チェコウイスキー探訪【後半/全2回】

文:ハリー・ブレナン
チェコのウイスキー業界では、一般的に2回蒸溜のシングルモルトが好まれる。だがスヴァッチ蒸溜所とルドルフ・イェリーネク蒸溜所は、ライウイスキーも製造している。ルドルフ・イェリーネクの「ゴールドコック ライ」は、ライ麦:大麦モルトの割合が60:40というマッシュビルで2回蒸溜され、バーボン樽で 5 年間熟成されたウイスキーだ。
残念ながら、今年になってEUとカナダがライウイスキーの表示について大失態を演じてしまったため、欧州のメーカーはライウイスキーを販売しにくくなった。この混乱が収束されるまで、しばらくはライウイスキー分野も停滞を余儀なくされそうだ。
歴史ある大規模な蒸溜所だけでなく、近年のチェコではボヘミア地方の各地に小規模な新しい蒸溜所が登場している。ヴァーツラフ・シトナー蒸溜所は、ピートでスモーク香をつけたチェコ産の大麦を使用し、チェコ産のオーク樽で5年間熟成させたシングルモルト「マーティンズ・バレル」を生産している。
またドラブカ蒸溜所は、2020 年にプラハから北ボヘミアの田舎に引っ越してきた少人数のチームによって設立された。モルトウイスキーのラインナップには、アメリカンオーク樽で熟成させた商品や、アプリコットブランデー樽でフィニッシュした商品もある。
以前はプラハ近郊の小さなフルーツブランデー蒸溜所だったラドリク蒸溜所は、2018年の大幅な設備増強によって同社としては初めてとなるウイスキーの少量製造を開始した。その内訳は「ラドリク ピーテッド」(フェノール値10~30ppm)、「ラドリク アンピーテッド」、「ラドリク チョコレートモルト」である。
またアグネス蒸溜所の最初のウイスキーも、今年後半に熟成が完了する予定だ。アグネスの原酒は2024年に試飲したことがある。ライトピートのベルギー産モルトをセカンドフィルのオロロソ樽で22ヶ月熟成し、アルコール度数59%のカスクストレングスでボトリングしたものだ。飲み口に荒っぽさはまるでなく、アグリコールラムを彷彿とさせる独特の香りが将来への期待を高めてくれた。チェコの小規模な蒸溜所でも、このように高い品質を追求したウイスキーづくりが実践されている。
チェコでも特にスコットランドへの愛着を表現した蒸溜所といえば、2015年にシングルモルト「オールドウェル」の生産を開始したスヴァッチ蒸溜所だ。英国からゴールデンプロミス種とマリスオッター種の大麦を輸入し、蒸溜用酵母とピーテッドモルト(フェノール値40ppm)もスコットランド産を使用している。スヴァッチの年間生産量は、樽換算で約30本分である。
蒸溜責任者のルーカス・アンドリクは、17年間にわたって独自のシングルモルトウイスキーづくりに情熱を注いできた。スコッチウイスキーへの愛は本物だが、チェスケー・ブジェヨビツェ近郊で生まれ育った地元出身者として「オールドウェル」が反映する南ボヘミアのルーツも誇りに感じている。ピーテッドモルトを使用したオールドウェルには、チェコ産のオーク樽で熟成された商品もある。そのオーク材もボヘミア産なので、ボヘミアのテロワールが味わえるウイスキーだ。
オーク材といえば、チェコウイスキーは地元産の穀物だけでなく地元産オーク材の樽で熟成することにこだわっている。グリーンツリー以外のチェコの蒸溜所は、一部またはすべてのウイスキーの熟成にチェコ産オーク材を使用する。特にラドリク、プラドロ、ルドルフ・イェリーネクは自国産のフユナラ(学名「quercus petraea」)を採用している。英語ではコーンウォールオーク、アイリッシュオーク、ウェールズオークとも呼ばれるオーク種だ。学名の「petraea」は「岩場」という意味だが、これは風が強い場所や岩場を好んで生育するためだ。
これらのチェコ産オーク樽は、ボヘミア地方とモラビア地方におけるウイスキー製造の成功を象徴する存在だ。使用される樽の多くは、モラビア地方のフリゼルカまはたバリナ(共に樽製造所)が生産している容量220~290リットルの樽で、チャーをしっかりと施したタイプ(ヘビーチャード)である。
チェコのワイン醸造は、豊かな歴史があるビール醸造業と並行して発展してきた。だがワインだけを見れば、生産量の96%はモラビア州都であるブルノ南部の地域に集中しているため、チェコワインは「モラビアワイン」と呼ばれることも多い。
