軽やかに舞い上がるグレーン市場(下)
革新と挫折、そして時代の変化。グレーンウイスキーの歴史を辿れば、ウイスキー産業の未来が見える。世界が注目し始めた「もうひとつのウイスキー」完結編。
文:オールウィン・グウィルト
グレーンウイスキー自体の魅力が、表立って語られ始めたのはつい最近のことだ。シングルグレーンやブレンデッドグレーンのボトルは、今もまだまだ希少である。
グレーンウイスキーのパイオニアのひとりが、ディアジオに長年勤めた後でコンパスボックスを設立したジョン・グレイザーだった。スコッチの世界に旋風を巻き起こすべく生まれた同社は、スコットランドの蒸留所から原酒を樽買いしてユニークなウイスキーをブレンドしている。
そんなコンパスボックスが15年前に発売した最初の製品が、「ヒードニズム」という名のブレンデッドグレーンウイスキー。このボトルは、リッチでユニークな風味によってモルトウイスキー愛好家たちの心をとらえ、親しみやすい芸術的なパッケージでバーテンダーたちの心をとらえた。ディアジオで働きながら、グレーンウイスキーの魅力を表現した製品が欠けていることにジョンは気づいていたという。
「ジョニーウォーカーのブランドチームと一緒に、カードゥ蒸留所でブラックラベルの原酒をテイスティングしていたとき、ファーストフィルのアメリカンオーク樽で熟成されたグレーンウイスキーを飲みました。キャメロンブリッジ蒸溜所の12年もののです。その味わいが本当にセクシーで、これを誰かがボトルにしなければならないと思いました」
しかし当時はスコッチ市場も低迷中で、大企業が新しい分野に挑戦するのも簡単なことではなかった。
「チームの夕食会にそのウイスキーを持っていって、『製品化しないか』と言ったんです。反応は『そんなの誰も知らないよ』。誰も知らないグレーンウイスキーについて教える気がないのなら、我々が率先して流れを変えなきゃと思いましたが、周囲の理解はあまり得られませんでしたね」
そして時が流れ、ヘイグクラブに使用されたのも、ジョンが惚れ込んだキャメロンブリッジ蒸溜所のウイスキーだった。ただしベッカムが宣伝したボトルは、ヒードニズムなどよりもはるかに軽い飲み口のスタイルである。
ジョンが独自路線をスコッチの世界で進めようとしていたほぼ同時期に、このブレンデッドウイスキーのスタイルに可能性を感じていた人物がいる。南アフリカのジェームズ・セジウィック蒸溜所で蒸溜所長を務めるアンディ・ワッツだ。グレーンウイスキーを売りだそうと動き出した1999年のことを振り返る。
「1994年以降に南アフリカのウイスキー消費者層が変化したのを目の当たりにし、軽めのスタイルのウイスキーが理想の製品をもたらしてくれると信じるようになったのです」
その結果、生まれたのが「ベインズケープマウンテンウイスキー」。約5年の熟成を経て2009年に製品化されると、世界中で数々の賞に輝いた。
ついに動き出した巨人たち
ジョン、アンディ、さらにはアイルランドのクーリー蒸溜所(シングルグレーン「グリーノア」を生産)や独立系ボトラーなどの非主流組がグレーンに注目している間に、ディアジオやウィリアム・グラント&サンズ(シングルグレーンのブランド「ガーヴァン」を同名の蒸留所で生産)などのグローバル企業も時代の変化に気付き始めた。この現況についてワッツは語る。
「シングルモルトのロマンスを意識しつつ、ウイスキー業界はいつもグレーンをブレンドの埋め草として扱ってきました。非常に良質なグレーンウイスキーが次々に発売され、ようやくこの特別なカテゴリーが認知され始めたのだなと実感します」
それが事実ならば、これからの課題はウイスキー界が全体としてグレーンウイスキーの何たるかを消費者に伝えていくことだ。モーガンの分析はやや慎重だ。
「消費者がどれくらいヘイグブランドやデーヴィッド・ベッカムに共感して、どれくらいグレーンウイスキーの魅力を理解しているのかは不透明。まだまだ教育は必要でしょう。自称ウイスキーファンも、より幅広い意味でのウイスキー消費者も、どちらも教育の対象になります」
ウィリアム・グラント&サンズでイノベーションを担当するグローバルウイスキースペシャリストのケヴィン・アブルックは、グレーンウイスキーへの理解が市場で進んでいないことを認めている。ガーヴァンはヘイグクラブとはやや異なったアプローチをとり、ノンエイジの「ナンバー4アップス」と25年、28年、30年のバリエーションを発売した。アブルックによると、このバリエーションこそが消費者により幅広い選択肢を与え、グレーンウイスキーの繊細な風味を理解するのに役立つのだという。
「このカテゴリーでいろいろな話題が生まれ、愉しみを提案してくれるのはみないいニュースです」
グレイザーのような先駆者にとっても、開拓してきたウイスキーのスタイルにかつての同僚たちが興味をいだいてくれたのは歓迎すべき状況だ。バーやレストランのメニューにグレーンウイスキーの項目が加わり、5年後にはグレーンウイスキーのカテゴリー自体も成長が見込める。さらに先の未来には、新しい状況が待っているのかもしれない。
「15〜20年先のグレーンウイスキーの定義を、まだ私たちは予想できていません。グレーンウイスキーは穀物のマッシュを連続式蒸溜機で蒸留してできるスピリッツを総称しています。英国ではお決まりのスタイルが定着していますが、ライ麦やオート麦などの穀物原料に注目したり、風味のバリエーションを求めて蒸溜の回数を減らしたり、やや低いアルコール度数でボトリングしたりし始めたらどうなるでしょう。そんな可能性に人々が目覚めたら、かなり大きなカテゴリーに成長できるのではないかと思っています」