ラグ蒸溜所が初めてのシングルモルトを限定発売【前半／全2回】

March 17, 2023

スコットランドのアラン島で、2019年に開業したラグ蒸溜所。来日したグレアム・オマンド蒸溜所長がこれまでの経緯を振り返る2回シリーズ。

文：WMJ

スコットランド西部のクライド湾に浮かぶアラン島。ウイスキーファンなら、シングルモルトウイスキー「アラン」の故郷として馴染み深いだろう。面積は約427平方キロで、日本の種子島とほぼ同じ。北部には山々がそびえ、南部には平原が広がっている。このコントラストがちょうど本土のハイランドとローランドに呼応しているため、アラン島には「スコットランドのミニチュア」という異名もある。グレートブリテン島のハイランド境界断層が、実際にアラン島の中央を横切っているのだという。人口はわずか5,000人で、大きな鹿やアザラシに出会うことも珍しくない。

ハイランドとローランドが同居するスコットランドのミニチュア。アラン島の美しい自然が個性的な2つのウイスキーブランドを育てる。

このアラン島では、1830年代までウイスキー密造の伝統があった。その後150年ほど途絶えていたが、北部のロックランザで1995年からウイスキーをつくり始めたのがアイル・オブ・アラン・ディステラーズだ。ロックランザ蒸溜所（旧名アラン蒸溜所）のシングルモルトウイスキー「アラン」は、日本でもおなじみの人気銘柄となった。

そんなアラン島に、第2の蒸溜所が建設されたのは2019年のこと。ロックランザ蒸溜所は島の最北部にあるが、新しいラグ蒸溜所は最南部にある。製造開始から3年が経ったことを記念して、このラグ蒸溜所から最初のシングルモルトウイスキーが限定発売されることになった。

そんなタイミングで、ラグの蒸溜所長を務めるグレアム・オマンド蒸溜所長が初めての来日を果たした。日本のコアなウイスキーファンに、真新しいウイスキーの味わいを紹介するためだという。

「私が参加する初めてのブランドセミナーは、東京で開催することにしました。アイル・オブ・アラン・ディステラーズにとって、日本のウイスキーファンの皆さまが本当に大切な存在だからです」

オマンド蒸溜所長は、ウイスキーの聖地アイラ島の出身だ。母親が経営していた民宿には、ウイスキー好きの日本人旅行者がよく宿泊していたのだという。常連客からもらった日本のお菓子を食べて、幼心にも日本への親しみを感じていたそうだ。

島の両側に対照的な2つの蒸溜所

オマンド蒸溜所長は、12年前からロックランザ蒸溜所でスチルマン（蒸溜担当者）として働いてきた。師匠のジェームズ・マクタガート（前マスターディスティラー）は実の伯父にあたる。ウイスキーづくりを一通り学んだ後、新しい大役を任されることになった。アラン島内に新設する第2の蒸溜所のリーダーとして、建設段階からチームの指揮を執ることである。

「シングルモルト『アラン』などの人気が加熱し、年間生産量60万リッターのロックランザ蒸溜所だけでは世界の需要に応えられなくなっていました。年間に1ヶ月だけ生産するピーテッドタイプのウイスキーが人気だったことも考慮し、新しい蒸溜所ではピートの効いたスタイルのウイスキーを中心にしようと考えたんです」

ロックランザ蒸溜所（旧名アラン蒸溜所）でウイスキーづくりの経験を積み、建設計画からラグ蒸溜所を率いるグレアム・オマンド蒸溜所長。ラグ蒸溜所として初めてのブランドセミナーを日本で開催した。

蒸溜所の建設地は、島の反対側にあるラグ。2017年に土地を購入してすぐ着工した。海と陸地の見通しが利くラグは、古くより密造酒を隠しておくのに好都合な場所だったという。かつての生産拠点は、新しいラグ蒸溜所から20キロほどの場所。年間わずか2.6万リッターという生産量だったが、スコットランド本土でも「アランの水」と呼ばれて密かに親しまれていたという。

まず完成を急いだのは、ロックランザで手狭になっている貯蔵庫だ。工事はコロナ禍の間も続けられ、2019年にすべての建物が完成。蒸溜所の珍しい建築デザインは、アルサクレイグ島から見たアラン島の姿を模しているのだという。屋根には芝が敷かれ、植物の種類によって季節の彩りを見せてくれる。

「遠くから見ると、人工物には見えません。アラン島の美しい景観にマッチした現代的な建築です。広大な敷地には、2,000本の林檎の樹を植えました」

ラグ蒸溜所の生産設備は、その多くを先行のロックランザ蒸溜所に倣っている。ただし生産量を増やすため、各設備をおよそ1.5倍にスケールアップした。マッシュタンの容量は4トン（ロックランザは2.5トン）で、ウォッシュバックの容量は20,000リッター（ロックランザは1,3000リッター）。フォーサイス社に特注した銅製スチルは、2018年8月に納入された。2019年3月19日に最初のスピリッツが取り出されたときは、あまりの嬉しさに小躍りしたとオマンド蒸溜所長は振り返る。カットのタイミングで試行錯誤し、ジェームズ・マクタガートの承諾を得るまで2週間ほどかかった。

ビジターセンターも2019年6月から一般公開し、プライベートカスクのオーナーを募りながら運転資金を調達。グランドオープニングは、コロナ禍のせいで3年遅れの開催となった。だがちょうど3年ほど熟成したウイスキーを試飲できたので、待った甲斐があったとオマンド蒸溜所長は言う。

「ラグ蒸溜所のような美しい生産拠点を統括するのは、ウイスキーづくりに携わる者の夢。この蒸溜所の建設に関わったことが誇れるよう、これから新しい伝統を創っていこうと決意しました」
（つづく）