ローランドのフォルカーク蒸溜所が始動【前半/全2回】
文:ガヴィン・スミス
ついこの間まで、スコッチモルトウイスキーの生産地で「ローランド」という地域名が話題になることは珍しかったように思う。長年にわたって、いわゆる「ハイランド・ライン」の南にあるモルト蒸溜所といえば、グレンキンチーとオーヘントッシャンぐらいだったからだ。
だが今では、そんな状況も大きく変わった。近年になって、スタートアップ企業にたくさんの蒸溜所をローランド地域に創設している。その多くは、人口密集地の近くでウイスキーをつくる魅力を理解していた。ローランドは交通の要衝に近いため、さまざまな利点があるし、専門性の高いサービスへのアクセスもいい。それにスコットランドは旅行者で賑わうシーズンが比較的短いので、交通の便の悪い田舎よりも都市圏に近いほうが来訪者を集めやすいという事情もある。
ウイスキー生産地としてのローランドが復興を始めた頃は、まるでシンデレラストーリーのようだと感じていた。しかし今では、モルトウイスキー蒸溜所も17軒以上を数えるようになっている。そんなローランドで、最新の蒸溜所がフォルカーク蒸溜所ということになる。
フォルカーク蒸溜所は、スコットランドの「セントラルベルト」の中にある。グラスゴーとエディンバラを結ぶ自動車専用道路M9号線のすぐそばだ。堂々とした美観を誇る伝統的な蒸溜所建築で、白塗りの壁に古風な書体で「フォルカーク・ディスティラリー・カンパニー」とペイントされている。屋根には、銅製のパゴダを一対頂いている。
このフォルカークの創業を思い立ったのは、地元のベテラン実業家であるジョージ・スチュワートだ。ジョージは大学で電気工学を修め、電気工事や住宅建設の会社を経営してきた。この蒸溜所は、ほぼ一族経営によるベンチャー事業であり、日々の蒸溜所運営の大半は娘のフィオナが請け負っている。
蒸溜所建設プロジェクトは、総額で1800万英ポンド(約27億円)ほどかかった。スコットランド政府からごくわずかな補助金を得た以外は、経費のほぼ全額を一族の資金で賄ったのだという。銀行にそれくらいの貯蓄があって老境を迎えている人なら、今さらこんな大事業を始めなくてもよさそうなものだ。南国のビーチで、余生を過ごそうと考えるのが普通ではないか。なぜ莫大な資金を注ぎ込んでまで蒸溜所を建てたのかと問われると、ジョージは答えた。
「長年の夢でしたからね。あるいはお酒の勢いみたいなものかもしれません。たぶんその両方です」
しかしそんな夢も、計画の初期で悪夢に変わりそうになった。2010年、ポルモント村のグランサブル通り沿いにある11エーカーの土地で最初の計画が認可された。その直後、この土地が「アントニヌスの長城」に近接していることが問題視されて計画が頓挫しかけたのだ。
ローマ時代の歴史遺産に隣接
アントニヌスの長城は、西暦142年から建造されたローマ時代の防塁だ。西のクライド湾と東のファース湾を結び、ローマ帝国最北端の国境を規定する存在だった。考古学の調査が進められ、さらに新型コロナウイルスの感染拡大が始まった影響もあり、ジョージの蒸溜所は2020年の夏まで完成がずれ込んでしまった。スピリッツをつくるための設備が整ったのはさらに後のことだ。
自動車専用道路A9号線の直下にあるアントニヌスの長城は、頭の痛い存在だった。だがここでジョージは、発想をポジティブに転換した。新しい蒸溜所には、過去との関連を示す有形の証明が必要だ。ローマ時代の遺跡だけでなく、スコットランドの歴史にも敬意を払おう。そんな思いをジョージが説明する。
「美しい蒸溜所の建物を建てるのと同時に、なにか伝統を踏まえたものも欲しいと思いました。そこでキャパドニック蒸溜所の古いスチルとマッシュタンを購入したんです」
一対のポットスチルは、スペイサイドのロセス村にある伝統業者のフォーサイス経由で購入した。フォーサイスは、隣接地で廃業していたキャパドニック蒸溜所を2010年にシーバスブラザーズから購入し、すべての設備を救い出した。ポットスチルは2組あったが、もう1組はベルジャンオウル蒸溜所によって買い取られている。
ジョージが買い取った2基のポットスチルは、製造から40年くらい経っていた。銅製の蓋付きのマッシュタンは、いかにも伝統工法で仕上げたような古色がある。フォーサイスはこのポットスチルの設置を請け負ったほか、新しいミル、ステンレス製のウォッシュバック、関連する補助設備などの一式を納入した。ここにディアジオから購入したアバクロンビー社製(1958年製)のスピリッツセーフを加え、新旧織り交ぜたユニークな生産環境が完成したのだとジョージが説明する。
「蒸溜所の建設地を選ぶとき、いちばん大切だったのが水です。水脈探知機で、採水用の掘削孔が2箇所見つかっていました。スピリッツのスタイルは、かなり軽めのウイスキーが好みです。大のウイスキーファンを自認する人や、ピート香が強いウイスキーを好む人以外でも、気軽に親しめるタイプを想定していました。普段はウイスキーをあまり飲まない人にもアピールしたかったのです」
(つづく)