イングランドの湖水地方で、2015年に創設されたレイクス蒸溜所。次世代のウイスキーづくりを指揮するダヴァル・ガンディーは、実験精神にあふれたイノベーターだ。

文:ベッキー・パスキン

 

ダヴァル・ガンディーによる方針変更の影響は、レイクス蒸溜所全体の商品構成にはっきりと現れてきた。毎年発売する「ウイスキーメーカーズリザーブ」、限定エディションの「ウイスキーメーカーズエディション」、四葉マークの「クアトロフォイルコレクション」、ブレンデッドウイスキー「ザ・ワン」などにもガンディー色が反映されている。

だがガンディーの夢は、あくまでシェリー樽で十分に熟成した独自のシングルモルトウイスキーづくりだ。これを実現するには、ニューメイクスピリッツの特性も根本的に再考しなければならない。

風光明媚なイングランドの湖水地方で始まった本格的なモルトウイスキーづくり。創業から5年以上が経ったレイクス蒸溜所に世界の注目が集まっている。

グレース・ゴートン(ウイスキーアナリスト)や ヴィバウ・スード(オペレーションズマネージャー)と力を合わせながら、ガンディーは2年がかりでニューメイク改良の実験を続けてきた。異なった酵母株をいろいろ試しながら、フルーティーでエステル香に富み、なおかつ蝋のような舌触りの力強いスピリッツで飲み応えも重視する。

結局、市場で入手可能な酵母株をひとつ残らず試したので、実験の対象は250種類を超えることになった。ガンディーは笑いながら回想する。

「僕はほとんど強迫性障害みたいなところがあるんですよ。ウイスキーにもっと複雑さを加えたいという気持ちがずっとあって、どんどん新しい酵母を実験するのですが、惜しいところまではいくけど完璧じゃないという状態が続いていました」

そんな膨大な実験の結果、ようやく海洋酵母、フランス産酵母、ABマウリ社のアーカイブにあった伝統種をミックスすることに決めたのだという。

蒸溜工程は自動化されているが、装置のプログラムを変更しては2種類のスピリッツをつくり分ける。Aタイプは軽やかなミディアムボディーでフルーティーなスピリッツ。タイプBは蝋や肉のように重厚な風味も感じさせるスピリッツだ。このBタイプの特性は、ステンレス製のコンデンサーを通すことで得られるのだという。

「多くの人々は、味わいにバラつきがあるのもクラフトウイスキーらしさだと考えています。でも私はそう思いません」

 

複雑さを愛する

 

レイクスでは、APタイプという第3のスピリッツもつくっている。これはピートの効いた大麦モルトを一定の割合で使用したものだ。異なるスピリッツのスタイルをブレンドによって融合させることで、さらなる複雑な深みを作り出すこともできる。このような表現が市場にお目見えするのは、早くても2025年以降のことになるだろう。ガンディーは語る。

「ニューメイクスピリッツを力強いタイプに変更したので、シェリー樽の中でより長期間にわたって熟成できるようになったんです」

ガンディーがウイスキーの味わいを変革した逸話は、まだまだ他にもある。ワインやコニャックのメーカーを参考にしながら、ガンディーは新しく容量17,000Lのレシーバーを導入した。

これは食品製造用の酸素処理を施して、スピリッツをまろやかにするためだ。さらにはアルコール度数をゆっくりとボトリング用の水準にまで落としながら、エステル香を高めることもできるのだという。

あらゆる酵母を試し、シェリー樽の香りに負けないスピリッツを手に入れたダヴァル・ガンディー。ブレンディングスタジオは、まるで芸術家のアトリエのようだ。

さらにガンディーは、ニューメイクスピリッツをジョージア(旧グルジア)産ワインの熟成に使われる素焼きの瓶でも休ませ、酒質をいっそうまろやかにする実験にも取り組んでいる。このような新しい工程を追加することで、ウイスキーづくりが複雑になりすぎる懸念はないのだろうか。ガンディーはそんな考えを否定する。

「まったくありません。複雑であるほど、私は居心地がいいんです。ここで試している複雑さは、ウイスキーに必要な複雑さです。でも他の要素を見れば、とてもシンプルな部分もありますよ。例えば大麦モルトは1種類(ロリエイト種)しか使用していません。スピリッツづくりのプロセスは取り憑かれたように凝っているのですが、熟成からブレンディングのプロセスでは楽しみながらアーティスティックなアプローチを心がけています。スタジオに入ったらすぐにお音楽をかけて、クリエイティブな思考が途切れないようにいるんです」

ガンディーのブレンディングは、まるで手術に臨む外科医のような心理状態でおこなわれている。システムにのっとり、雑念が入り込む要素を徹底的に取り除き、繊細なブレンディングに集中するのだ。医療施設を思わせる特注デザインのスタジオは、ムーディーな間接照明や空気入れ替えボタンも備えている。気温を19℃に保ちながらカーボンフィルターで空気を濾過し、室内のあらゆる残り香を取り除くような仕組みだ。

ガンディーがノージングやブレンディングをやっている最中は、来客などで気が散らないようにカード式のキーで他の人の入室を制限している。ガンディーにとって、ウイスキーづくりは芸術品の創作と同義だ。過去の経験をフル動員して創造した作品が、他の人達を大いに楽しませる存在になる。

「さまざまな経験が、ウイスキーメーカーとしての基礎を作り上げました。コーポレート・ファイナンスの知識があったおかげで、資金調達モデルをいろいろと駆使することができました。母や祖母がスパイスを巧みに使って料理する様子から、インド流のインスピレーションをブレンディングに活かしています。ハイネケンのビール醸造や、マッカランのウイスキーづくりも大きな学びになりました。そのようなすべての要素が積み重なって、今の私のウイスキーづくりがあります。宇宙の采配によって、今ここに導かれたのではないかと本気で思っています」

インド的な霊感や直感を、科学的な実践と結びつけるウイスキーづくり。ガンディーは将来への見通しも語ってくれた。

「ウイスキーメーカーとしての自分が今やるべきことは、ウイスキーの世界に何か新しい価値を加えること。そのためには、自分自身も進化を続けなければなりません。変わり続けることこそが、すなわち自分らしくある秘訣だと考えていますから」