ヘブリディーズ諸島を旅する【前半/全2回】
スコットランド西岸沖、50以上の有人島からなるヘブリディーズ諸島。モルトウイスキーの生産といえばアイラ島が別格だが、他の島々でも個性的なウイスキーや圧巻の風景が待っている。前半はインナー・ヘブリディーズのアラン島、ジュラ島、マル島を探訪。
文:ガヴィン・スミス
アラン島
ヘブリディーズ諸島にある観光客の目的地の大半は、カルマックフェリー(www.calmac.co.uk)の航路で結ばれている。その中でもいちばんアクセスしやすい島がアラン島だ。エアシャー海岸のアードロッサンからはフェリーで1時間以内。アードロッサンはグラスゴーから車で56kmほどの道のりである。
アラン島はスコットランドの群島のなかでも最南部に位置する島のひとつで、エアシャーとキンタイア半島にはさまれた海域にある。「スコットランドの縮小版」と引き合いに出されるように、地理的にも地勢学的にも、スコットランドの特徴が凝縮された地域だ。海岸沿いに点在する小さな村落、北部にある険しい岩だらけの山々、森林地帯、南部のなだらかな丘などの風景がすべて揃っている。
アラン島は南北に30km、東西に15kmほどの大きさであるが、19世紀には50箇所にも及ぶ密造酒の蒸溜所が操業していたといわれている。島南部のラッグにも有名な蒸溜所があったが、操業は1825年から1837年の間のわずかな期間だった。
そして1993年になると、シーバス・ブラザーズの元マネージングディレクターでウイスキー業界の重鎮であるハロルド・カリーが、アラン島でのウイスキーづくりを再興することに決めた。2年後、彼はロックランザに1対のスチルからなる蒸溜所を開業したのである。
現在はもうカリー家の所有を離れたものの、アラン蒸溜所はマネージングディレクターのユアン・ミッチェルが独立した経営を守っている。10年、14年、18年というシングルモルトのラインナップを維持する戦略は、アランを有名なウイスキーブランドに定着させ、訪問客用の素晴らしい施設も整っている(www.arranwhisky.com)。
ジュラ島
ウイスキーを種別で分けるとき、ジュラ島はしばしばアイラ島と同じグループに入れられる。だがウイスキーのスタイルを考えると、ジュラのシングルモルトは古典的なアイラモルトとの類似点がほとんどない。蒸溜所はジュラ島最大の居住地であるクレイグハウス村のなかにある(www.jurawhisky.com> )。
今日のジュラ蒸溜所の歴史は1960年代初頭まで遡るが、これは同じ場所で1810年から1901年まで操業していた蒸溜所の跡地に再建されたものである。島に蒸溜所を再建するときには、既存の建築物のいくつかが新しい蒸溜所施設に統合された。
ジュラ蒸溜所はホワイト&マッカイ傘下にある。そのモルト原酒はブレンデッドウイスキーの原酒として重宝されているが、さまざまな特徴を打ち出したシングルモルトも手に入る。ピート香を加えた「プロフェシー」や「スーパースティション」などのバリエーションや、ノンピートタイプのスタンダードが有名だ。
ジュラ島は人口が少なく居住地もまばらで、人間よりも鹿ほうが何倍も多い。この島で有名な逸話といえば、1946年から1948年にかけて、北部の人里離れたバーンヒル村の小屋でジョージ・オーウェルが近未来小説『1984』を執筆したことである。
ジュラ島までは、アイラ島経由(ターバーと近郊のケナクレイグからアイラ島のポートエレンまたはポートアスケイグに渡り、ポートアスケイグからジュラ島のフェオリンに渡る)でカーフェリーが運航している。もしくは、アーガイルシャーからテイバリックやクレイグハウスに渡る季節運航の旅客フェリーもある(islaySeaSafari.co.uk)。
マル島
マル島への船旅は、賑やかなオーバンのアーガイルシャー港から始まる。ここからカルマックフェリーでマル島南東部のクレイグニュアまで通常なら45分。トバモリー蒸溜所(www.tobermorydistillery.com)は、島の中心地トバモリーにある印象的な建物の集合体からなり、BBCテレビの子供向けシリーズ『バラモリー』の撮影地となったカラフルな港周辺の風景が有名だ。
アランとは対照的に、トバモリー蒸溜所は非常に長い伝統を誇っている。その起源は地元の商人ジョン・シンクレアが蒸溜を創設して「レダイグ」と名付けた1798年に遡る。「レダイグ」とはゲール語で安全な隠れ家という意味である。
トバモリー蒸溜所は、さまざまな事情を乗り越えて現在がある。蒸溜所の歴史の半分は、ほとんど注目を浴びない静かな存在であった。蒸溜所にとっては幸いなことに、バーン・スチュワート社がこの蒸溜所の潜在力に目をつけて1993年に60万ポンドで施設を買い取り、さらに20万ポンドで貯蔵中の原酒を購入した。
現在、蒸溜所にある背の高い4基のスチルからは、ノンピートとヘビーピートのニューメイクがちょうど半分ずつ蒸溜される。ノンピートは、トバモリーのシングルモルトとして売られ、ヘビーピートはレダイグの名で売られている。どちらの原酒も、バーン・スチュワート社の人気ブレンデッドウイスキー「ブラックボトル」や「スコティッシュリーダー」に使用される。