ウイスキー蒸溜所の娘たち【後半/全2回】

文:ハリー・ブレナン
家族経営の蒸溜所を継いだ女性たちには、先代と比べられて影が薄くなってしまうリスクもある。単なる世代間のギャップだけでなく、男性優位の価値観によって偏見が誇張されてしまう恐れもあるだろう。
そんな状況に直面した一人が、オーストリアでヴァルトフィアトラー蒸溜所を経営するジャスミン・ハイダーだ。30年前、父のヨハン・ハイダーは、オーストリア初のウイスキーを発売した先駆者であり、その経営権を2016年に引き継いだ。当時を振り返って、ジャスミンは次のように語る。
「父はオーストリアにウイスキーをもたらしたパイオニアです。でもその功績にただ追従するのではなく、自分なりの足跡を残したいと固く決意したんです。父が創始者なら、私は確立者として記憶されたい。父からは多くを学びましたが、父も私から学んだことは少なくなかったはずです」
このような先入観にもとづく課題は、蒸溜チーム内で父娘間の摩擦を過度に高めるものであってはならない。ドイツのニーダーザクセン州南部で、ヘルシニア・ディスティリング・カンパニーのヘッドディスティラーと製造責任者を務めるアンナ・ブッフホルツは言う。
「スピリッツづくりのさまざまなことについて、最も手強い論争の相手が家族であるという状況。これには厳しい面もありますが、だからといって家族への愛が減ったりすることはまったくありません」
アンナが自身のビジョンを実現する上で、両親からの学びは変わらぬ基盤となっている。特に父親から直伝された蒸溜の知識は重要だ。独り立ちしたジャスミン・ハイダーも、父親とのアイデア交換を続けている。
父親の立場から、娘と一緒に働ける幸せを噛み締めている蒸溜家もいる。ドイツのハンブルク近郊でノルディック蒸溜所を設立したアルント・ヴェッセルは次のように語っている。
「娘のリアと一緒にウイスキーをつくれるのは夢のようです。蒸溜所を設立したとき、リアはまだ11でした。でもすぐに瓶にラベルを貼ったり、見本市に参加してくれるようになりました。アイルランドのウォーターフォード蒸溜所などで研修を受けて、19歳になる頃から一緒にここでウイスキーをつくっています」
ウイスキーの製造に関わる女性たち
ジャスミン・ハイダー、ソフィー・ニューサム、アンナ・ブッフホルツ、リア・ヴェッセル。彼女たちのようなディスティラーは、ウイスキー業界における男女間の不平等や不当な評価にまつわる議論において特別な位置を占めている。
ウイスキー業界ではすでに多くの女性が働いているものの、その多くはツアーガイドや事務員など製造現場以外の仕事に従事している。ウイスキーの製造の重要な側面、すなわちウイスキーそのものの香味設計や生産工程に女性が平等に参加していないのであれば、まだ女性がウイスキー業界で平等に扱われているとはいえないはずだ。
ここで取り上げる女性たちの多くは、若い頃からスピリッツ蒸溜の現場で製造に関与している。ジャスミン・ハイダーは、特にウイスキー業界で若い女性の能力が低く見積もられがちな傾向にあることを指摘している。これは他業界における年齢差別や性差別とも共通項がたくさんあるのだとジャスミンは指摘する。
「性別だけでなく、年齢による差別も感じています。ウイスキー業界で働く年配の女性は、若い女性よりも重要な仕事に関与できる傾向にあります。そんな能力のある女性であっても、男性的な価値観に適応しなければうまくいかないという現実も変えなければなりません」
ウイスキー製造に携わる女性たちは、このような平等に関する問題が世代をまたいで引き継がれることを望んでいない。米国ニューヨーク州でクーパーズドーター蒸溜所を創業したソフィー・ニューサムには、娘のオリビア・ジューンがいる。ソフィーがクーパーズドーター(クーパーの娘)なら、オリビアはクーパーズグランドドーター(クーパーの孫娘)といったところか。ウイスキーづくりと母親業も両立しながら、ソフィーは次のように語っている。
