蒸溜の速度を変えると、スピリッツの風味も変わる。スチルの形状や容量だけでなく、理想の風味を磨き上げるには加熱の調整が極めて重要だ。スチル内のメカニズムを詳しく解説。

文:イアン・ウィズニウスキ

 

ウイスキーの蒸溜について語るとき、いつも話の中心になるのはポットスチルの大きさや形状だ。だが突き詰めて考えれば、ニューメイクスピリッツの特性に最も大きな影響を与えるのは蒸溜の速度かもしれない。

蒸溜速度とは、すなわち蒸気がスチル内を進むスピードであり、蒸気が銅に触れる頻度のことを意味する。蒸溜が遅ければ銅との接触は多く、速ければ銅との接触は少なくなる。銅との接触が増えるほど、硫黄成分が銅に吸収されて取り除かれるという原則が重要だ。

発酵工程で生じる硫黄成分はほんの微量だが、ウイスキーの特性に及ぼす影響は大きい。ゴムや、肉や、野菜や、汗のような風味が生じることで、フルーツ香や甘味などの軽やかな特性が抑圧されてしまうからである。逆にいえば、そんな硫黄成分の含有量を減らすことで、隠れていた軽やかな風味を引き出せる。結果的に、ニューメイクスピリッツの風味プロファイルを大きく変えることになるのだ。

蒸溜速度は、スチルに加える熱を制御することで適切な状態に調整される。スチルの加熱法として、一般的なのはスチーム加熱だ。ボイラー(熱源は灯油またはガス)で水を熱して蒸気を作り、パイプへ送り込む。そしてスチルの底でコイル状に巻かれたパイプがスチルを熱する仕組みだ。

このスチームの循環速度を上げれば、蒸溜の速度にも拍車がかかる。ダルモア蒸溜所長のスチュアート・ロバートソン氏が説明する。

「スチームの流れは、制御盤に取り付けられた小さなハンドルで手動制御されています。ちょうどラジオのボリュームを上げ下げするように、0〜100%の範囲で調整できるのです。スチームの流入速度を変えると、約5分で新しい温度に落ち着きます」

インバーハウス・ディスティラーズ傘下の蒸溜所を管轄するデレク・シンクレア氏も次のように述べている。

「ノックデューでは、車のハンドルに似た装置でバルブの開閉をおこない、スチームの流れを手動制御しています。一方、スペイバーンではコンピュータープログラムで調整し、オペレーターがモニタリングしています」

スチーム式よりも伝統的な手法といえば直火式だ。文字通り、スチルの底に炎を直接当てて熱する方法である。今では希少となった直火式を存続させている蒸溜所に、グレンファークラスとスプリングバンクがある。グレンファークラス蒸溜所長のキャラム・フレーザー氏が、直火式の運用について教えてくれた。

「スチーム式のスチルとは違った難しさがあるため、直火式のスチルを取り扱うには専用の訓練が必要になります。ノブをひねって炎の大きさを調節するのですが、直火式はスチームコイルに比べて温度を下げにくく、火力を絞ってから蒸溜速度が落ちるのに10分ほどかかります。だからいつも先手を打って行動しなければなりません」

伝統的な直火式のポットスチルを稼働させるには、特殊な設置環境も必要だ。グレンファークラスでは、円状に積んだ煉瓦壁の上にポットスチルが置かれている。この煉瓦壁が、ポットスチルより下の部分を外部から遮断する構造だ。内部には耐火煉瓦の層があり、ポット下の熱を内側に反射させることで炎の熱を最大限に活用している。火元はスチルの底から約1m下の場所にある。

スプリングバンクのウォッシュスチルは、直火で外部から熱を加えているが、実はスチームも併用してスチル内部からも加熱する仕組みを採用している。フィンドレー・ロス氏がその意図を説明する。

「灯油でボイラーに点火してスチームを出しながら、同じ灯油で広範囲に炎を燃やして銅製スチルの底全面を直接熱します。炎の大きさは自在に調節可能ですが、蒸溜工程を通して同じ設定が維持されます。加えられる熱のほとんどがスチームの調節でまかなわれますが、直火を当てることで得られる特殊な効果が、ニューメイクスピリッツにある種のスプリングバンクらしさをもたらしてくれるのです」

 

蒸溜所ごとに異なる加熱のアプローチ

 

一言で蒸溜といっても、初溜と再溜ではそれぞれ異なったアプローチが必要だ。初溜時にチャージ(蒸溜中の液体)を加熱しているときは、発生する泡に対処しなければならない。デレク・シンクレア氏が説明する。

「最初はスチームの出力を最大にしてチャージを熱しますが、スチルマンが泡の発生を監視しています。のぞき窓から泡が沸き立つのが見えたら、スチームを完全に停止して、泡が下がるのを待ちます。これをしないと泡がネック付近まで上がった状態で沸騰してしまい、コンデンサーに届いて設備の故障リスクが高まるからです」

ひとたびウォッシュスチル内部の泡が落ち着いたら、加熱を再開する。またグレンファークラスでは、スチル内の温度をモニタリングすることで泡の処理をおこなっている。探針を使って、スチルの外側に表示する仕組みだ。キャラム・フレーザー氏が説明する。

「ある温度に達したタイミングで、最大にしていた火力をほぼ0%にまで落とします。そこからウォッシュの泡が落ち着くまで25〜30分待ち、泡が落ち着いたら約50%まで徐々に火力を上げて、残りの蒸溜工程の一貫性を維持するのです」

再溜は4段階に分けられる。第1段階はチャージへの加熱。第2段階は「ヘッド」と呼ばれる前溜。第3段階はニューメイクスピリッツを取り出す「スピリットカット」。第4段階は「テイル」と呼ばれる後溜だ。前溜と後溜は、製品化に向かない蒸溜液を排除する工程である。スプリングバンクで生産部長を務めるフィンドレー・ロス氏が語る。

「チャージを加熱しながら、まずは徐々にスチームを最大出力まで持っていきます。ここまでの時間が約1時間。スピリッツが流れ出してきたら、すぐにスチームの強度を8分の1まで落としてヘッドを取り出します。伝統的な蒸溜速度を守るため、スチームの強度はスピリットカットを通して一定に保たれます」

スピリットカットを終了するときには、スチームや直火の強さを最大にしてヘッドにつなげることになるという。キャラム・フレーザー氏が語る。

「スピリットカットでは、蒸溜速度を遅くしています。火力は最大時の約4%。それを徐々に10〜15分かけて最大にまで上げ、テイルを追い出すんです」