トシュ蒸溜所は地元のモラビア産赤ワイン樽を熟成の主力に位置付けており、ボヘミアのスヴァッチ蒸溜所やラドリク蒸溜所でもモラビア産の赤ワイン樽が一部使用されている。当然ながらバーボン樽やシェリー樽も人気があるが、ルドルフ・イェリーネクのような大手メーカーは依然としてチェコ産のオーク樽を中心にウイスキーを熟成している。
大企業とクラフト蒸溜所が互いに協力
チェコにあるウイスキー蒸溜所は、どこも他の地域や蒸溜所から学んで新しいアイデアを探求することに余念がない。遠く離れたスペインの蒸溜所で、壁にトシュ蒸溜所のチームが書き残したサインを見たことがある。ラドリク蒸溜所のメッセージには「チェコのウイスキーコミュニティの友人たち」という言葉が頻出する。みな萌芽期のチェコウイスキー業界を協力しながら拡大してきた仲間だからだ。
特にスヴァッチ蒸溜所とルドルフ・イェリーネク蒸溜所は、互いに緊密な協力を惜しまない関係だ。両蒸溜所は毎年、それぞれ60:40の比率で互いのモルト原酒をブレンドした2種類のブレンデッドモルトウイスキーをボトリングし、互いのブランド名(ゴールドコックとオールドウェル)を組み合わせた「ゴールドウェル」と「オールドコック」の名で販売している。
このような協力関係は、チェコ全体のウイスキーシーンの健全な成長を反映している。チェコ産ウイスキーの情報を発信するポッドキャスト『Whisky Essence』を創設したイジー・シノグル(本業は独立系ボトラー)は、このような草の根の活動にも精通している。
シノグルは既に複数のチェコ産ウイスキーがスコットランド産に匹敵する品質だと主張しているが、チェコ産ウイスキーのイメージはまだまだ全体として低い。このイメージは、2012年のメタノール事件に起因するところも大きい。粗悪なアルコールが混入したことで、チェコ産のウイスキーを飲んだ数十名が死亡した。この悲劇に学んだEUは、2018年に不凍液としてのメタノールを使用禁止にした。

幸いだったのは、コロナ禍中のロックダウン期間中にウイスキーを嗜むチェコ国民が増えたことだ。生活水準の全般的な向上とともに、国内のウイスキーシーンも発展してきた。メタノール事件後の厳格な規制強化によって品質向上が進み、アグネスやラドリクなどの高品質ウイスキーに特化した小規模な蒸溜所が台頭してきた。
チェコ国内では、ウイスキーバーやウイスキーイベントも増加の一途を辿っている。首都プラハには「ウイスキー&キルト」や「ウィスケリア」(ミルカ・クヴェルコヴァーが運営する「レディース・ウイスキー・クラブ」の本拠地)などのウイスキーバーがある。モラビア地方のウイスキー愛好家には、「ブルドッグ・カフェ」(ブレクラフ)や「ザ・ブラック・スタッフ」(オロモウツ)などのバーが親しまれている。特にザ・ブラック・スタッフでは、ゴールドコックの限定リリース(今年はスタウト樽の8年熟成)も多数提供されている。
地道に成長してきたチェコウイスキーは、ようやく地元愛好家たちの支持を集めて勢いを増しつつある。消費者は自国産ウイスキーの魅力や特性を明確に理解しており、その独自性が発展している現状を誇りに思っているようだ。イジー・シノグルは、次のように断言している。
「チェコウイスキーは、スコッチウイスキーの真似をするべきではありません。ただし品質の追求においては、スコッチウイスキーと同等の基準を目標とすべきです」
シグノルが指摘するように、チェコウイスキーの歴史は今や数十年前を振り返れるほどになった。現在2025年のチェコウイスキーは、1989年当時よりもはるかに明るい展望を見せてくれる。
振り返ってみれば、19世紀のスコットランドではローランドおよびハイランドという異なった2地域でウイスキー製造が盛んになった。ローランドは工業と農業が融合した地域であり、ハイランドは清らかな水と人里離れた谷間が高品質のウイスキーを育んだ。
今日のチェコウイスキーもまた、ボヘミアの工業とモラビアのワイン醸造が融合した産物である。国内の両地域からは、製麦業者と樽職人の伝統も結集している。しかもチェコ共和国の国土面積は、スコットランドとほぼ同じである。
国内でわずか10軒の蒸溜所というのが、チェコウイスキーの現状だ。それでもこの国ならではのユニークな伝統と状況が組み合わさり、高品質なチェコウイスキーの国民的スタイルを形作りつつある。多くのチェコ蒸溜所は互いに連携しながら補完しあい、主要な大企業(ルドルフ・イェリーネクなど)と実験精神あふれる小規模な企業(スヴァッチなど)からなる生態系を広げてきた。生産者たちの連携によって、今後もチェコウイスキーの未来は切り拓かれていくことだろう。