直火式の蒸溜器は、本当にボイラー式の蒸溜器と異なる風味を生み出すのか。その答えの鍵を握るメイラード反応について、深く掘り下げて考察する2回シリーズ。

文:クリスティアン・シェリー

 

ステーキの焼き加減には、誰でもお好みがあるだろう。ベジタリアンやヴィーガンの方なら、ハルーミチーズや茄子の焼き加減を考えて欲しい。ほとんど内部が生に近いレアから、黒く焼き目がつくほどのウェルダンまで、焼き加減で食材の味は大きく変わるものだ。

調理中の加熱でカラメル化したり、焦げ付いたりすることで食材の風味は変わる。このような一連の現象は、メイラード反応という言葉で説明できる。そしてメイラード反応は、ウイスキーの風味を理解する上でも不可欠な現象である。

デンマークのスタウニング蒸溜所では、革新的なアプローチのひとつとしてフロアモルティングや直火式蒸溜器などの原点回帰を志向している(メイン写真もスタウニングの蒸溜器)。

糖とアミノ酸が熱に反応することで、メイラード反応は起こる。加熱するほど反応が加速するため、レアとウェルダンではステーキの味が大きく異なってくる。ウイスキーづくりの工程では、特に蒸溜中の直火式蒸溜器の内部でメイラード反応が起こりやすい。

かつての単式蒸溜器は、もともとすべてが直火式だった。石油、石炭、薪などの燃料を蒸溜釜の直下で燃やし、その火力で液体を温めるという仕組みである。だが徐々に安価で効率的な技術が登場し、ほとんどのウイスキー蒸溜所が蒸気を熱源にした関節式加熱(ボイラー式)の蒸溜器を導入するようになった。エネルギー効率、風味の一貫性、時間やコストの無駄などを総合的に考えても、蒸気式のほうが安定したスピリッツ製造に向いていると考えられたからだ。

だが現在でも、直火式蒸溜器をあえて使用している蒸溜所は存在する。そのような蒸溜所は、ほぼ口を揃えて直火式加熱に欠点があることを認めている。それは加熱時に、蒸溜器内の位置によって温度のばらつきがあることだ。だがその一方で、この不安定な個性をうまく利用すれば、複雑な風味を持ったスピリッツが生み出せることも事実である。
 

火加減の失敗から得られた学び

 

デンマークのスタウニング蒸溜所は、直火式蒸溜器を使用している奇特な蒸溜所のひとつだ。共同創業者のアレックス・ムンクによると、蒸溜器内でメイラード反応のレベルが高まりがちになるのは、特に発酵工程からの固形物がもろみに残っている場合だという。

「私たちは2005年にウイスキーづくりを始めました。当時はウイスキーについて何も知らなかったのですが、やるからには200年前と同じようにゼロからやろうと決めたんです」

一見すると近代的なスタウニング蒸溜所だが、フロアモルティングの製麦室と24基の直火式ポットスチルは明らかに伝統的なアプローチへのこだわりを示している。創業から10年以上が経った2016年に設備投資で生産力を拡大したが、すでにスタウニングの特徴となっていた直火式蒸溜器の特徴を維持することは優先事項だった。

ストゥルーアン・グラント・ラルフがブランドアンバサダーを務めるグレンフィディックでは、直火式と蒸気式の併用で軽やかな味わいのスピリッツを生産している。

「直火式がスタウニングのDNAの一部であることは、みんなの意見が一致するところでしたから」

そう語るムンクによると、直火の重要性はさまざまな失敗を通してはっきりしてきたのだという。

「温度が高すぎたらどうなるか失敗を通してわかったし、逆に温度が不足したらどうなるかもわかりました。温度や残留固形物によって、アルコールの表現に違いが出てきます。そのすべてが、メイラード反応によるものです」

スタウニングのチームは、この個性に誇りを持っている。初溜でできるアルコール度数8~10%のローワインをビジターに試飲させているのも、そのユニークな味わいを体験してもらいたいからだ。

「お客さんは、みんな驚きますよ。おお、これはとても濃厚で、深いコクがあって、とてもフルーティーだって言ってくれるんです。加熱が一定でないことや、もろみ内の固形物が蒸溜器内のどこかに引っかかったりすることで、このような個性が生み出されるのです」

スペイサイドにあるグレンフィディック蒸溜所もまた、直火式蒸溜器やメイラード反応と興味深い関係にある。グレンフィディック蒸溜所は2020年に設備を拡張して、新たに第3蒸溜棟が新設された。ここには間接加熱式の蒸溜器が第1蒸溜棟から移設されたが、第2蒸溜棟の蒸溜器は1970年代初頭からすべて直火式のままに据え置かれている。

グレンフィディックのブランドアンバサダーを務めるストゥルーアン・グラント・ラルフは、次のように説明する。

「グレンフィディックは常に直火式加熱と間接式加熱を併用してきました。設備投資で生産力を拡大している間も、これまでのグレンフィディックらしさをしっかりと品質面で維持できるように、あらゆる側面から検証がおこなわれたんです」

グレンフィディックのシグネチャースタイルを思い起こしてみると、それは直火式加熱で得られる重厚なスピリッツと異なる。むしろ軽やかでフルーティーな酒質を追求しているはずだ。ラルフは次のように説明する。

「グレンフィディックでは、直火式蒸溜器の下に工夫をして、熱が一箇所に集中しないように分散させています。耐火レンガでカタツムリの殻のような覆いを作り、蒸溜釜の底面に熱を均等に拡散させているんです」
(つづく)