ケンタッキー州以外でバーボンはつくれるのか

December 7, 2015


ケンタッキー州外でつくられるバーボンが増えるにしたがい、「バーボンはケンタッキーに限る」という反動的な意見も目につくようになった。フレッド・ミニックがウイスキー専門家としての見解を明らかにする。

文:フレッド・ミニック
 

 
バーにずらりと並んだ人々。その中に、こちらをじっと見つめる初老の女性がいる。私のアスコットタイが気に入らないのだろうか。ひょっとして私が彼女の息子さんによく似ているのだろうか。視線には力が込められ、好意とも悪意ともとれるような、どちらに転んでもおかしくはない見つめ方だ。

ちょうど私は、バーボンに関する15分間の短いトークを終えたばかりだった。バーボン関連のコンベンションや企業イベントで、私はよくテイスティングに借り出される。今日も手短にバーボンの歴史を解説し、このバーに用意されたそれぞれのウイスキーのテイスティング・プロフィールを紹介した。楽しいイベントのはずである。この女性も心から楽しんだのだろうか。あるいはお気に召さないことがあったのだろうか。

font face=”MS 明朝”>彼女はゆっくりとこちらに近づいてくる。そして大事な話があるといった様子で、ついに口を開いた。

「バーボンはケンタッキー産でなければいけません。私はケンタッキー生まれなので知っているんです」

はいはい、なるほど。この古風で情熱的なケンタッキー人は、「バーボンはケンタッキー産でなければならない」という神話が誤解であるという私の解説が気に入らなかったようだ。1964年、米国議会は、バーボンがアメリカ特有の産物であると定義した。スコッチ、コニャック、シャンパンが、それぞれの地域で産出されることを認めないという地名保護のルールと同種のものだ。この話をするとき、私はいつも「実のところ、今ではニューヨーク、カリフォルニア、ワイオミング、ワシントンの各州でもバーボンは蒸溜されているんです」と付け加える。普段のお客なら、それを聞いて「へえ、そうなんですか」という人もいれば「ええ、それはもう常識ですよね」という人もいる。

今の時代ではもう珍しい「バーボン=ケンタッキー限定」という誤解に対して、私はテキサスのギャリソン・ブラザーズのようなメーカーによる美味しいバーボンの話を披露して、バーボンをさらに普及する素晴らしい機会に変えようと試みた。たいていの情熱的なケンタッキー人も、私の説明を聞けば非ケンタッキー産のバーボンにも敬意を払って試飲してくれるものだ。だが私の説明で、いっそう不機嫌になってしまう人も時にはいる。

「あなた、きっちり白黒つけたらどうなの。ケンタッキー産じゃなければバーボンじゃないのよ」

こんな出会いは以前も経験がある。著書『Bourbon Curious』にも書いたが、赤い紙コップをテーブルの上に叩きつけて、バーボンを巡る議論を力ずくで終わらせようとした人もいた。この女性に対しても事実を知ってもらおうと最善を尽くしたが、残念ながら彼女は周囲の人々に「あの男は何もわかっちゃいない」と吹聴し始めたのである。

 

イノベーションは州外で生まれている

自分が気に入らない事実を、どうしても認められない人もいる。

だが一体、この誤解はどこから来たのだろう。これほどのバーボンブームなのだから、ケンタッキー人は州外のバーボンが酒屋の一角に進出することだって快く認めてくれてもいいはずだ。

だが現実はそうでもない。ケンタッキー州知事のスティーブ・ベッシャーとルイビル市長のグレッグ・フィッシャーは、世界のバーボンの95%はケンタッキー州でつくられていると公言している。両人とも「残りの5%はまがい物だ」と言い放って冷笑を買っている。


蒸溜所の側から見ても、ケンタッキーの大手蒸溜所の多くは、明らかに他州のバーボンを軽視している。私もコメンターの一人を務めた「ヒストリー・チャンネル」で、ワイルドターキーのマスターディスティラーであるジミー・ラッセルは、多くのケンタッキー人の気持ちを代弁してこう述べた。

「米国のどこでもバーボンはつくれる。でもケンタッキーバーボンじゃなければ、それはバーボンといえないんだ」

もちろんラッセルはこの発言が意味するところをはっきりと理解しながら言っているし、大多数のケンタッキー州民も彼に同意するだろう。だが、単一の地域のウイスキーしか飲めないのは不自由にすぎる。ケンタッキーで暮らす私の仕事は、ほとんどがケンタッキー産のウイスキーを紹介することだ。それでも意図的にさまざまな産地のバーボンに触れるようにしているし、読者諸兄にもあえて州外のバーボンを試してほしいと期待している。

ケンタッキー州外でつくられたバーボンには、飲んでみるに値する理由がある。それは彼らが真の意味で「イノベーション」を試みているからだ。このイノベーションというのは、フレーバードウイスキーのことを指す場合が多い。

ニューヨークでは、キングズカウンティ蒸溜所がピート香を施したバーボンを発売した。ケンタッキーでは、誰もこんな実験をしようと考えた者はいなかっただろう。テキサスのバルコンズはブルーコーンからバーボンをつくっている。ブルーコーンの流通量は微々たるものなので、ケンタッキーのバーボン蒸溜所がブルーコーンのバーボンをつくることはまず考えられない。コーン80%と大麦20%のマッシュビルを使ったり、発酵時間の長さを変えたり、スチルから取り出すときのアルコール度数や、樽入するときのアルコール度数を変えて実験する小規模の蒸溜所もある。どれもケンタッキーバーボンにはない、ウイスキーファンが待望する新しい風味を創り出そうとしているのだ。

最上のバーボンがケンタッキーでつくられているのは事実である。だが州外の小規模蒸溜所も侮ってはいけない。数年前の世界的なコンペでは、バルコンズがバーボン界のビッグネームを押しのけて「ベストバーボン」の一歩手前まで行ったこともある。だからこそ州内の政治家や蒸溜所は、他州のバーボンの評判を落とすような発言をおおっぴらにしているのかもしれない。彼らはきっと新興バーボン勢力の潜在力に気づいているのだ。

 

カテゴリ: Archive, features, TOP, 最新記事, 蒸溜所