4年ぶりに開催された酒類業界のビッグイベント「東京 インターナショナル バーショー 2023」で、5つの特別なウイスキーが観客を驚かせた。日本のトップブレンダーたちが企てたサプライズの内容とは?

文:WMJ

 

前例のない夢のプロジェクトが、誰にも知られることなく密かに進んでいた。日本のウイスキーづくり百周年を記念した「ウイスキー100年プロジェクト -Fellow Distillers-」。コロナ禍による4年の空白を乗り越えて開催された「東京 インターナショナル バーショー 2023」で、日本を代表するウイスキーメーカー5社が驚きの共同企画を発表した。

それはキリン、サントリー、ニッカ、ベンチャー、マルスの原酒をブレンドしたウイスキーだ。しかも5社それぞれが独自のテーマで5種類のウイスキーに仕上げ、イベントの来場者なら誰でも会場でテイスティングできるというサプライズだ。

会場での提供開始に先駆け、このプロジェクトを秘密裏に進めてきたブレンダーたちがメインステージに並ぶ。キリンビールの田中城太氏(マスターブレンダー)、サントリーの福與伸二氏(チーフブレンダー)、ニッカウヰスキーの尾崎裕美氏(チーフブレンダー)、ベンチャーウイスキーの肥土伊知郎氏(マスターブレンダー)、本坊酒造の久内一氏(チーフブレンダー)。日本のウイスキー界を代表する5人の姿に、会場のボルテージは一気に高まる。

詳細は伏せられたままイベントで公開された「ウイスキー100年プロジェクト -Fellow Distillers-」のウイスキー。5社それぞれが別々のテーマを設定して全5種類のブレンドが完成した。

普段ならほとんど交流がなさそうにも思える5人だが、実は誰にも気づかれないように密会を重ねていた。まるで秘密結社のような「ウイスキー技術者交流会」の存在について、田中城太氏が語りだす。

「10年ぐらい前から、情報交換や懇親を目的に集まり始めました。会場を決めて集合したり、お互いに蒸溜所を訪問したり。世間では競合だと思われていますが、私たちは互いに切磋琢磨するフェロー(仲間)なんです」

そしてジャパニーズウイスキー百周年を前に、フェローたちは具体的な計画を練っていた。せっかくだから、この面々で今までと違ったことをやってみたい。ウイスキーファンをあっと喜ばせ、もっとウイスキーの面白さを知ってもらえる方法はないか。5社ブレンドのウイスキーというアイデアは、自然に生まれたのだと田中氏が語る。

「ブレンダーであれば他社の原酒を飲んでみたいし、ブレンドに使ってみたいという気持ちが必ずある。そこで互いに原酒を交換して、ブレンドしてみようとみんなに声をかけたら『面白いね、やろうよ!』という返事。山あり谷ありを経験したウイスキー業界で、お客様に育ててもらった原酒を持ち寄り、感謝の気持ちを込めたブレンドをつくるために動き出しました」

他社の商品は飲んだことがあっても、どんな原酒があるのかはブレンダー同士でもわからない。コロナ禍の最中だったが、キリンビールの工場内に5社のブレンダーチームが集合した。持ち寄った原酒をテイスティングしながら議論を重ね、各社の構想が固まるまで1年半の時間がかかったという。

原酒交換によるブレンドのルールは、まず全5社の原酒を使用すること。他社の原酒は各社5%以上使用し、自社の原酒は60%未満に留めること。みんなで同じ原酒を使うのではなく、自分たちが目指す香味にあった原酒を他社にリクエストできる。それぞれがテーマを決めて、多彩な原酒が5社のブレンダー室を行き交った。
 

特別すぎるジャパニーズウイスキーの中身

 
そうやって出来上がった5つのウイスキーには、各社の哲学が濃密に盛り込まれている。キリンビールのテーマは「フルーティ」。各社の個性あるフルーティな原酒を複層的に表現したウイスキーなのだと田中城太氏が語る。

「富士御殿場蒸留所の信念である『クリーン&エステリー』を基本に、自社原酒にはない各社のフルーティな原酒特長を活かしました。キリンらしい個性はしっかり保ちながら、自分たちの原酒だけではできないフルーティタイプのウイスキーに仕上がっています。リンゴ、モモ、アプリコット、グレープフルーツなどのフルーツ香が、複合的に味わえるジャパニーズブレンデッドウイスキー。口に含んで、みなさん自身が感じるフルーティさをご自分の言葉で表現してみてください」

サントリーのテーマは、ちょっと意外な「スモーキー」である。各社それぞれのスモーキーなモルト原酒を使用し、バランスのとれた香味を目指したのだと福與伸二氏が説明する。

左から田中城太氏(キリンビール)、福與伸二氏(サントリー)、尾崎裕美氏(ニッカウヰスキー)、肥土伊知郎氏(ベンチャーウイスキー)、久内一氏(本坊酒造)、デイヴ・ブルーム氏(ウイスキー評論家)。プロフェッショナルたちのフェローシップから、ウイスキーファンに大きな贈り物が生まれた。

