もろみを焦がした失敗作が、熟成中に驚くべき香味を発揮することもある。香味の科学を知り尽くすまで、ウイスキーづくりの実験は続く。

文:クリスティアン・シェリー

 

直火式の蒸溜器は、直進的かつ局所的に伝わる熱の強さから影響を受ける。だが蒸溜器内の作用には、それ以外にもさまざまな要素がある。メイラード反応が風味に及ぼす影響は、もっと多くの要素によって左右されるのだ。ブラウンフォーマンのマスターブレンダー兼スコッチ部門シニアリーダーを務めるレイチェル・バリーは、次のように語っている。

「蒸溜器の形状や、釜の底の大きさや、ネックの高さなども重要になります。スコットランドを見渡しても、2005年まで直火式蒸溜器を使用していたグレンドロナック、ベンリアック、グレングラッサなどの蒸溜所があります。特定のフレーバーをどのように引き出すか、加熱のタイミングなどを調整してさまざまに工夫する方法もあるのです」

蒸溜よりもさらに前段階までさかのぼってみれば、ウイスキーの原料になる穀物の種類も蒸溜器内でのメイラード反応の性質にかなりの影響を与える。デンマークのスタウニング・ウイスキーを創業したアレックス・ムンクは、原料に大麦だけでなくライ麦も使用している。さらに品種の違いによって、籾殻の厚さが蒸溜の結果に影響を与えることもある。

ビル・ラムズデン博士とともに、化学的な理解を背景とした香味の研究で脚光を浴びたレイチェル・バリー。メイラード反応はあらゆる工程からの影響も受けると指摘する。

「ライ麦という穀物は、大麦よりも扱いが難しくなります。それは糖化工程で、大麦のように固形物をろ過してくれる殻がないから。その結果、とても粘り気の強い麦汁から発酵と蒸溜を進めていくことになります。スタウニングでは、現在ライ麦を65%、大麦を35%の割合で使用しています。そのため温度をほんの少し高くしただけで、蒸溜器内のもろみが焦げてしまう危険性もあるんです」

直火式加熱の強度とメイラード反応を管理するには、もろみやローワインが蒸溜器に入るときの温度を注意深く監視しなければならないとムンクは語る。

「でもそこさえ正しくやっていれば、失敗せずに面白い風味が得られます。もろみの中の固形物に、ほんのわずかな焦げをつけるだけでいいんです」

レイチェル・バリーいわく、穀物に含まれる成分の構成も重要だ。

「トウモロコシや小麦のような穀物には、タンパク質がほとんど含まれていません。つまりアミノ酸が非常に少ないのです。アミノ酸がなければ、美味しいメイラード反応は起こりません。そこが大麦やライ麦と違うところです」

適度なメイラード反応を得るには、たくさんの試行錯誤が必要だと思われる。バルヴェニーのモルトマスターを引き継いだケルシー・マッケニーも、同様の実験に明け暮れる一人である。

「メイラード反応は面白いのですが、あまりにも過剰だと原酒の糖分を減らしすぎてしまうことがあります。家庭で砂糖を煮詰めすぎて、真っ黒な焦げになってしまったことはありませんか? 同じような現象が、初溜器の中でも起こりうるのです」

グレンフィディックのブランドアンバサダーを務めるストゥルーアン・グラント・ラルフも同じような見解を持っている。メイラード反応は、糖分がカラメル化する約100℃よりも低温に抑えながら生じさせることが重要なのだという。

「高温のメイラード反応では、フルフラールなどの化合物が生成される可能性があります。このような化合物の香りが不快だったり、有害だったりすることもあるのです。そもそも軽やかでフルーティーなスタイルを追求するグレンフィディックでは、他の蒸溜所よりもメイラード反応をあえて引き起こす必要度は低いといえるでしょう」
 

