アイリッシュシングルモルトウイスキーに注目【後半/全2回】
文:グレッグ・ディロン
「アイリッシュシングルモルトウイスキー」という新カテゴリーで、今すぐ王者の座を狙えそうな銘柄は何だろう。そう考えて、すぐに頭に浮かぶブランドのひとつが「ディングル」である。これまでに発売したすべての商品は、アードベッグファンに匹敵するほどのカルト的フォロワーが熱烈に支持している。発売する度にすぐ売り切れ、それを上回るスピードでウイスキーオークションに顔を出す。これまでに発売されたほとんどのボトルで、小金を稼いでいる短期投資家が存在するのだ。
いや、ひょっとしたら主役はタラモアデューになるかもしれない。ウィリアム・グラント&サンズ傘下のタラモアデューは、米国での爆発的な人気によって売上も伸ばし、すでに蒸溜所の拡張工事に着手している。そしてここ数年は、ラインナップの中に極めて興味深い新顔が加わっているのだ。そのひとつが素晴らしい「タラモアデュー14年」。フィニッシュにバーボン樽、オロロソシェリー樽、ポート樽、マデイラ樽を使用したシングルモルトウイスキーだ。
タラモアデューのブランドマネージャーを務めるフレディー・ヴェレカーが説明する。
「アイリッシュシングルモルトが急増している背景には、2つの原因があります。まず1つめは、アイリッシュよりも大きなスコッチシングルモルトの市場が、現在も成長を続けていること。価格も手が届きやすくなり、たくさんのブランドやフレーバーが新しい試みを広げています。このような状況が、『アイリッシュシングルモルトウイスキーでも試してみようか』という風潮を後押ししているのです。そして2つめの理由は、アイルランドの蒸溜所事情が劇的に変化していること。アイルランドで稼働中の蒸溜所が23軒にまで増え、各メーカーも実験やイノベーションの枠組みを広げようとしています。新しい蒸溜所が原酒の熟成を待っている期間であっても、各ブランドが消費者のニーズに合わせてユニークな商品構成を考え、他社との差別化を図ろうと苦心している最中です」
シングルポットスチルか、シングルモルトか
古豪のブッシュミルズも、その潜在力に見合った商品を生み出している。これから「21世紀のアイリッシュウイスキーブランド」のひとつになりそうなブランドのひとつだ。最近トラベルリテール限定で発売した商品も、かなりの成功を収めている。特に「ブッシュミルズ16年」や「ブッシュミルズ10年」といったコアレンジ商品は、何年も前からその卓越した品質を評価されている。同国の競合他社に比べて、個性や品質のアピールが少々不足だったというだけなのだ。
このカテゴリーに新しく参入した注目ブランドが、アイルランド産モルト大麦100%を原料とする「セクストン」だ。オロロソシェリー樽で熟成した甘美なフレーバーは、31ユーロという値段よりもはるかに高い価値を感じさせる。アイリッシュ・ディスティラーズが2017年に発売したシングルモルトアイリッシュウイスキー「メソッド&マッドネス」は、バーボン樽で熟成してフランスのリムーザンオーク樽で後熟したもの。ウイスキーマニアやお酒の愛好家の間ですぐ話題になった。またチャペル・ゲイト・ウイスキー・カンパニーが発売したシングルモルト「J.J.コリー」も、最近になって非常に高く評価されている。
アイリッシュシングルモルトのカテゴリーには、他にも「ナッポーグキャッスルシングルモルト」、「ウエストコーク」、「ターコネル」(クーリー蒸溜所)、「ワイルドギース」「エクリンビル」「ヒンチ」「カネマラ」などがある。
だが大型蒸溜所は、こぞって「アイリッシュシングルポットスチル」のウイスキーを宣伝しようとしている。こんなときに「アイリッシュシングルモルト」という言葉がどれだけのインパクトを持って受け止められるのだろうか。ティーリング・ウイスキーの創設者で、現在も社長を務めるジャック・ティーリングにもそれなりの考えがあるようだ。
「消費者の皆さんに知っていただきたいことは、まだまだたくさんあります。おそらく短期的には、世界的によく知られたカテゴリーでもあるシングルモルトが成功を収めることもあるでしょう。でもその一方で、長期的には私たちが育んできたユニークなアイリッシュウイスキーもプレミアム部門として有望です。アイリッシュウイスキー業界全体で、協力しあいながらカテゴリーのブランド力を高めていきたいと思っています」
大麦モルト30%以上、未発芽の大麦30%以上、ライ麦や小麦も使用するポットスチルウイスキーは、確かにアイルランドらしさが表現できるカテゴリーだ。その一方で、大麦モルト100%のモルトウイスキーは、スコッチを中心に確立された巨大なグローバルマーケットへの参戦を意味する。
アイリッシュシングルモルトウイスキーの需要が、高まってきていることに疑いはない。市場はただ横並びでメーカーに追従するだけでなく、ニーズに応えたイノベーションも生み出しながら消費者とともに成長していくことだろう。