アイリッシュウイスキー激動の1年を振り返る【第4回/全4回】

文:マーク・ジェニングス
ショートクロス(ラデモン・エステート蒸溜所)
ラデモン・エステート蒸溜所は、スピリッツの蒸溜開始からちょうど10周年の節目となった。最初の樽詰めは2015年8月におこなわれている。この記念すべきアニバーサリーを前に、チームは風味重視のアプローチをさらに洗練させ、蒸溜所のハウススタイルを体現する3つの新製品を発表した。
まず登場したのは、自社蒸溜のポットスチルウイスキーとモルトウイスキーをブレンドした「ショートクロス ディスティラーズデュオ」だ。共同創設者のデビッド・ボイド・アームストロングが説明してくれた。

「単一の蒸溜所で生産された2種類のウイスキーを使い、それらの要素がすべてブレンドされた初めての商品です。まずはモルトの香りを前面に感じ、力強く大胆なポットスチルウイスキーの風味が押し寄せます。まさにうっとりするような味わいのウイスキーです」
新たな主力商品「ショートクロス 5年 ピーテッド シングルモルト」もリリースされた。薬のようなスモーキーさではなく「甘いピート」と表現される味わいで、夏のバーベキューの余韻を彷彿とさせる香りが醸し出されたウイスキーだ。「スモーキーで、とても魅力的なウイスキーで。夕暮れ時にリラックスして楽しむのにぴったりです」とボイド・アームストロングは語っている。
ベルファスト・ウイスキー・ウィークを記念して、ラデモン・エステート蒸溜所のチームはバーボン樽で熟成された後にモーン・マウンテンズ・ブルワリーのスタウト樽で2年間フィニッシュされた合計7年熟成のシングルモルトも発表した。アルコール度数46%と58%の2種類でボトリングされたこのウイスキーは、甘いモルト香や果樹園のフルーツ風味にチョコレートとコーヒーの感触を融合させた味わいだ。ショートクロスらしくコクがあり、ついおかわりしたくなるようなウイスキーである。
蒸溜所のビジターセンターでは、2025年からセルフサービスで原酒がボトリングできるステーションも設置された。待ちこがれた10年熟成のウイスキーの発売も間近に迫っている。
ティーリング・ウイスキー
ティーリングにとって、2025年は重要な節目となった。ダブリンのニューマーケットスクエアに蒸溜所を創設してからちょうど10周年。これまで蒸溜所のチームは130種類以上の限定ボトルをリリースし、100万人以上の訪問者を迎え、アイリッシュウイスキーの可能性を再定義する一翼を担ってきた。
今年も「ワンダーズオブウッド」シリーズ第3弾を含む数々のリリースがあった。それぞれ高い注目と評価を獲得し、ティーリングの継続的な革新性を示している。ルーマニア産のカルパチアンオーク樽を使用したボトリングは、2026年に発売される予定だ。
シングルモルト商品では、1983年に蒸溜した40年熟成のウイスキー(バーボン樽熟成)を発売した。この売上金の一部は、引き続きフェニックス・ライジング奨学金に寄付される。その他の注目商品としては、アッシュ新樽で19年熟成したウイスキー、ソムリエシリーズとクリスマスシリーズの新作、白ワイン樽でフィニッシュを施した「ライジングリザーブ21年」などがある。
創業者のスティーブン・ティーリングは次のように語っている。
「過去12ヶ月が、理想的な時期だったとは言えません。市場の先行きはまったく不透明でした。でも私たちは、いつも『ウイスキーづくりは短距離走ではなくマラソン』と語りあっています。今年はダブリンの中心地でウイスキーをつくり始めて10周年という重要な節目。私たちの個性である革新性、お客さまとのつながり、ファンの声の傾聴といった原則に改めて注力しました」
トゥースタックス
ニューリーを拠点とするトゥースタックスにとって、2025年は再確認の年となった。世界市場での成長、リスクを取った創造的な挑戦、そしてトゥースタックスらしいブレンドとボンドの芸術をあらためて重視している。売上の70%以上を輸出が占めるようになり、新しい表現を大胆に繰り出す独立系アイリッシュウイスキーというニッチな市場を切り開いた。
米国市場では、フォーリー・ファミリー・ワイン&スピリッツとの提携強化によって存在感を拡大した。主力製品「シグネチャーブレンド」「シングルグレーン ダブルバレル」「ダブルアイリッシュクリーム」は現在米国25州以上で販売されている。特に「ダブルアイリッシュクリーム」はアイリッシュクリームリキュールにピーテッドモルトウイスキーを融合させた画期的な商品。フロリダ州のスーパーマーケットチェーン「パブリックス」での取り扱いも実現した。
今年発売された新製品も、トゥースタックスの独自性を際立たせた。「ピラーズ・オブ・クリエーション2025」はミシル蒸溜所、ディングル蒸溜所、エクリンヴィル蒸溜所、ボアン蒸溜所から4種類のシングルカスクウイスキーを調達したもの。また21年熟成のシングルカスク3種類を「アイリッシュ・ネイティブ・バード・シリーズ」と題してダブリン空港ターミナル2の免税店で限定発売した。
また「フルーツ・ドロップ・シリーズ」には、アプリコットブランデー樽、ブラックベリーブランデー樽、アップルブランデー樽でフィニッシュされたウイスキーが追加された。このうちアップルブランデー樽フィニッシュのウイスキーは、サウスアーマーにある有名な果樹園の伝統にオマージュを捧げた商品である。
まとめ
アイリッシュウイスキーは、転換点にあるといえるだろう。ここ10年の急成長はいったん休止し、内省、抑制、回復力を発揮すべき時期に移行した。蒸溜所は、さまざまな厳しい現実と向き合わざるを得ない。供給過剰、関税の脅威、不安定な経済、世界的な嗜好の変化などへの対応が必要になる。
閉鎖や生産停止など、痛みを伴う調整もおこなわれた。それでもアイリッシュウイスキー業界の核となる価値はまだ健在だ。本物志向、透明性、長期的な視野に根ざした生産者たちは、ここまでの嵐を乗り切っている。キロウェンの「サガランド・バラントゥイル」シリーズ、ティーリングの継続的な革新、ロイヤルオークのサステナビリティを重視する取り組みなどはその証明だ。野心が失われたわけではなく、状況にあわせてただ抑制されただけなのである。
それでもなお、将来の見通しは不透明だ。倒産したウォーターフォード蒸溜所の行方は宙に浮いたままであり、市場の変化も予測できない。この記事で紹介した蒸溜所のいくつかが、来年には存在していない可能性もある。完全に方針を変えている蒸溜所もあるかもしれない。
しかしアイリッシュウイスキーの精神は、蒸溜器だけから生まれるものではない。それは蒸溜器の背後で働く人々が育んできた価値観だ。アイリッシュウイスキーは、いつも地域が誇りとする文化的な特性を帯びたドリンクであった。市場が揺らぎ、利益率が縮小するときにも、存続を支えているのはまさにそのような価値観である。