モルトウイスキーのマリッジ

October 4, 2016

正しいカスクをセレクトして、理想のブレンドを組み上げる。熟成が済んだ原酒から最終的な商品をつくる「マリッジ」の工程で、失敗は許されない。マスターブレンダーたちの挑戦を、イアン・ウィズニウスキが解説する。

文:イアン・ウィズニウスキ

 

モルトのマリッジは、ウイスキーづくりのハイライトともいえる工程だ。熟成されたモルトウイスキー同士がブレンドされ、ボトリングされるアルコール度数にあわせて水が加えられる。極めて機械的な作業工程のようにも見えるが、このマリッジを間違いなく成功させるのは容易ではない。マスターブレンダーの技量や経験に加え、いくつかの事前注意を踏まえておく必要がある。

マスターブレンダーにとって、マリッジの第1ステージはボトリングのためのカスクを選ぶことである。特定の風味(例えば「12年熟成」など)が表現されているグループのカスクを選ぶわけだが、そのひとつひとつのカスクはボトリングに相応しいフレーバーのプロフィールを確立していなければならない。

しかしながらモルトウイスキーを熟成しているカスクは、それぞれ別個の影響を受けているため、原酒の風味も異なってくる。同じタイプのカスクを、同じ日に樽詰めし、同じ期間にわたって、同じ貯蔵庫の隣り合った場所で熟成した場合でも、カスクごとに違いが見られるのだから難しい。このような差異は非常にわずかである場合もあれば、互いに大きく異なる場合もある。さらに異なったカスクのモルト原酒をブレンドすることで、原酒同士の相互作用も起こる。ある種の特徴が強調されたり、逆に後退したりもするのだ。エドリントン・グループのマスターウイスキーメーカー、ゴードン・モーション氏が説明する。

「正しいカスクを選ぶことは、ウイスキーのブレンディングに必要不可欠の条件です。私たちはひとつひとつのカスクをもれなくテイスティングして、それが一貫性のある製品づくりに寄与できるかどうかを判断します。バッチひとつで大失敗という事態はあまりにも恐ろしいので、私は全部のカスクをテイスティングせずにいられません」

ひとたびセレクションが終わると、カスク内のモルト原酒はポンプでマリーイングヴァットと呼ばれる大きな容器に移される。この容器はマリーイングタンやホールディングヴァットなどの名でも知られている。

 

マリッジの手順と詳細

 

カスクが栓を抜かれた後、ボトリングされる前におこなわれるのがマリッジ。さまざまな個性を持つ原酒から、一貫性のある風味をつくり上げるのは容易ではない。

マリーイングヴァットは、ほとんどがステンレス鋼かオーク材でできている。オーク材の場合は、完全に木の風味成分が抜け切って、モルト原酒の風味に影響を与えない「不活性」なものだけが使用される。どんなマリーイングヴァットが良いのかという議論にはさまざまな意見があるが、ステンレス鋼は掃除が簡単であることなど、実用性に関する問題は無視できない。

多くの場合、モルト原酒はカスクストレングス(樽内で熟成が完了した時点での自然なアルコール度数)のままで他の原酒と一緒になる。モルトウイスキーに水を加えるときには、原酒と水が完全に統合されることが絶対条件だ。しかしアルコールと水を完全に統合するのは極めて難しく、結果を保証できない。水はアルコールよりも重いため、成分が重層化してしまうリスクが生じるのだ。インバーハウス・ディスティラーズのマスターブレンダー、スチュアート・ハーヴェイ氏が説明する。

「ここでいう重層化とは、水とアルコールが完全に統合されずにそれぞれのレイヤーとなって残っている状態を指します。このようなレイヤーがあると、場所によってアルコール度数が異なる事態が発生するので厄介です。ウイスキーのフレーバープロフィールはアルコール度数によって左右されるため、これらのレイヤーの存在はフレーバープロフィールの不均一も引き起こしてしまいます。これはブレンディングにとって致命的な状態で、そのままボトリングすることはできません。それでもこの重層化を防いでアルコール度数とフレーバーを均一にする方法はいくつかあるのです」

その方法のひとつが「再循環法」である。マリーイングヴァットの底から抜き取られた原酒が、ポンプでヴァットの最上部に戻されるというものだ。またはマリーイングヴァットにプロペラ機器を取り付け、それを回転させてやわらかく原酒を撹拌する方法もある。さらには原酒の中に空気を吹き込むエアラウジングという選択肢を採用している蒸溜所もある。ゴードン&マクファイルでウイスキーのサプライマネージャーを務めるスチュアート・アーカート氏が、このエアラウジングの利点について語っている。

「背の高い円筒形をしたステンレス鋼のパイプが、それぞれのヴァットの中央に配置されています。パイプの中に空気が吹き込まれ、ヴァットの底から泡となって出てきますが、この泡が底からウイスキーの表面まで上がってくる間に、やわらかく水とアルコールをしっかり均一に混ぜあわせてくれるというわけです」

アルコールと水が統合される過程で、まだ均衡状態が確立されていない初期段階では、原酒の内部が乱流のような状態になっている。このときはまだ原酒内のアルコール分子の所在にムラがある。水の分子はアルコール分子より小さいので、スペースを見つけてアルコール分子を取り囲むように入り込み、結果的にムラを形成してしまうのだ。

 

1+1=2にならない不思議

 

カスク選びの微妙な間違いを防ぐために、すべてのカスクをもれなくテイスティングするゴードン・モーション氏(エドリントン・グループ)。マスターブレンダーは、あらゆるマリッジ(結婚)が幸福なものとなる責任を負っている。

ウイスキーと水の統合は必要不可欠な条件だが、そこには他の効果もある。前述のゴードン・モーション氏が面白い話を教えてくれた。

「一定量のウイスキーに、一定量の水を加えても、その総量が両者の総和になるわけではありません。1+1=2にはならず、実際には1.9ぐらいになるのです。これは水の分子がアルコール分子に入り込んで組み込まれる際に、わずかな量の減少が起こるからです」

モルトウイスキーがヴァットの中でマリッジされる期間はメーカーによって異なる。ある蒸溜所は、熟成年の長いモルト原酒には、それだけ長期間のマリッジが必要であると考えている。しかしそれとは正反対に、熟成年の長いモルト原酒はすでに完成されているのだから、マリッジ期間は短くて済むと考える蒸溜所もある。

いずれにせよマリッジは間違いなく重要なプロセスであり、マスターブレンダーに高度な技量と正しい判断が求められる。そしてこの正しい判断は、さまざまな実地の経験でしか得られないものだ。ビームサントリーのマスターブレンダー、レイチェル・バリー氏が語っている。

「マリッジはウイスキーの旅の最終ステージであり、あらゆる要素に磨きをかけて調整をする局面。すべてのフレーバーを統合して、スピリッツが宿す複雑な風味のレイヤーを解き放つ、最後のチャンスになります。この工程を通してウイスキーに真価を発揮させ、ウイスキーを最善の状態で飲んでいただく機会を消費者に提供するのが、マスターブレンダーである私の責任です」

 

 

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