イングランドの新しいウイスキーづくり【後半/全2回】
文:ロブ・アランソン
ヨークシャーから南に下ると、東側にはイーストアングリア地方がある。広大な大地は穀物の生産が盛んで、大きな空とうねるような大地の起伏が美しい。
この地域で最初に訪ねたいのは、ノーフォークにあるイングリッシュ・ウイスキー・カンパニーだ。穀物畑のただ中にあるセントジョージズ蒸溜所は、現在のところイングランド最大の生産量を誇るモルトウイスキーのメーカーである。
セントジョージズ蒸溜所は、農夫でありビジネスマンでもあるジェームズ・ネルストロップと、息子のアンドリューによって2006年に設立された。ネルストロップ父子はすでに数千本の樽を費やしてイングランド産のウイスキーを熟成しており、ノンピートとピーテッドを併用している。大麦の他にライ麦などの穀物原料も実験的に使用しているのが面白い。蒸溜所直下の帯水層から、純度の高い水が引けるのは地の利というべきである。フォーサイス社製のスチルで蒸溜し、主に最高級のバーボン樽で熟成しているが、一部シェリー樽やワイン樽も使用する。着色料は一切使用しない。
そこからサフォークの海岸を目指して進むと、この地域にあるコッパーハウス蒸溜所にたどり着く。ビールで有名なアドナムス傘下の蒸溜所である。
ビールづくりでは長い歴史のあるアドナムスが、この蒸溜所を設立したのは2010年のこと。カール社の蒸溜機器を導入して、さまざまな穀物原料からウイスキーを含む多彩なスピリッツを生産している。英国内でもっともエネルギー効率のよい蒸溜所のひとつとして知られ、蒸溜所からビール醸造用の水や蒸気も供給する仕組み。ここでも地元産の原料からスピリッツをつくるこだわりは重視されており、蒸溜所から数マイルの畑で自前のライ麦を栽培しているほどだ。
サフォークから内陸に少し戻ると、霧の町ロンドンはもうすぐ。現在のロンドンにはウイスキーファンに関係のある蒸溜所が3軒ある。ロンドン・ディスティラリー・カンパニー、イーストロンドン・リカーカンパニー、ビンバー蒸溜所だ。
とりあえずジンで有名になったロンドン・ディスティラリー・カンパニーは、タワーブリッジから徒歩で数分の場所にある。スチルは3基あり、それぞれが特徴的な種類のスピリッツを蒸溜している。原料はロンドン市内および近郊から調達し、手づくりを基本とした生産スタイルだ。ウイスキーは現在熟成中で、とても興味深いボトルが近々発売されるものと期待されている。
イーストロンドン・リカーカンパニーでも、間もなく新しいウイスキーが発売される見込みだ。その内容は、ロンドン産のライウイスキーとなる見込みである。この蒸溜所もポットスチルとコラムスチルを併用しており、フレンチオーク材や栗材を使用した多彩な樽で熟成しながら、スモールバッチのウイスキーを生産していく計画である。
ロンドンで3軒目のビンバー蒸溜所は、2019年の初夏に最初のバッチが出荷可能になるようだ。これが実現すれば、おそらく100年以上ぶりにロンドン産のシングルモルトウイスキーが発売されることになる。蒸溜所によると、ニューメイクスピリッツは4種類の異なった樽で熟成されている。バーボン樽、ペドロヒメネスのシェリー樽、ポート樽、アメリカンオークの新樽だ。
ロンドン以南のユニークな蒸溜所
ロンドンから南下する前に東の方角へ向かい、歴史あふれるチャタム工廠まで足を延ばしてみよう。
チャタムは414年の長きにわたって造船業と産業の革新を担ってきた。歴史ある工廠で最後の船が進水してから50年後、この地にコッパーリベット蒸溜所が誕生したのは感慨深い。
蒸溜所の設備は、古めかしいポンプ小屋のなかにある。チームは原料から製品化までの全行程を自前でおこなう「グレーン・トゥ・グラス」の方針を堅持しており、特注のスチルと最高級の樽で品質を追求している。
ロンドンからはるか南、海を挟んで浮かぶワイト島にも極めて斬新な蒸溜所が誕生した。パブ「マーメイド」の中にアイル・オブ・ワイト蒸溜所が設立される以前に、この島で蒸溜所が運営された記録はない。隔絶された島の蒸溜所であるため、チームは地元産の原料のみを使用して、ワイト島で初めてとなるシングルモルトウイスキーの仕込みを2015年に開始している。
アイル・オブ・ワイト蒸溜所のウイスキーはアメリカンオークとフレンチオークの両方で熟成されており、その他さまざまな樽で後熟を施されることで独自の魅力を打ち出す。後熟に使用するのは、シェリー樽、マデイラ樽、コニャック樽、ポート樽、さらにはピーテッドウイスキー樽などだ。
旅も終盤。ザ・レヴェラーズの名曲「バトル・オブ・ザ・ビーンフィールド」よろしく国道303号線を南西に走ると、イングランド最古のウイスキー生産地がある。ヒックス&ヒーリー蒸溜所はコーンウォールで300年以上ぶりに創設された蒸溜所。ヒーリー・サイダー農園とセント・オーステル醸造所による合弁事業である。
さらに先へ進むと、比較的新しいダートムーアウイスキーがある。周辺の起伏の激しい地形は、いかにもウイスキーづくりにぴったりの場所といったイメージだ。生産を開始したのは2016年のこと。ウイスキーが大好きなグループがアイラを訪ね、デボン州でウイスキーをつくろうと心に決めて帰郷した。理想的な季候、土壌、水質から、素晴らしいウイスキーが生み出されるのは時間の問題である。
そこから北へ進むと、コッツウォルズ蒸溜所がある。この牧歌的な蒸溜所については、すでにさまざまなメディアが取り上げてきたのでご存じの方も多いだろう。最先端の蒸溜設備を導入し、スタートアップ時から偉大なジム・スワン氏の知見を取り入れたことで、すでに素晴らしい品質のウイスキーを世に送り出している。
最後に再びイングランドを北上して、スコットランドとの境界線にも程近いレイクス蒸溜所を紹介しよう。
国立公園にも指定されている湖水地方は、ウイスキーづくりにぴったりの場所に違いない。そう断定したのは、1995年にアラン蒸溜所を創設したポール・カリー氏である。
ビクトリア朝時代の酪農場を修復したコッツウォルズ蒸溜所では、独自のスタイルで高品質のウイスキーがつくられている。熟成には主にシェリー樽を使用し、バーボン樽はごく少量。マスターブレンダーのダーバル・ガンディー氏は、濃厚でエレガントなシェリー樽熟成のスタイルを数年のうちに完成させると語っている。
今までイングランドのウイスキーを知らなかった方々も、いずれ無関心ではいられなくなるはずだ。わずか数年以内に、この地から素晴らしい製品が次々と生まれてくるととは間違いないのだから。