船旅で訪ねるアイラ・ウイスキー・フェスティバル
世界中で人気のウイスキー観光も、スタイルは多様化を見せている。アイラ・ウイスキー・フェスティバルの期間にあわせ、ウイスキーマガジン編集長のルパート・パーカーが小型船に乗ってウイスキー・クルーズを体験。船旅は島々のモルトめぐりにもぴったりだ。
文:ルパート・パーカー
映画『ウイスキー・ガロア』のシーンを思い出していた。1941年に起こった実話を題材にした物語。貨物船が沈没して、積んでいた264,000本のボトルが岸に打ち上げられる。現場はアウター・ヘブリディーズのエリスケイ島だが、いま私がいるのは、はるか南のインナー・ヘブリディーズにあるアイラ島。どちらにしても、ウイスキーの波が押し寄せそうな場所に違いはない。
2016年のアイラ・ウイスキー・フェスティバルが開催されている。1週間にわたるモルトと音楽の祭典だ。島にある8つの蒸溜所が日替わりで蒸溜所を開放し、オープンデーと称して無料の試飲も提供する。ガイドツアー、解説付きのテイスティング、地元の伝統音楽などもたっぷり楽しめる。さらに嬉しいのは、今年は毎夜別々の港に停泊しながら島々をめぐる10日間の「ウイスキー・クルーズ」に参加していることだ。
出港は、土砂降りのオーバンから。オーバン蒸溜所への訪問は取りやめて、スコットランドのクルーズ会社マジェスティックラインが誇る新造船グレンエティブ号に乗り込んだ。特別感たっぷりの船で、キャビン6室、乗客9人、クルー3人という少人数の航海になる。私たちで3回めの航海になるそうだ。オーバンから1時間ほど海の上を進み、マル島にあるスペルブ湖で錨を下ろすと、素晴らしい夕べの始まりだ。大きな長方形のテーブルを囲んで一同が座り、デイヴ・ウィーラー船長が今回のクルーズについて説明する。決まった航路や日程はない。すべては天候や海の状況次第なのだ。それでも船長は、アイラ島までたどり着ける自信を見せている。
夜が明けると、海は静かに晴れ渡っていた。そこで船長は、スカバ島とジュラ島の間にあるコリーヴレッカン海峡で、うず潮のそばを通過することに決めた。この海域は潮の流れが不安定で、さらに干満の差と風が 4メートル以上にも達する波を立てて いる。だが今日は波ひとつない凪のような海だったので、有名な大渦潮も鳴りを潜めていたようだった。首尾よく海峡を乗り切って、コロンゼー島のスカラセイグ島沖に投錨。この村に蒸溜所はないが、ビール醸造所ならある。島の反対側、素晴らしいキローラン湾の白砂のビーチを目指して長いハイキングを敢行し、その後で島のIPAビールを飲むのは至福のひと時だ。
アイラ海峡を進みながら、最初に視界に入った蒸溜所はブナハーブンとカリラだ。だが今日ここには停泊しない。その代わり船首を北に向け、ジュラ島のクレイグハウスに入港した。次の日、蒸溜所へ行きたい気持ちを抑えて、まず「ジュラ島のおっぱい」ことパプス・オブ・ジュラへ登山に出かける。円錐形の山が3つ連なった山々はなかなか険しく、天候も思わしくはない。それでも雲が晴れた瞬間に、その堂々たる全容を間近に見ることができた。山から戻ると、短時間だが蒸溜所を訪ねる。ジュラ16年を味わわずに、この島を立ち去るつもりはない。塩気と海藻の香りに、わずかなハチミツの味。これから船に戻る私に、ぴったりのフレーバーだ。
アイラ島に上陸してフェスティバルに参加
翌日はアイラ島へ向かう。この島にウイスキーづくりを伝えたのは、アイルランドの修道僧たちだといわれている。ここからアイルランドまではわずか30kmほどだ。豊富な大麦、ピート、湧き水に恵まれたアイラ島内では、現在8つの蒸溜所が稼働している。私たちはまずポートエレンに向かった。この町にある蒸溜所は一見すると稼働中のようにも見えるが、残念ながら1983年にウイスキーづくりは止めてしまった。それでもアードベッグなどに納入する大麦モルトをつくり続けている。いずれにせよ、今日はラフロイグのオープンデイ。混雑する前に到着しようと、蒸溜所を目指して東に1キロ半ほど歩いた。
