アラン島のスモーキーな新境地【後半/全2回】
文:モア・ニルソン
ラグ蒸溜所長を務めるグレアム・オマンドは、2011年からアイル・オブ・アラン・ディスティラーズで働いてきた。当初はロックランザ蒸溜所のマッシュマン兼スチルマンとしてスタートしたが、新しい蒸溜所の設立にあたって蒸溜所長の重責を担うことになった。
ウイスキー製造を監督するだけでなく、ラグならではの実験的な試みをおこなうのもオマンド蒸溜所長の仕事だ。そのひとつが、蒸溜所の広大なリンゴ園である。2020年に約2000本のリンゴの木が植えられ、将来的にはシードルやブランデーの生産も期待されている。
オマンド蒸溜所長は、英国のさまざまな場所でアップルブランデーの生産について調査し、ラグ蒸溜所のチーム全体がリンゴの活用法を研究している。リンゴを圧搾して果汁を発酵させ、少量生産の蒸溜所限定製品を造ってくれるエアシャーのシードル生産者とも交渉中だ。しかしまだ樹齢が若いため、このプロジェクトが実現するのは数年先のことになるだろう。
もしこのアップルブランデーの在庫ができたら、ラグ蒸溜所ではブランデーの熟成樽をウイスキーの熟成にも使う計画だ。このような変わり種の熟成樽と並行して、さまざまな場所から調達したピートや大麦でフェノール値を変えながら香味の違いも見極める。
初回のリリースとコアレンジでは、バーボン樽、オロロソシェリー樽、リオハワイン樽を熟成に使用した。樽のサイズは、ファーキン、バレル、ホグスヘッドなどを使い分けている。
2021年2月には、著名なノルマンディーのカルバドスメーカーであるクリスチャン・ドルーアンからフレンチオーク材のカルヴァドス樽本を調達。この樽に、ラグ蒸溜所ではフェノール値50ppmのピーテッドスピリッツを入れた。同時にロックランザ蒸溜所では、このカルバドス樽にノンピートのスピリッツを充填している。熟成がいつどんな形で完成するのか、これからじっくり注視したいところだ。
ラグ蒸溜所がロックランザ蒸溜所と異なるのは、ピートを使用している点だけではない。同じアラン島にあって40kmしか離れていないにもかかわらず、2つの蒸留所はそれぞれ異なるウイスキー産地に位置しているのだ。すなわちラグ蒸溜所がある場所はローランド地方で、ロックランザ蒸溜所はハイランド地方。ラグ蒸溜所は、アラン島で唯一のローランド蒸溜所ということになる。
ラグ蒸溜所にとって、今年は極めて重要な年となる。初めてコアレンジのシングルモルト「キルモリー」と「コリクレヴィ」が発売されるからだ。
ラグ村の教区にちなんで命名されたキルモリーは、すべてファーストフィルのバーボン樽で熟成されている。もう一方のコリクレヴィは、バーボン樽で熟成させた後にヘレスのミゲル・マルティン社から入手したオロロソシェリー樽で6ヶ月間後熟したウイスキーである。
コリクレヴィという名前は、村の北西にある集落に由来する。かつてアラン島でウイスキーの密造がおこなわれていた時、その美味しさで悪名を馳せた「アランウォーター」の蒸溜が密かにおこなわれていた地域である。
キルモリーの価格は49.99ポンドで、コリクレヴィは64.99ポンド。どちらもチルフィルターや着色料は使用していない。
ピーテッドモルトの新境地を目指して
ラグ蒸溜所では、これからもウイスキー製造におけるピート(泥炭)関連の実験に重点が置かれる予定だ。コアレンジ商品用のピートは、スコットランド北東部のセントファーガスから調達している。
これまでも製麦時にさまざまなフェノール値で実験を重ねてきた。ライトな15ppmに始まり、25ppm、30ppm、35ppm、40ppm、50ppm、そして強烈な90ppmのモルトもスピリッツの原料として使用している。オマンド蒸溜所長は、特にフェノール値が高い超ヘビリーピーテッドのモルト原料に期待しているようだ。
「フェノール値90ppmのモルトには、ラグ蒸溜所に隣接する畑で栽培されたアラン産大麦だけを使用しています。この90ppmのスピリッツを試飲した人はまだ限られていますが、誰もが『ラグ蒸溜所で最も素晴らしい表現のひとつ』と口を揃えて称賛してくれます。地元産のピートや、沿岸部のピートを試す機会も探っているところ。それが予想よりも難しいことは分かりましたが、いつかぜひ試してみたいと思っています」
2022年後半に発売された初回バッチのリリースと同様に、コアレンジの商品はストレンジャー&ストレンジャーのデザインによる特注ボトルで販売される。蒸溜所の所在地であるアラン島南部の自然環境から着想し、島の伝統に敬意を表したデザインだ。
ボトルにはあえて着色ガラスが使われて、少し緑がかった色合いをしている。これは蒸溜所周辺の風景や水辺のイメージを反映したものだ。コルクの代わりに丸みを帯びた木製の栓を使用し、アラン島の海岸に辿り着く流木をアレンジした。
ボトルの周囲に施されたエンボス加工には、アラン島を遠くから眺めた山影や周囲の地形が刻まれている。歴史や伝統を踏まえたモダンな表現が光る。
パッケージに書かれた「LAGG」の文字は手描きのような風合いだ。ラベルはアラン島のオイリーな土壌と、泥炭を採掘する人々の土くさい重労働を思い起こさせる。
蒸溜所名の「LAGG」は、英語でみんなのペースに追いつけないのろま(LAG)も連想させる。ラグ蒸留所も、たっぷり時間をかけた実験の数々を隠すこともなく公開している。アラン島の南端でゆっくりと進んでいるウイスキーづくり。時を経るごとに、間違いなく目が離せない存在となるだろう。