アラン島で約150年ぶりの蒸溜所を立ち上げてから四半世紀。アイル・オブ・アラン・ディスティラーズが設立したラグ蒸溜所の近況を伝える2回シリーズ。

文:モア・ニルソン

 

スコットランドのアラン島で、150年以上ぶりに合法的な蒸溜所が設立されたのは1995年のこと。設立者はアイル・オブ・アラン・ディスティラーズだった。

このロックランザ蒸溜所(旧名アラン蒸溜所)で1995年6月からスピリッツの生産が始まり、1998年に最初のウイスキーが発売された。最初のカスクの開封には、スコットランドの人気俳優であるユアン・マクレガーが招待されて話題になった。

ランプ型のスピリットスチルは、フォーサイス社の特注品。スモーキーな酒質を研ぎ澄ますためにさまざまなチューニングを施した。

その後20年以上にわたってアラン島の蒸溜所とウイスキーはどんどん人気を集め、結果としてアイル・オブ・アラン・ディスティラーズはアラン島内に第2の蒸溜所を建設しようと決断した。

ロックランザ蒸溜所とは異なり、新しい蒸溜所ではヘビリーピーテッドに特化したウイスキーをつくる。 その方針には、多くの実験的な意味合いが盛り込まれていた。

スコットランドの他地域と同様に、1800年代初頭のアラン島でも違法なスピリッツの蒸溜は横行しており、小規模なモグリの蒸溜所は珍しくなかった。しかし島内で物資や設備を輸送する難しさなどのさまざまな問題に直面し、1800年代半ばには非合法な蒸溜所もひとつ残らず姿を消してしまった。

最後まで生き残っていた蒸溜所のひとつが、1840年に閉鎖された旧ラグ蒸溜所である。輸送の問題や経営不振、本土の大規模な蒸溜所との競争などに破れたのが閉鎖の原因だった。

それから155年もの歳月が流れ、ロックランザ蒸溜所で最初のスピリッツが流れ出したときにアラン島のウイスキーづくりは復活した。さらに20年以上が経った2017年、ロックランザ蒸溜所から40kmほど離れた島の南端で、姉妹蒸溜所の建設が始まったのである。
 

アラン島の反対側に建設された第2の蒸溜所

 
ラグ村近郊で着工してから2年後、蒸溜所とビジターセンターがオープン。2019年3月19日午後2時35分に、最初のスピリッツが流れ出した。

第2蒸溜所を開設したのは、ウイスキーの生産量と貯蔵量を増やすため。世界中のウイスキーファンのニーズを満たしながら、島を訪れるウイスキー愛好家の増加にもつなげるのが狙いである。

植物を敷き詰めたラグ蒸溜所の屋根。周囲の環境と一体化した建築デザインは、サステナブルなウイスキーづくりを象徴している。

それまでにロックランザ蒸溜所では、少量ながらピーテッドタイプのウイスキー「マクリームーア」が生産されていた。このウイスキーが予想を超える人気を博していたことから、新しいラグ蒸溜所ではロックランザと対象的なスタイルのスピリッツを蒸溜しようではないかという話になった。

つまりリッチで土っぽいヘビリーピーテッドのウイスキー(フェノール値50ppm)の生産に特化した蒸溜所を建設するのは、まったく合理的な判断であった。

最初からヘビリーピーテッドのウイスキーを生産する意図が明確だったので、蒸溜所チームはこれを念頭に置いて蒸溜所を設計することができた。フォーサイス社に特注した銅製ポットスチルが、2018年8月に1対(2基)設置される。もちろんヘビリーピーテッドの大麦モルトを蒸溜するのにぴったりの設計だ。

この2基のポットスチルの内訳は、ウォッシュスチル(初溜釜)が容量10,000リットルの玉ねぎ型で、スピリットスチル(再溜釜)が容量7,000リットルのランプ型である。

新しい蒸溜所には、1回の糖化工程で4トンのグリストが投入できるセミラウタータンの糖化槽が1槽あり、伝統的なダグラスファー材の発酵槽4槽で麦汁を発酵する。麦汁は濁ったタイプで、発酵時間は72時間である。

敷地内には3つの倉庫が建設され、ダンネージ式とラック式が併用されている。蒸溜所の建築もユニークで、周りを取り囲むアランの田園風景に溶け込むようなデザインになっている。植物をブランケットのように敷き詰めた「緑の屋根」が特徴で、コケやマンネングサなどのさまざまな草が植えられている。

これらの草は花も咲かせるので、季節によって色が変わる屋根だ。建物の外形も、アラン島の南端の形を模した印象的なデザインである。
(つづく)