イノベーションが切り拓いたウイスキー250年史【前半/全2回】
文:クリス・ミドルトン
ウイスキーは、人類が創り上げた最も複雑な製品のひとつといえる。機械の発明、生物学的な加工、感覚の研究などを軸にしながら、農業、冶金学、有機化学などの知識を動員して改善に努める。大麦の栽培と収穫に始まり、製粉、醸造、蒸溜、貯蔵に至るまで、多分野に跨った作業も必要だ。まさに知性と創意工夫の結晶ではないか。
生産においても消費においても、材料管理、輸送システム、包装、規制、情報、教育などの条件によってウイスキー製造は支えられている。そして最後は、マーケティングや販売による経済効率によって事業継続の土台が維持される。
ウイスキー業界に影響を与えた数千種類もの発見を順位付けし、2024年の視点から歴史的な発展を検証してみたい。企業がビジネス分析で使用するイノベーションの定義をウイスキーにも当てはめてみるのだ。
イノベーションには、変革的イノベーション、画期的イノベーション、漸進的イノベーションの3種類がある。変革的イノベーションは、社会、技術、生化学などで起こる地殻変動的な出来事。消費者の行動を変えたり、新しい産業を生み出したりするイノベーションだ。
また画期的イノベーションは、既存の様式が大きく変わったり、新しい様式に取って代わったりする出来事を指す。このようなイノベーションは、新しいカテゴリーや企業を生み出す要因になる。
そして漸進的イノベーションは、製品バリエーションの細かなロングテールを指す。ウイスキーでいえば、グレーンウイスキー、モルトウイスキー、カスクフィニッシュ、パッケージデザイン、さらにはカクテルの発明やRTD商品などの開発がこれに該当する。
ここでは、生産と消費に関わる画期的イノベーションを列挙してみよう。穀物から樽熟成に至るまでのウイスキーの製造と、流通やマーケティングを含むウイスキーの消費にテーマを絞る。この2つの分野で起こった画期的イノベーションは以下の通りだ。
ウイスキーを進化させたイノベーション
農業
1812年に収穫機と脱穀機を機械化。1868年から家畜に代わってトラクターを導入して収穫が効率化した。
品種改良
穀物の品種改良によって収穫量と風味が向上した。特に1825年のモルト大麦(シェバリエ種)、1891年のトウモロコシ(イエローデントのリード種)のは、収穫量、安定性、風味を大幅に改善した。
エネルギー
18世紀までは木材と泥炭に頼っていたが、やがて石炭、石油、LPGガスが燃料になった。21世紀には再生可能エネルギーやバイオガスへと進化している。
製麦
空気圧ドラムを使用したサラディンボックスが1873年に開発され、それまでの手作業に取って代わった。以後は大量で一貫性のある製麦が可能になった。
製粉
1875年にハンガリーで鋼鉄とセラミックでできたローラー製粉機が登場。1840年にはハンマー製粉機も発明され、効率の悪い旧式の砥石製粉機に取って代わった。
糖化
蒸気で駆動する攪拌機やラウタータンが開発され、手作業に取って代わって生産量の増加とコスト削減を実現した。
酵母
ルイ・パスツールが発酵のメカニズムを解明し、酵母の増殖が可能に。ディスティラーズ・カンパニーはMタイプの異種間交配による有名なウイスキー酵母を1952年に生み出した。
コンデンサー
1825年にグリンブルがチューブ式(管式)コンデンサーを開発し、従来のワーム&タブ式(蛇管式)コンデンサーに取って代わる。さらに大量生産に適したシェル&チューブ式(多管式)コンデンサーに進化した。
エンジン
1773年にフィラデルフィアの蒸溜所でトーマス・ニューコメンの蒸気ポンプが使用されて以来、蒸気ポンプで大量の水が移動できるようになった。麦汁の濾過、コンデンサーの冷却、洗浄、消火などにも使用さて、生産規模の拡大を先導した。1777年には、ロンドンのクックのモルト蒸溜所がボルトン&ワットのエンジンを使用開始。1786年にはスコットランドのケネットパンズ蒸溜所でも同じ動力が使用された。
冷蔵
冷蔵庫が1850年代に導入され、温度を管理した発酵が可能に。季節に関係なく、年間を通じてウイスキーづくりがおこなわれるようになった。
測定機器
1787年にクラークの比重計が開発され、アルコール度数の測定が可能に。課税と販売管理の手続きが簡素化した。1784年にはリチャードソンのサッカロメーターが開発され、発酵中の糖分を測定できるようになった。
樽製造
1815年以来の蒸気動力による製材から、1870年代の樽製造機械の特許取得によって機械化が進んだ。
樽貯蔵
スティッツェルが1879年に樽貯蔵用の大型ラックで特許を取得。1960年代のパレット化によって、さらに大量の樽が貯蔵可能になった。
ブレンディング
1850年代から、モルトウイスキーのヴァッティングとグレーンウイスキーのブレンディングが開始。グレーンスピリッツやニュートラルスピリッツを混合したブレンデッドウイスキーづくりの革新的な技術も確立された。ウイスキーメーカー各社は、より飲みやすく手頃な価格で販路を大きく広げた。
輸送
鉄道や蒸気船の発達により、原材料の輸入や製品の輸送が迅速化。大量に遠くまで低コストで運べるようになった。
ガラス容器
リケットが1821年に開発したガラス成形型を基に、1907年にはオーエンスがボトルの大量生産に成功。持ち運びと保存に適したガラスのボトルでウイスキーを消費者に提供し、従来のパッケージングコストを95%削減した。
法的保護
1880年代に発明の商業的保護が始まり、英国と米国で数千件の特許が申請。各社の商標も登録され、企業やブランドを偽物や詐欺から法的に守る保護手段となった。
ブランド管理
ウイスキー業界は、斬新なパッケージで製品のポジショニングを表現。石版印刷などの新しいメディアを活用して、人目を引くラベル、ポスター、世界初のグローバルな広告キャンペーンを展開できるようになった。
(つづく)