熟成中に起こった想定外の変化

 
だがそんな重大なミスと思われるような出来事も、しばらく経ってから驚くべき結果をもたらすことがある。スタウニング・ウイスキーでは、固形分が多すぎたもろみを焦がしてしまい、バッチ丸ごと焦げたトーストのような風味が強いニューメイクスピリッツができてしまった。だがこのスピリッツの樽熟成が進むにつれて、予想外の変化が見られたのだとムンクは説明する。

「失敗だと思っていたスピリッツでしたが、同様の失敗をしていない原酒よりもずっとふくよかで複雑な甘味が感じられるようになったのです。実際のところ、旧蒸溜所でいちばん焦げたロットのひとつが、結果的にこれまでで最高レベルに美味しいウイスキーになりました」

変化に気づいた経緯について、ムンクは笑顔で振り返る。

「熟成を始めてから、最初の2〜3年はひどいものでした。ノージングやテイスティングを繰り返しても、焦げたトーストのような風味がするだけ。でもそれが4~5年経ったあたりで、突然とても美味しくなったんです。甘くで、とても複雑で、深みがある味わい。キャラメル、チョコレート、コーヒーなどを思わせる風味が引き立つようになりました。このバッチの樽は、コペンハーゲンが誇る世界的なレストラン『ノーマ』に買い取られました。焦がして失敗だと思ったスピリッツでも、熟成するうちに個性やプロフィールが変化することがよくわかる事例です」

21世紀に創業したスタウニング蒸溜所は、直火式蒸溜器の他にフロアモルティングも取り入れている。原料の個性や手づくりの不均衡が、バッチごとの個性を生み出すという考え方だ。

ムンクにとって、直火式蒸溜器はリスクを冒して実験する価値のある設備だ。

「蒸溜器の中には、特に熱が伝わりやすいホットスポットがあります。でもそれはいつも同じ場所で起こっています。収穫された穀物によって、殻の厚さが異なれば付随する作業も異なってきます。このような不確実性は、とても魅力的です。多くの蒸溜所が一貫性を重視し、毎日、毎回、同じ状態のスピリッツを生み出そうと努力していることは知っています。でも僕は、ワインのように年ごとの変化があった方が面白いと思っています。収穫された穀物は、まぎれもなく自然の産物ですから。ここは機械工場ではなく、お酒をつくる蒸溜所なんです」

穀物を育てる畑の土壌から、ボトリング後の瓶内熟成まで、あらゆる化学反応がウイスキーに複雑な風味の層を加えていく。レイチェル・バリーは、蒸溜器の中だけでなくさまざまな場面でメイラード反応のような変化が起こってると指摘する。

例えばグレンドロナックにはナッツや肉のような風味が感られるが、これも長期熟成のウイスキーなら蒸溜器内でのメイラード反応によるものだといえるかもしれない。だが実際には、グレンドロナックの蒸溜器はもう20年近く前から蒸気式の関節加熱に変わっている。

それではグレンドロナックの独特なナッツ香がどこから来るのかといえば、その個性は糖化工程に由来するのかもしれないとバリーは答える。

「麦汁が透明な蒸溜所もあれば、濁っている蒸溜所もあります。多くの蒸溜所が、その中間に入るでしょう。少しだけ濁った麦汁は、濾過しきれなかったタンパク質の一部を発酵させていることになり、その成分は必ず蒸溜にまで持ち込まれます。つまりメイラード反応の調整は、糖化の段階から始まっているのです。樽のトーストやチャーによって、メイラード反応を促進させられるという研究もありますよ」

樽熟成によって、ウイスキーの風味の約70%が決まると主張する人もいる。グラスに注がれたウイスキーの味わいを理解するために、まず最初に注目するのが樽熟成であることも多い。だがメイラード反応ひとつをとってみてもわかるように、実際の風味を構成する要素はもっと複雑だ。レイチェル・バリーは次のように語っている。

「科学はもちろん非常に複雑なメカニズムで動いていますが、同時にとても単純な現象として捉えることもできます。例えば穀物とオーク材はどちらも植物で、互いによく似た成分で構成されています。リグニン、ヘミセルロース、タンパク質、ラクトンなどの成分は、比率が違うだけで穀物にも樽材にも含まれているのです」