他の多くの蒸留所と同様に、ラフロイグ蒸溜所は海のすぐそばに建っている。船で原料を持ち込み、船でウイスキーを持ち出すのに都合がいいからだ。入り口ではお楽しみ袋が配られている。中に入っているのは、試飲3杯分のトークンと特製テイスティンググラスなど。地元の工芸品、海産物、ハンバーガーなどが出店で売られ、次々に訪れる来客たちを楽しませている。そんな中でピートとスモークが濃厚な「ラフロイグ10年」を味わっていると、特設ステージからフィドルとギターの音楽が鳴り響いて、お祭り気分を高めてくれる。
今日はまだ2つの蒸溜所を訪ねるので長居はできない。そんな蒸溜所のはしごを促すかのように、便利な歩道が敷かれている。道の両側にはフェンスがあるので、迷うことはないだろう。この歩道を1キロ半ほど歩くと、ダニーヴァイグ城跡に隠れるようにしてラガヴーリン蒸溜所が建っていた。ラフロイグのイベントから溢れだした客たちでギフトショップは大賑わい。ドイツ、オランダ、スカンジナビアなどからやってきたウイスキーファンたちも好物を味わっている。
さらに1キロ半を歩くと、アードベッグ蒸溜所がある。今日はアードベッグのオープンデイではないが、ここでもバンドが演奏してレストランは大繁盛だ。彫刻作品のように巨大な銅製のスチルが中庭を見下ろし、海沿いに積まれた何列もの空樽の上にはまだ雨水が溜まっている。ウイスキー界でもっともフェノール値の高いモルトを使用しているアードベッグは、ブラインドテイスティングによる評価も一定して高い。「アードベッグ コリーヴレッカン」は、数日前に私たちが通ったコリーヴレッカン海峡からその名をとっている。うず潮のように渦巻くアロマと、ほとばしるような深いピートやコショウの風味が、水面下で本領を発揮しているのだ。
バスに乗って船へ戻り、今度は南西に進路をとる。天気は上々で、アイラ島の最南部をぐるりと廻るときには北アイルランドの沿岸がはっきりと見えた。海の上をさらに1時間進むと、ブルイックラディ蒸溜所とボウモア蒸溜所を両岸に見晴らすインダール湾に入った。1779年に設立されたボウモアは、記録に残るアイラ最古の蒸溜所であり、スコットランドでも有数の歴史を誇る。
翌日のオープンデイで、ボウモア蒸溜所には午前中から人々が長蛇の列を作っていた。わずか1,500本のアイラ・ウイスキー・フェスティバル特別ボトルを手に入れるためである。無料でウイスキーがふるまわれることになっているが、酒類販売許可法の規定があるためスタートは午前11時以降。空き時間を利用して、蒸溜所周辺を探索することができた。モルト小屋には、発芽大麦が並べられている。ボウモアは、今でも自前のフロアモルティングで製麦をおこなう数少ない蒸溜所のひとつである。屋外ではポップバンドが60年代のカバー曲を演奏しており、テイスティングをしながらモータウンのヒットソングが聞こえてきた。味わったのは、「ボウモア スモールバッチ」。海の空気とピートのけむりが立ち込めるなかで、ハニーコムとシナモンのスパイスが感じられた。
あっという間に、本土へ帰還するときとなった。途中でギア島に立ち寄り、スウィーン湖を訪ねて、スレート諸島に上陸。予定された蒸溜所訪問はすべてこなしたが、船には素晴らしいモルトウイスキーのコレクションが豊富にあった。下船して グラスゴーへと帰る電車に乗る前に、オーバンの町の中心にあるオーバン蒸溜所に立ち寄った。スコットランドでも最古の蒸溜所のひとつで、ポットスチルは2つしかない。旅の締めくくりはオーバン14年。柑橘系の風味がたっぷりで、ピートのスモークと塩気はほんのわずかだ。素晴らしいウイスキーだが、今の私には少し上品すぎる。アイラの荒々しい男たちを、もう恋しく思い出しているのだ。
マジェスティックライン社は、定期的にウイスキークルーズを企画している。2016年8月末には4,050英ポンドで10日間のクルーズを開催したばかりだ。今後の予定については、 同社のウェブサイトをチェックしてみよう。