キルホーマンの次章が始まる【後半/全2回】
文:WMJ
アイラ島の最西部で、キルホーマンは大麦栽培から瓶詰めに至るモルトウイスキー生産の全工程を完結させてきた。いわゆる「ファーム・トゥ・ボトル」の実践である。この前時代的と思われたスタイルにも、実はサステナビリティを重視する先進性があった。小規模生産と品質への献身は、「クラフトディスティラリー」の象徴として日英の新しいモルトウイスキー蒸溜所に多大な影響を与えている。
キルホーマンは、当初から樽熟成にも強いこだわりがあった。バーボン樽は、契約したバーボン蒸溜所から直接ファーストフィルの樽を調達する。シェリー樽やポート樽も、同様にボデガとの直接取引だ。樽の品質が高いため、比較的短い熟成年数でもしっかりとした香味の骨格ができあがる。
だからこそ、2009年に発売した3年熟成のウイスキーにも自信があった。最低でも10年は待つべきだという守旧派もいたが、ピーター・ウィルズは若い世代のウイスキーファンが育っていることにも気づいていたのだという。
「新しい消費者層は、私たちのアプローチを受け入れてくれました。ウイスキーの製造工程を理解した上で、熟成年の若いウイスキーも面白そうだから試してみたいと関心を持ってくれたのです」
そして2012年、キルホーマンは初めて世界市場を対象にした定番商品「キルホーマン マキヤーベイ」を発売した。
「それまでも小さなバッチのリリースはありましたが、ようやくウイスキー市場に参入したという思いにワクワクと不安を覚えました。だからこそ、マキヤーベイが好意的に受け取られたときは心から安堵しました」
さらには2015年にはオロロソシェリー樽の熟成原酒を使用した「キルホーマン サナイグ」を新たな定番商品に追加。その人気ぶりを目の当たりにしたアントニー・ウィルズは、嬉しさよりも焦りを感じ始めた。逆にいえば、その時まで増産を検討したことがなかったとピーターが振り返る。
「2014年くらいまで、生産量は現状のままで十分だと思っていました。でもサナイグの売れ行きを見て、キルホーマンにはもう市場ニーズに応える生産力がないという現実が突きつけられたのです。数字をみれば、増産が必要なのは明らかでした」
これもインターネット時代の特徴であろう。小さなファームディスティラリーが、たった数年で有名ブランド並みに注目されるようになった。それまでずっと増産を否定したアントニーも、原酒が尽きそうな状況を見て設備投資を決断した。
「父はよく言っていました。今の売上で満足し、スペインのビーチでカクテルを飲みながらゆったり余生を楽しむか。それともリスクをとって事業を拡大してみるのか。私たち兄弟は将来の仕事も欲しかったので、野心的な計画を支持しました。すでに還暦を過ぎていた父も、引退後を考えて次世代への期待に賭けたのだと思います」
同型の設備で二度の拡張
キルホーマン蒸溜所の増産戦略は、いたってシンプルだ。オリジナルとまったく同型のマッシュタンやスチルを用意し、生産力を2倍にする。2019年には発酵槽7槽、ポットスチル1組(2基)、マッシュタン1槽を増設し、年間生産量を30万リットルから60万リットル以上にまで倍増させた。
「それぞれの設備を大型化してしまうほうが、きっと楽だったはずです。でもそれではファームディスティラリーらしくないと思いました」
翌2020年には、新しいビジターセンターもオープンした。だが増産計画はまだ終わっていない。これから2024年にもスチル2組、大型のマッシュタン1槽、大型の発酵槽などを追加し、最終的には年間生産量を120万リットルにまで倍増させるのだという。創業時の4倍にあたる生産力だ。
「設備の増加にあわせて人員も増やしました。当初は1日1バッチで週5日というペースでしたが、やがて週7日の2バッチになって、今では3バッチを2交代制でフル回転させています」
数量限定の商品には、大麦の栽培からボトリングまでをアイラ島内で完結させたウイスキーもある。つまり正真正銘の100%アイラモルトだ。島内にある有名ブランドの多くは、ここまで徹底した現地生産にこだわっていない。生産量が少ないのに、キルホーマンではあらゆる工程で人の手間がかかる。そのため現在はアイラ島で2番目に多くの従業員を雇用する蒸溜所となった。
成長するファームディスティラリー
キルホーマンの大麦モルトは、ポートエレン製麦所から仕入れる本土産(50ppm)と自社栽培のアイラ産(20ppm)を併用している。熟成はバーボン樽とシェリー樽以外にも、ソーテルヌ、赤ワイン、ラム、ポート、マデイラ、コニャックなどと多彩な樽で原酒を育てている。この個性的な熟成原酒を駆使して、4〜5種類のコアレンジを確立させるのが次の目標だ。
そして今年のビッグニュースといえば「キルホーマン16年」の発売である。熟成年数はこれまでも公開してきたが、商品名に年数を表示したのは今回が初めて。ピーターは、他の年数表示のウイスキーも発売していきたいと語る。
「それは12年、14年、15年になるかもしれません。熟成については、新世代の消費者にわかりやすいコンセプトを重視する予定です。複数の原酒をブレンドするより、単一の種類の樽で熟成したウイスキーならスピリッツと樽熟成の効果について理解しやすいですから」
キルホーマンをマニアックなモルトウイスキーだと考える人は今でも多い。だがウイスキー初心者にとっては、もっともシンプルでわかりやすいアプローチを実践する蒸溜所でもある。使用原料、生産工程、熟成樽などをすべて明らかにし、生産地の風土を余すところなく表現したアイラモルトが味わえるからだ。
「アイラ唯一のファームディスティラリーであり、正真正銘のアイラモルトをつくっているのが私たちの誇り。アイラらしいピート香がありながら、フレッシュでフルーティなバランスも重視しています。極端な個性を主張せず、美しい中庸を感じてもらえるはずです」
そしてキルホーマンの面白さは、手づくりならではの個性にも現れる。それが一貫性を目標にする大企業とクラフトディスティラリーの明確な違いだ。
「テクノロジーに頼り切った管理をせず、いちいち人の手をかけるのがキルホーマンの流儀。だからその時々で、ちょっとした個性のゆらぎが生じることもあります。スピリッツの味わいだって、毎日ちょっとずつ違ってもいい。基本的にウイスキーはバッチ単位の製品だと思っていますから」
たびたび日本を訪れるピーターは、この国のウイスキーファンにも特別な思いを抱いている。
「私たちにとって、日本は創業時から重要な存在。国内どこへ行ってもバーテンダーやファンのみなさんの豊富な知識に驚かされます。ウイスキーへの情熱はヨーロッパを凌ぐほど。そんな日本のみなさんに喜んでいただけるウイスキーをこれからもつくっていきます」
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