「子どもができる前は、この蒸溜所自体が私にとって唯一の『赤ちゃん』でした。でも今は違います。将来は娘のオリビアがこの仕事を継いでくれたらと願うようになりました」
ウイスキー業界で働く女性たちを支援する非営利団体「OurWhisky」のレポート(2023年)によると、ウイスキー業界で働く女性の5分の2は、働く母親として十分なサポートを受けていないことが明らかになっている。ソフィーがオリビアに家業を継承する頃には、このような状況が大幅に改善されていることを願うばかりだ。
ボーイズクラブの風習を乗り越えて
このような男女格差はウイスキー業界以外にも存在する。だが「蒸溜所の娘たち」は、根強い格差や偏見を等しく経験しているようだ。オーストラリアでキララ蒸溜所を立ち上げたクリスティ・ラーク=ブースは、次のように語っている。
「ウイスキー業界には、昔ながらのボーイズクラブみたいな性差別がいまだに根強く残っています。私もよく『お父さんが助けてくれるから羨ましいね』といった言葉をよく聞かされます。でも同じウイスキー業界で働いている兄に、そんな言葉を投げかける人はまったくいません」
またジャスミン・ハイダーがブログで指摘しているように、ウイスキー業界では不適切で不快なコメントへの対応が女性の仕事であると見なされているケースがあまりにも多い。
それでも状況がまったく改善されていないというわけではない。非営利団体「OurWhisky」のようなプロジェクトが発展していることに加え、現代的な新しいワールドウイスキーの分野が拡大していることからウイスキー業界全体でダイバーシティへの理解が深まっている。
男中心のウイスキーづくりを変えるために、クリスティ・ラーク=ブースはオーストラリアン・ウーマン・イン・ディスティリング協会を設立した。業界で働く女性たちが注目され、意見が尊重され、支援される場を創出するため、会長として業界変革の先頭に立っている。
彼女たちのような「蒸溜所の娘たち」は、今後もさらに多くウイスキーづくりの世界に参入してくることになるだろう。アンナ・ブッフホルツは、ウイスキーづくりを志そうとしている若い女性たちに助言があるという。
「自分の家族だけでなく、外部のウイスキーメーカーの人からアドバイスを得るようにしてください。そうすれば、もっと中立的な視点を持つことができます。常に自分がやりたいことを意識して、自分の足跡を残してください。女性だからという理由で、男性よりも不利な扱いを受け入れてはいけません」
ウイスキー蒸溜の技術を学びながら、家族と仕事を両立するのは簡単なことではない。だがここで紹介した「蒸溜所の娘たち」は、ますます発展するウイスキー製造の世界で挫けることなくそれぞれの役割をまっとうしている。ソフィー・ニューサムは次のように語ってくれた。
「クーパーズドーター蒸溜所は、いつでも私たち家族が集まる場所でもありました。自分の娘が家族に加わった今、その意義はますます重要になっています」
業界における女性の権利拡大を目指すクリスティ・ラーク=ブースも、ときには家族の「揺るぎないサポート」が恋しくなる。だが独立した経営者としての決意は固い。
「キララ蒸溜所では、新しい伝統を築いていく覚悟です。私が愛する豊かな香味のウイスキーを製造し、生産を完全に管理できる現在の立場は大切にしたい。そのあらゆる過程を楽しんでいこうと思っています」
ウイスキー業界は、女性にとってより良い世界となるべきだ。目標を実現するには、女性だけの努力だけでなく、あらゆる方面からの行動が必要である。ジャスミン・ハイダーは業界で働く男性たちにもこう呼びかけている。
「女性に対して偏見や誤った思い込みを持たず、これまでの常識が正しかったのか検証し、未来に向かってふるまいや行動を変えていってください」
世界で成長するウイスキー産業の中にあって、「蒸溜所の娘たち」はポジティブな変化を引き起こしてくれた。だがウイスキー業界をさらに成長させるには、この仕事を彼女たちだけに任せておくわけにはいかない。