャンスに見合う充実した経験ができたのか。グレンフィディックのギャラリーで作品を展示できたのか。作品がきっかけとなって、人々の対話が生まれたのか。これらの答えがイエスなら、プログラムはうまく行っているといえるでしょう」
フェアグリーヴによると、このアイデアを発案したのはグレンフィディックの故チャールズ・ゴードン社長だ。会社が芸術に投資し、コレクションを構築するべきだと社長みずからが考えたのである。そのコンセプトをアーティスト・イン・レジデンスの形に発展させたのは、彼の甥であるピーター・ゴードンだ。
アーティスト・イン・レジデンスのプログラムから生まれた作品の例を挙げてみよう。2008年にカナダからやってきたデイヴ・ダイメントの作品「A Drink To Us(When We’re Both Dead)」について、フェアグリーヴが解説する。
「このアーティストは、ウイスキーづくりにまつわる時間の流れにインスパイアされました。30年以上前のウイスキーを飲むということは、前の世代の人々が蒸溜したお酒を飲むということ。つくり手だった当人たちはもう蒸溜所で働いていない場合も多く、あるいはもうこの世にいないかもしれません。そんな事実について表現した作品なのです」
この作品のコンセプトに従い、500リットルのニューメイクスピリッツを樽(バット)に入れてタイムカプセルのごとく第8貯蔵庫の地下に埋めた。掘り起こすのは2108年と決められている。つまり制作時から100年後に飲まれるウイスキーをつくるという真剣な試みだ。このパフォーマンスを象徴する空の棺が、アートとウイスキーのコレクターに販売された。フェアグリーヴの解説は続く。
「このプロジェクトに関わった人は、みなおそらく次の世紀が来る前にこの世をさります。つまり棺を購入した人も、次の世代に受け継ぐ必要があるのです。その棺を受け継いだ人たちが、100年前のウイスキーを共有できるということ。プログラムが始まって間もない2008年に制作された作品です。それは素晴らしい称賛で受け止められましたよ」
クリエイティブなアートの領域は広い。今回の記事では、音楽や小説などの分野に触れることができなかった。それでもウイスキーは、間違いなく音楽や小説の世界にも深く結びついている。そもそもウイスキーづくりやブレンディングの技が、すでに芸術の域に達しているのだ。その情熱を共有することで、他分野のクリエイティビティを触発できる。新たなチャンスの創出はエキサイティングであり、それはバランタインとビデオゲームの提携を見てもよくわかる。
本当の意味での成功を定義するのは、商業的な成功でもなければ、浪費を見せつけることでもない。シーバス・ブラザーズで、高級ブランドのマーケティングを手掛けるマチュー・デランデは語る。
「私たちにとって重要なのは、一緒に仕事をしているパートナーが自由に自己表現できること。そうでなければ、せっかく提携したパートナーの特別さを薄めてしまう危険性がありますから」
そこに特別な輝きやときめきがある限り、パートナーシップは成功できる。だがその魔法を見失ってしまうと、単なる凡百のコラボレーションにまで堕してしまう。本物の創造性だけにコミットすることが、ウイスキーブランドのコラボレーションを成功させる鍵なのだ。