「無理を言って、みなさんからスモーキータイプの原酒を提供してもらいました。キリンさんのクリーンでエステリーなスモーキー原酒。ニッカさんの骨太な余市原酒。ベンチャーさんのフルーティな香味がにじみ出るピーテッド原酒。本坊さんの力強いパワフルな原酒。それぞれの特徴を見極めて調整したジャパニーズブレンデッドウイスキーです。ブレンデッドらしい滑らかな優しさがあるので、口に入れた瞬間はスモーク香が控えめ。でも余韻にかけて、スモーキーな香味が華やかに広がります」

ニッカウヰスキーのテーマは「シェリー」だ。他の4社はみなジャパニーズブレンデッドウイスキーだが、ニッカだけは傘下のベン・ネヴィス原酒も含めたワールドブレンデッドウイスキーになったのだと尾崎裕美氏が説明する。

「全社共通のルールに加え、ニッカ独自のマイルールも定めました。他社の原酒を各10%以上使って、しかも各社2種類以上の原酒を使っています。それぞれ特徴的なモルト原酒に、キリンさんのミディアムグレーンを活かしたブレンデッドウイスキーです。シェリー樽原酒以外にも、各社の特性が際立つバーボン樽原酒を分けていただきました。ニッカは余市のピーテッド原酒、ベン・ネヴィスの原酒、それに冷涼な環境でゆっくり熟成した新樽熟成の原酒。甘くて重厚だけど、極めてソフトな味わいに仕上がっています」

ベンチャーウイスキーのテーマは「ミズナラ」だ。日本らしい神秘的な香木感を強調したジャパニーズブレンデッドウイスキーである。肥土伊知郎氏がブレンドを振り返る。

「こんな原酒交換が、まさか実現するとは。幅広い原酒を持つことが、ブレンダーにとって素晴らしいことなのだと改めて実感しました。ブレンデッドウイスキーにしたのは、自社ではつくっていない国産のグレーンウイスキーもブレンドに使えるから。ココナッツを思わせる香りや、和三盆のような風味があって、余韻の長いウイスキーになりました。モルト比率は高いのですが、グレーンが加わることでまろやかになります。こんなウイスキーを自社でもつくり続けたいと思えるような体験でした」

本坊酒造のテーマは、ずばり「バランス」だ。久内一氏の狙いは、このプロジェクトの本質をウイスキーで体現することにあったという。

「ブレンドの肝は、多様性と調和。5社の個性を調和させるプロジェクトの本質を表現したいと考えました。原酒のハーモニーと、仲間としての人のハーモニー。どこも出っ張らない、どこも凹まない、完全に溶け合った5社の絆です。信州蒸溜所駒ケ岳の原酒特性を残しつつ、各社の優れた原酒を重ねて、水平と垂直の両方に香味を広げました。躍動感や生命感にあふれ、なおかつ凸凹のない滑らかな輪郭に仕上がっています。屋久島エイジングの駒ケ岳原酒も少しブレンドし、熟した果実味で完成度を高めました。兄弟のような5社の魂が融合したウイスキーです」
 

次の百年を切り開くフェローシップ

 
壇上には、世界的なウイスキー評論家のデイヴ・ブルーム氏が登場する。長年にわたるジャパニーズウイスキーの支持者で、日本のウイスキーが初めてベスト・オブ・ベストを受賞した時も審査員を務めていた。ジャパニーズウイスキーの台頭に対するスコッチウイスキー業界の警戒心を否定し、「ジャパニーズウイスキーの躍進は、ウイスキー業界全体にとって素晴らしいニュース」と論陣を張ってきたのがブルーム氏である。

特別ボトルは高額商品として販売されるのではなく、希望する来場者に無料で提供された。このようなサプライズは、次回以降のバーショーでも密かな目玉になるかもしれない(写真はベンチャーウイスキーのカウンター)。

「素晴らしくエキサイティングなプロジェクトですね。世界のウイスキー産出国でも前例がありません。ブレンドの説明を聞いていたら、今すぐテイスティングしたくなりました」

ブルーム氏いわく、世界のウイスキーはかつてないほど面白い状況にある。蒸溜所の数は、日本で約100軒、オーストラリアで約250軒、イングランドで約50軒、フランスで約100軒、ドイツで約200軒と急増中。技術革新などで品質も高まっている。

「こういう環境でカテゴリーが成長するには、会社間での協力関係も大切になってきます。日本のウイスキーメーカーは、それぞれが職人芸とクリエイティビティを競い合いながら、フェアな透明性を目指して進化していると感じていました。ジャパニーズウイスキーの価値を高めるフェローシップはワクワクするし、とても重要なプロジェクトですね。これから100年の種まきができたことをお祝いします」

夢のようなプロジェクトを実現したブレンダー同士の絆について、旗振り役の田中城太氏があらためて真意を証した。

「フォアローゼズ蒸溜所で働いているとき、バーボンの伝道師ともいわれるワイルドターキーのジミー・ラッセルにフェローシップを学びました。俺たちは一切れのピザを取り合うんじゃなく、仲間のためにピザを大きくしていこう。そう言われて衝撃を受けたんです。今日はフェローを超えたブラザーという久内さんの言葉にも感激しました」

喝采の中でブレンダーたちがステージを去り、5社のブースには「ウイスキー100年プロジェクト -Fellow Distillers-」のテイスティングを求める人々の列ができた。「東京 インターナショナル バーショー 2023」の来場者数は、2日間で14,700人(主催者発表)。多くの人が、奇跡のような感動を5回ずつ味わったはずだ。