ウォーターフォード蒸溜所の倒産が示すように、アイリッシュウイスキー業界は困難の時期を迎えている。重要なメーカーの1年を振り返り、未来を占う4回シリーズ。

文:マーク・ジェニングス

 

たった1年で、すべてが変わってしまうこともある。昨年までのアイリッシュウイスキー業界は、さまざまな懸念が高まる中でも弱気を見せることなどなかった。だが現在の状況はまったく違う。生産者たちが懸念を隠し続けるのは、ますます困難になってきた。ここ12ヶ月の状況は、業界全体に大きな打撃をもたらしている。急速に成長してきたアイリッシュウイスキーが、さまざまな予想外の対応を迫られている。

かつてのアイリッシュウイスキー業界は、長期にわたってミドルトンやブッシュミルズなどの大手が支配していた。だがここ10年で、アイルランドでは中小規模のウイスキーメーカーが急増した。将来の見通しは明るく、融資を得るハードルも低かった。そんな情熱あふれる起業家たちの蒸溜所が、今や窮地に立たされている。丹精込めてつくられたスピリッツは、まだ出荷できるほどの熟成に達していない。世界的な経済圧力で、価格競争も激化している。

米国で人気のアイリッシュウイスキーは、関税の影響を避けるための努力を続けている。アキルアイランド蒸溜所もそのひとつだ(メイン写真も)。

その核心ともいえるのが、ウォーターフォード蒸溜所の状況だ。熟成中の原酒が販路も決まらないまま大量に放置され、市場もただ黙って事態を傍観している。かつては考えられなかったような事態が、他のメーカーにも相次いだ。ブッシュミルズ蒸溜所とアイリッシュ・ディスティラーズが一時的に蒸溜をストップ。パワーズコート蒸溜所は経営監督下に置かれ、ロー・アンド・コーやダブリン・リバティーズなどのブランドが生産を一時的に停止した。

それでもなお、アイリッシュウイスキーは驚くべき回復力を見せている。あらゆる規模の蒸溜所が、新しい状況に適応した。知恵を絞って革新に乗り出し、自らの未来を守るために戦ってきたのだ。クロナキルティのアジア進出やトゥースタックスによる米国市場での販路拡大は、2025年という厳しい時期でも独自が可能だった証拠である。アイリッシュウイスキーは、その真価において今なお独創的で、ウイスキーファンのコミュニティを大切にし、断固として独立を貫く存在だ。

この重要なタイミングで、アイリッシュウイスキーの注目ブランドがどんな1年を過ごしてきたのか振り返ってみたい。大胆な決断、予想外の提携、真の勝利などが交錯した1年だ。もちろんそこには、静かな苦労や忍耐の物語も寄り添っている。

アイリッシュウイスキーを愛したことがある人なら、今こそ各ブランドへの想いを示すときだ。輝くポットスチルや誇り高いラベルは、みずから背後にある困難について語ることがない。多くの生産者が、冷酷な財務表や投資家たちの不安に対処すべく奮闘中だ。アイリッシュウイスキーの未来は、生産者の創意工夫だけでなく、消費者の支援と愛情にかかっている。
 

アキルアイランド蒸溜所

 
数年にわたる静かな熟成期間を経たアキルアイランド蒸溜所にとって、2024年から2025年は転換点となった。独自路線の「アイリッシュアメリカンウイスキー」を手掛けるチームは、自信に満ちたラインナップを市場に投入している。

中核となるシングルモルトシリーズ(バーボンカスク、ボルドーカスク、ピーテッドカスクストレングス)は、いずれの商品も高い評価を獲得した。「アイリッシュアメリカンウイスキー」のディレクターを務めるマイケル・マッケイは、みずからの方針を「品質第一に根差した忍耐強いアプローチ」と評している。

またアキルアイランドは、初のシングルポットスチルウイスキーもデビューさせた。こちらはアルコール度数47%のシェリー樽熟成である。これまではシングルモルトに注力してきたが、ポットスチルの分野へとラインナップを拡大した。

アキルアイランドの特色は、文化の架け橋となる「アイリッシュアメリカン」のコンセプト。メスカル樽でメキシコとのつながりを表現したボトルもある。

さらに特筆すべき商品は「サンパトリシオス 7年」だ。これはバーボン樽、テキーラ樽、メスカル樽でフィニッシュした7年熟成のシングルモルトで、1840年代にメキシコのために戦ったアイルランド連隊へのオマージュとなっている。この文化を越えたコラボについて、マイケル自身が「本当にワクワクするようなウイスキー」と説明している。

また「アイリッシュ・アメリカン・ファウンダーズ・リザーブ」のシリーズには、ヴィンテージストックから選りすぐった21年熟成のボトルが追加された。今回の発売数量は1,256本のみ。今後は最長で32年熟成の商品が発売されることになっている。

この1年が困難なく過ごせたわけではない。米国の関税はリスクだったが、事前に出荷することで大きな打撃を回避できた。樽と麦芽のコスト高も利益率を圧迫してきたが、現在は改善傾向にあるという。マイケルが直近の動きと今後の見通しについて語ってくれた。

「関税が上がるのを見越して、今年の1月に通常量の2倍を出荷しました。これは戦略的な決断です。近年の過剰な宣伝競争と高額なプレミアム価格設定の流れは、徐々に落ち着き始めています。この嵐を乗り切り、品質の維持に集中し、長期的な信頼を築くことが大切です」
 

ブラックウォーター蒸溜所

 

ブラックウォーターのピーテッドライウイスキーは、アイリッシュらしい個性的な香味が体験できる。

ブラックウォーター蒸溜所は、ここ1年で2種類のシングルカスクウイスキーをリリースした。「クラッシュモア1824」は、200年前のマッシュビルを再現したもの。ウォーターフォード州で最後まで稼働していた蒸溜所(1840年に閉鎖)で使用されたレシピを復活させている。「ピート・ザ・マジック・ドラゴンII ― リターン・オブ・ザ・ドラゴン」は、毎年恒例となっているピート風味のシングルモルトシリーズの最新作である。

ビジター体験に力を入れて刷新したことで、蒸溜所への訪問者数は過去最高を記録した。創設者のピーター・マルリアンが、現在の市場環境について率直に語ってくれた。

「アイリッシュウイスキー業界全体にとって、とても厳しい年になりました。何軒かの蒸溜所が閉鎖に追い込まれ、業界の大半がここ1年の大半もしくは全体を通して沈黙を強いられてきました。ウォーターフォード蒸溜所の件は、暗い影を落としています。不確実性が高まるほどに、疑念が生まれていく状況です。トランプは何の役にも立ちません。その場しのぎででたらめを並べる経済オンチが、さらなる不確実性を生み出しました。ビジネスには将来の見通しが必要なんです」

さまざまな課題にもかかわらず、ブラックウォーターは独自の方法で歴史的なマッシュビルと地元の特色を活かしたウイスキーづくりに専心している。
(つづく)